6‐6 仇の名はディノス

爆発の閃光が熱となり衝撃となり二人を襲い、熱風は二人を大きく吹き飛ばし原型など消滅させ爆風が建物の中を跡形もなく建造物を破壊しつくす――――リオンが内蔵していた自爆装置はそれほどの破壊力を秘めていた。

だが、爆発はしたもののナナシもそして甲田怜らしき影も健在だ。その答えは簡単だったリオン・ヴィクトレイの体は廃工場の『外で』爆発していたのだから。


「え…」


ナナシが彼女らしくない呆けた声を出す。爆発の光が照らしだす真下に立っていたのは、背が高い長い黒髪を揺らした女だった。

その横顔を見て、彼女が誰なのかナナシは理解した。そして爆発の生み出す光が徐々に収まっていくと女の姿も霞のように消えていった。

先程の激闘と爆発の生み出す極彩色の輝きが消えていく。周囲はびっくりするほど静寂に支配されていたが、濃密に残る血臭だけが殺し合いがあったことを示す証拠として鼻にこびりついてくる。

ナナシからすれば見慣れた光景であったのですぐに平静は取り戻せた。そして先程の『長い髪の女』が立っていた場所にゆっくりと歩いていく。


「…」


そこには体中血まみれで仰向けに倒れ、微かに息をしている甲田怜の姿があった。先程の状況が唐突過ぎて通常では理解が追い付かなかったが、ナナシはこのように推測していた。

体内のナノマシンを活性化させて少女の体から大人の女の姿に急成長させ、頭部を失ったリオンの拘束が緩んだ隙に振りほどき恐るべき腕力であの男の体を上空に放り投げたのだ。先程自身が叩きつけられた天井に向かって…

リオン・ヴィクトレイは2メートル超えの巨漢であり義手の重さを考慮しても100キロは下らない体格なのは推測できる。

それを女の細腕で…爆発の音と規模からして百メートル以上も真上に放り投げることなどできる筈もない。大型変異種程のパワーだ。だが、それを目の前でやってのけたのである。常にその力を引き出せるわけではないだろうが、それだけでも甲田怜が怪物じみたポテンシャルを秘めている事に納得がいく。

いや、現に怜の潜在能力を覚醒させることを『主』は見越していた。だからこそセルペンテとの戦闘の前にナノマシンDG1994の活性剤を打ち込んだのだし、事実としてそれは彼女の肉体に通常以上の再生能力と身体能力を引き出させ、セルペンテどころかジルベル…そして『あの男』が誇る屈指の実力者であるリオン・ヴィクトレイをも打倒した。

本来ならばこの段階に至るには本来もう一度の活性剤を投与するプロセスが必要だった。だというのに、この甲田怜という素体の持つポテンシャルは…


「素晴らしい…これでこそ我が主の目的に近づく」


ナナシは赤い唇を歪ませる。物事がうまく進み過ぎて心底楽しくて仕方がないという歪んだ笑みだった。事実として計画は順調なのだから。

彼女は怜の傍らに座ると、胸元から黒い注射器を取り出した。無針で投与するタイプだ。この女にはもっと働いてもらわなければならない、「主」の為に…

それを首筋に打ち込んだ。打たれた時の痛みに体が反応してビクンと大きく跳ね、怜が眼を剥いて喘ぐ。


「うあっ……あっ……ッ!」


声の中に微かに扇情的な色が混じったのを聞いてナナシは興奮する。まるで子猫をつまみ上げていじめる子供のように……いや、もっと単純で野蛮な嗜虐心だ。

思わず情欲がそそられあの時の様に唇を吸って弄びたくなる。が…今はそんなことをしている場合ではないし下手に手を出してしまえば自分など容易く殺されてしまうであろう。

怜は打たれた首筋を手で抑えると、身体を胎児の様に丸めて身悶える。まるで全身に蟲が這うような強烈な違和感と苦痛を味わっているかのように、顔を苦悶に歪ませている。

彼女の頭の中には身体を襲う激痛と薬物のもたらした高揚感が同居していた。まるで自分の身体が自分のものでなくなっていくような感覚に襲われて頭がおかしくなりそうだ。

痛みで気が遠くなりそうだったが、それと同時に手足に力が漲ってくる感触を覚える。それは心地よい感覚ではあったが同時に身体のバランスを崩すような不安定なものを含んでいた。それと同時に体の傷も塞がり治癒していく、ナノマシンが体の代謝速度を異常促進しているのだ。


「ふふふ…」


ゾッとする笑みを浮かべ、ナナシは痛みに悶える怜を見下ろしていた。甲田怜の身体そのものに変化が起こっているのだ。

この薬は以前打ち込んだ活性剤と同様本来ナノマシンDG1994を人工的に活性化させ、人体の再生機能を強化するものだ。だが、もう1つ別の効果が当然存在する。

それは彼女の体の構造を変質させよりナノマシンに順応した身体へ変質させる事だ。これがうまくいけば先程のような状態にいつでも変質できるようになる。

体の変化に耐えさえすれば、肉体そのものがナノマシンが与える生存力に耐えられるような肉体に変化していくのだ。

極端な話だが甲田怜の身体そのものを改造し、『器』に適した状態へと近づけていく。全てはそのように主が決めている、甲田怜に目を付けた時点でそうなる事は必然であったのだ。


「さて…」


甲田怜の体は『直した』が、彼女の服はボロボロだ。今後の展開を考えればこの状態であの場所に潜入させるわけにはいかない。

潜入用の予備の服は用意してある。活性剤の後遺症が収まったらすぐにでも働いてもらう。

彼女は拒まないだろう。何故ならその地には甲田怜が『仇』として憎んでいるであろう存在が訪れているのだから…


「…」


ナナシはあるモノの近くまで歩いた。それは彼女が切り落としたリオンの首であった。

最後まで価値を確信したような不敵な笑み。それを見て不快な感情が湧いたナナシは彼の首を数回乱暴に蹴ると、残った右目が潰れてドロリと体液がこぼれた。


「少し体を弄っただけの人間風情がこの私に…」


そのまま、ワイヤーでバラバラにしてやろうと思ったがふとある事を思いついて唇がサディスティックな笑みを浮かべる。

『獅子の片割れ』の無様な遺体を『兄』が見たらどう考えるだろうか?

それを想像するだけで体の秘部がジン、と熱くなって達してしまいそうになる。

加減して顔に生傷をいくつか刻むと、無造作に生首を投げ捨てた。

自分がただの人間であるリオン・ヴィクトレイの死体を辱める事で、溜飲が下がりナナシは上機嫌になっていた。



十数分後に甲田怜が目を覚まして起き上がった時にナナシは彼女に向かって微笑みながら言った


「こっちよ、ついてきて」


ナナシの後に怜がついていく。先程の戦闘で傷を負った彼女ではあったが、今は足取りもしっかりして顔色も回復している。

彼女自身、自分の回復の早さに驚いていた。骨も数本折れているし常人なら間違いなく動けないレベルか、

下手すれば死亡してしまうほどの重症なのだ。痛みはまだあるし、血の足りない頭はくらくらする。

気を抜いたらその場で気絶してしまいそうなほどには、彼女は消耗しているはずだった。だというのに今は全身から力が漲るようだった。

この女が自分に何かしたのは間違いない。だがどうでもいい、こいつは自分に力をくれる。復讐の為の刃を研ぎ澄ませてくれる有用な存在だった。

不要になれば殺せばいい。それは今の自分ならいつでもできる、ナナシに自分を殺せる力はないのだから。


「…」


扉の奥に、そこには十数台以上の戦車がずらりと並んでいた。

砂上、水上、岩場…幾つもの荒れた場所に対応した万能型のタイプである。

とても一介の組織のしたの人間が個人で持てる戦力ではない。

シャオは恐らく、横領した組織の麻薬や武器を他の商人に売り捌いてこの兵器郡を用意したのだろう。

そして更に奥に、地下に通じる隠し通路があった。一体シャオはそこで何を隠していたのか?

巷に流れる噂によると彼は組織の長に反旗を翻す腹つもりで居たと聞く。

ターロンの長は極東のコロニー三基による共同統治体『北京閥』と関係が深く、そのらは「セブンズ」であっても決して無碍に出来ない力を持っていた

二十台近くもの高性能型万能戦車以上に隠しておきたい物が存在していたというのだろうか?


「これは…」


「そう、これがコロニーから持ち出された試作機・形式番号GB03F。コードネーム【ファルコ】」


「……」


その機体は良く知らない人間から見ればエクステンダーの一種であると断じるだろう。

しかし、アウターの作業機械エクステンダーとコロニー製の人型兵器【ギガント・フレーム】は人型であるという共通項意外は殆ど別物である。

そもそもコロニーの管理された工房で製作されたGFと、アウターの劣悪な施設で製造されたエクステンダーでは性能が違う。

そしてファルコは前に怜を襲ったダイキンのビルド系列エクステンダーより、もっとスリムでより人型を模した兵器に見えた。


「そう、これは最新型GBナンバーの試作機を持ち出してきたもの

リオン・ヴィクトレイはこのGFをシャオ・キンペに与えてアウターで一暴れさせるつもりだったのかもね

聞いた情報とは概観のレイアウトが結構変わっているみたい。幾つかの理由としては

偽装の為なのか、部品調達の都合か知らないけど、アウターのエクステンダーの部品も流用しているのは確かね

どういう目的があったのか知らないけれど、思った以上に手の込んだ仕掛けのよう…」


「……」


重機を無理やり人型にしたエクステンダーの中でもガルガロンのシルエットに近いかもしれない

装甲の分割線、何処と無く曲線めいた意匠が多用された外観はまるで大昔のプレート・メイルに近い。

他にも背部の突き出した一対の突起が翼めいた印象を与える。頭部の形状を含めると空をまう大鷲の姿に連想させなくも無い。

そのモジュールは見た目の通り機体の飛行を司る反重力ユニットなのだろう。

これもアウターではコロニーとの『条約』で規制されたテクノロジィである。

コロニーはアウターが航空機能を持つマシンの保有を警戒しているのだ。武力による侵攻やコロニードームの爆撃を恐れているからだ。

仮にアウターがこのファルコと類似のエクステンダーを製作したとなれば、即座にコロニーにより監査が入り

そのマシンに関するあらゆる情報を物的人的に規制、処理される事となってしまう。

ファルコに取り付けられた数々の武装は後付けされたものなのだろうか?ミサイルポッド、バズーカ、速射ライフル、実体剣…

過剰なまでの武装。シャオ・キンペはこれを使ってベルリンを制圧し、ターロンそのものにも牙をむくつもりだったのか?


「あなたはこの機体に乗って、ブリテンコロニーに向かって」


「…」


「流石にあなたもここ一件のターロンの動きに気付いたみたいね。

それともシール・ザ・ゲイトの一件で仇の尻尾を掴んだのかしら?

あなたが探しているあの男は…今はそこに居る」


確かにシャオ一派の動きはターロン内部でも目立っていた。

ターロンはアウターに存在するアウトローの中でも最大手であり、政府すらも一目置く巨大アジアンマフィアでもある。

そこを張っていれば大なり小なり情報が入ってくる。コロニーに関する不穏な動きがあれば直ぐにわかるというものだ。


「殺してやりたいんでしょう? あなたの家族と、体を弄りまわされて普通の人生を奪ったあの男を…」


ナナシの声はまるで自分の心を代弁しているようだった。


「…」


怜は静かに目を瞑った。瞼の裏に移るのは、目の前で両親が無残に銃弾に貫かれた光景だった。

そして自分は姉と引き離され、研究所に連れて行かれ後にそして―――――

今にもたまに夢に見る光景。だから彼女は休息を取る以外の睡眠は嫌いだった。


「…そう解釈してもらっても構わない」


「なら、話は早いわね。やってもらいたい事があるの、そしてそれはあなたの悲願でもあり私達の目的でもあるわ」


言われるまでも無く分かっている。この女が『奴』に関連する箇所にばかり現れた意味。

『あの男』はコロニーの中でも絶大な武力と権力を有している。コロニーの中でそのの存在を疎ましく考えている者が居てもおかしくはない。

強大な力は確かに良くも悪くも人を引き寄せる魅力がある。そしてそれは常に争いの渦中へと引き寄せられる引力を持つ。


「ディノス・アトラスの暗殺…」


「そう、察しがいいわね。彼は今やコロニーにとっても危険な存在になりつつある」


「……」


あの男の名前は口にするのも汚らわしかった。コロニーで手厚い警備を引き連れる奴をどうやって殺すか。

コロニーに侵入するのは、尋常ではない壁が立ちふさがる。それこそ内部からの協力者でも無い限り入るのは不可能だ。

居住権などというたわけた噂を彼女は信じてはいない。そんなものはアウター同士で共食いを仕向けるコロニー側の方便だ。

コロニーはアウターの住民に圧倒的に数で劣る。過去の超技術を要する彼だが、数を頼みに攻めてこられたらどうなるか分からない。

そのための僅かなりの支援を餌にしての、航空技術規制であり、アウターの監視なのだ。

そして、ナナシがコロニー側の人間だというのは、薄々と察しが付いていた。彼女が自分を利用するつもりだという事も。


「ディノスは禁断の地と言われるシール・ザ・ゲイトに近付きすぎてしまった」


「…」


「そして、ある物を持ち出していった。その事をあまり快く思わない人たちが居るの

それについては余計な詮索はしないで欲しい。あなたに関係ないのだから」


よくある話だ。あの男はコロニーのお偉方の逆鱗に触れてしまったのだろう。

それでも表立って排除できないというのはあの男の持つ権力が無視できないか、それともこの女の背後に居る連中の独断なのか。

尤も、怜にとってそれは都合が良かった。あの男を殺す、それに協力してくれる者が居るのならば好都合。


「…そんな事に興味は無い。あの男を殺す事が出来ればそれでいい」


怜の声には抑揚が無かった。口数が少ない彼女が淡々と目的を語る様子はまるで機械の合成音声がテキストを読み上げているかのようで

逆に言えばそれが、これ異常ないほどに対象に対する憎悪と殺意を示しているように思えた。

ディノスを殺す。怜にとってそれ以外のことはどうでもよかった。

あの男は自分の全てを奪ったのだし、あの男から全てを奪う以外の生き方など今更考えられないのだ。

脳裏に一瞬あの男の顔が浮かぶ。だが、関係の無い事だ彼とは住んでいる世界が違う。


「まぁ、今は頼りにできるのが貴女なのだから任せるわ。必ず…ディノスを殺して」


「……」


沈黙。怜は何も答えないし、明確な返事もよこさない。

しかし、その黙然とした反応こそがある意味では彼女の返答であり答えであった。

それは『ディノス』の名前をナナシが口にしたときから感じた、怜の殺意に起因する。


(この女のディノスに対する憎しみは使える…)


彼女からすれば如何なる手段や、状況の変化があったとしても関係ないのだ。

ナナシからの協力が無かったとしても、いつかはコロニーへ向かう時があったろうし、

機会に恵まれなかったとしても、何年、何十年経とうとしても復讐は果たす腹積もりであったからだ。

彼女達の陣営はディノスがこれ以上力をつけることを恐れていた。

シール・ザ・ゲイトでジルベルを使って、テクノロジーの発掘を図っていた彼の思惑。

それを阻止しようと動いたつもりではあったが、施設の中にあった前世紀の遺産を持ち出されたのだ。

ジルベルを通して彼が何を持ち出したのかは部分的にしか分からない。

だが、それらを活用してディノスがセブンズの枠を超える大きな力を手に入れようとしているのはわかった。


目的は相変わらず変わることはない。怜の家族を殺した『ディノス』という男をあらゆる形で消し去ることが出来ればそれでいいのだから。








夜闇を裂くようにして飛ぶ一つの影。そのシルエットは遠目から見ると翼を付けたヒトそのものであるが、

上空三千メートルの空気の薄い成層圏を、音速を超える速さで飛行できる生身の人間などありえない存在である。

そう、これは人間よりもはるかに巨大な体躯を持つエクステンダーであり、人を包む機械の鎧でもあるのだ。


「……。」


ファルコン…03のコードネームと呼ばれた機体のコクピットの中で怜は無表情のままモニタを見つめる。

こうして空を飛べる事に微かな感慨を感じているような気がする。

コロニーにいた頃は、鋼鉄色の天蓋か白い研究施設の壁しか見た事がなかったから。

自分の行く先は旧国名でイギリスと呼ばれた島にある、ブリテン・コロニーだ。

そして、黒い女の情報によるとその場所に現在あの男が来ているのだと聞いている。


(家族の仇…私が殺すべき男……)


表面上はクールに見える怜だが、『あの男』の事を思い浮かべただけで激しい怒りと憎悪が胸を焦がす。

自分の肉体を思う存分弄り回し、屈辱と、恥辱と…そして家族を奪ったあの男への怒り。時折見る悪夢の中で『あの男』のシルエットが傲慢そのものの笑みを浮かべながらこう言うのだ。


『お前も満足だろう? 外周で飢え死ににするか、ケダモノのような男達に春を売っていつか病に倒れるような生活を続けるよりは

私のような支配者となるべき器の人間に、こうして肉体を捧げる事が出来るのだからな』


それは実際に『あの男』が放った言葉ではない。彼女の胸の内の仇の存在が憎き幻影となって嘲笑ってくるのだ。まるで傷跡の上に更に刃を突き立て、復讐心を忘れさせないように。

確かに体を弄られる前の生活は裕福であるとはいえなかった。『外周』の人間が裕福に過ごせるはずは無い。

汚い仕事に手を染め、盗みや、殺しや、春を売らなければ僅かな収入さえも得る事はできない者もいたが、彼女の家族はそれでも貧しいながら真っ当に収入を得て暮らしていたのだ。

アウターの人間が夢想するように、裕福な生活をおくれている者など『内周』のごく一部の層に過ぎない。

何処の時代にもそうやって持つ者、持たざる者の格差は存在し、例外なく弱者達は搾取の憂き目を見る。

そうやって僅かな資源さえも、未来を考えぬ強欲な人間達が食い尽くして地球は腐っていくのだ。

闇色の外套を羽織ったシルエットが右腕から血濡れの刃を伸ばして、家の中を立ち尽くしていた。戸口の前の彼女に顔を向け、無機質な声で告げる。顔は見えなかったが目に当たる部分にひとつ、赤い光が灯っていた。



――――――セブンズのディノス・アトラスの命令で自分はその虐殺を行った。



襲撃者に立ち向かったのか、父が棒を片手にしたまま体を投げ出してぐったりと座り込んでいた。

体に肩から腰まで袈裟に切り裂いたような傷跡がある。それが致命傷のようだった。

母は姉を庇うようにして倒れていた。体の外傷はなかったが首が無かった。

そして、その背後に倒れていた姉は顔以外の全身が無数の切り傷を受けて倒れている。

それは凄惨という言葉で示す以外にはなく、整った顔に涙に濡れた苦悶と苦痛の表情が張り付いていた。自慢の腰まである黒髪が血だまりに広がって濡れた様子は歪んだ嗜好で描かれた不気味な絵画のようであり、床そのものが赤黒い色に染まっているようだった。

怜はそれを見て気を失った。理性が残酷すぎる現実を受け止められなかったのだ。


(家族の思い出を奪ったお前を…)


ただ、それでも家族と過ごせた日々は暖かく、充実したものであったからだ。

それを奪った『あの男』への復讐心。それこそが普通の生活を奪われて孤独になった彼女を動かしている原動力であるのだ。


(お前を殺すまで…私は死なない。そして私が味わった屈辱をそのまま味あわせ…苦痛の果てに殺してやる)


積もり積もった長年の憎悪に塗られた彼女の内面は、ノエルが評した彼女の人物像とは明らかにかけ離れたものだった。

そしてそれを呼び起こしたのはあの女でもある。それは彼女を憎しみの塊を持つ戦士に染め上げた。

このファルコンも与えられた力ならば、最大限に活用する。あの男にたどり着く為には手段を選べやしないのだ。


『これが…』


『そう、この機体…コードネーム03。ファルコンと呼ぶらしいけど、試作型の三号機なのかしら?』


そのエクステンダーは青い翼を持った人型だった。いや、エクステンダーと呼ぶには大型すぎる上に機械的なパーツが複雑に人の型を構成したそれは重機のカテゴリーに当てはまるエクステンダーの定義とは逸脱していた。

以前に彼女を襲ったハンターが駆る機体は、いびつな建機のパーツが集まって人型を構成したようなオブジェのようなもので、ここまで洗練された形はしていなかった。旧型のビルドタイプよりもガルガロンがより近いシルエット。

それは紛れもなくコロニー側の15メートル級の人型兵器『ギガント・フレーム』と呼ばれるものであった。エクステンダーなどはギガント・フレームのデッドコピーに過ぎない。

それはビルドタイプは愚かジャイアント・グリズリーと互角の立ち回りを演じたガルガロンですら同様でコロニーとアウターの絶望的なまでの技術格差を示すテクノロジーの指標とも呼べた。

華奢な四肢は従来のエクステンダーに比べて、ひ弱で脆く見えるが無駄がなく強大なパワーを内包しているようだった。

背中に折りたたまれたリフタータイプの翼は、凄まじい揚力を生み出すのだろう。仮に広がった時はまるで天使のようなシルエットになるのだろうか?

総評するならば、翼を付けた騎士といった所だろうか?手に携える武器は剣や槍ではなく専用の重火器ではあり、それだけではなく体の各所に備え付けられたハードポイントやリフターにミサイルコンテナと思しき部品が数か所取り付けられてあった。


『どちらにしても、あなたには必要なものになるのでしょう?

ブリテン・コロニーにあの男はいるわ。あなたの家族を殺して体と頭をさんざん弄繰り回した仇がね…』


『……』


怜は何も言わずに、その青い機体を見上げた。

力は必要だった、仇を取る為に…そしてコロニーに行きあの男を殺す為の力が。

そのためにもたらされる力なら、どんなものでも受け入れる。

それが例え自らを滅ぼす闇への誘いであったとしても構いはしない。

あの男の存在をこの世から抹消する事。それこそが今の自分の生きる目的なのだから…

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