6‐5 死力の果てに…
「ジルベルを追いつめた奴がこの有様か。まぁ、多少は骨があったようだが…」
リオンはブーツのつま先で血溜りに伏せている怜の頭を軽く小突く。
反応は帰って来ない。死んだという事なのだろう。
勝利の結果を受け入れてもリオンの胸には喜びや達成感はない。あるのは失望と膨れ上がらんばかりの苛立ちだ。
久しぶりに全力を出せる相手と出会えたと思っていた。しかし、それはただの幻想に過ぎなかった。
兄と恩人の為に、救われた命を使う事。そして生まれ変わった自身の力を振るう事こそ彼の生きがいであり喜びであったのだ。
「正直、期待外れの様だったな。まぁ、死体は回収させてもらうぜ」
近くの女に対して顔を向ける。甲田怜が満身創痍の状態にあっても特に動揺は見て取れなかった
「どうする? 降参して情報を吐くなら楽に殺してやるぜ
あんたも女だ。辱めは受けたくねぇだろうし、俺もそんな事は部下にさせたくねぇ」
「拷問に対する訓練を受けていないとでも?」
「しかし、いつかは口を割るだろうぜ。苦しむのは嫌だろう?
ならすぐに楽になったほうが良いんじゃないか? あんたのご主人とやらに義理立てする必要も無いだろう」
「そうかしら…ねッ!」
ナナシは既に張り巡らせていた糸を手繰り、リオンの体を切り裂こうとした。
無音のままに凶器とした鋼線が彼の首を狙って伸びるが、リオンは空中を飛ぶ羽虫を摘むように易々と暗闇を走る糸を掴み取って見せた。
「だから一度タネが割れたネタは通じねえよ…それに、あんたは戦闘向けじゃない
雑魚相手に多数を相手にする場合は有効かも知れねぇが、俺みてぇなタイマンに優れた奴には向かねぇ
あんた程度の使い手なら、アウターだけで両方の指使って足りねぇくらいの数を俺は知ってる。チンピラ集団のターロンにもな…あそこに昔いたらしいヤバい剣使いはシベリアでも生き残るだろうよ」
「シベリアの変異種はやはりコロニーが…絡んでいたという事ね」
「ああ、休眠状態のデカイのをターロンの連中に口添えして爆薬で起こしたんだ。
あいつを仕留めるのは並みのエクステンダーじゃ数体がかりでも難しいだろう
コロニーの最新型ギガント・フレームを使っても少しは梃子摺るかもな。ハンターの数も大分減らしてくれるだろうが」
「一連の騒動は貴方達が糸を引いていたのね」
「あんただって、アウターで色々やってきてるだろ? コロニーがシール・ザ・ゲイトに触れそうな奴等を放置するはずがねぇ
まぁ…そう受け取ってくれて構わねぇぜ。手薄になったベルリン含め主要地域をターロンの連中が占拠する…
シャオの奴には成功した暁にアウター一帯をくれてやるって言ったのさ
あいつは単純だが、甘い話にすぐ飛びつくような馬鹿じゃない。だから例の試作機を手土産にしたら話に食いついたが…案の定役立たずでな」
「目的は、アウターの混乱…」
「どうだろうな。まぁ、これから拷問と薬漬けにされるあんたには関係ない話だが
まぁ、あいつはこっちの政府の高官共よりは鼻が利くと思うぜ。
ああいった単純な奴は嫌いじゃない。俺も頭がいいほうじゃないが馬鹿は焚き付ければ簡単に動くからな
それ以前に政府の連中はガタガタだ。ウェルナーが強引に政策を進めるために身内に権力を集中させたことが仇になったかな
おっと、こんなことを言っても密偵であるあんたなら大体の事はわかるだろ?」
「…」
わかる。アウターの様々な勢力は対立して武力衝突を各地で繰り返している。
その鎮圧に政府が要請しハンター達が借り出される事もあるが、焼け石に水の現状だ。
危機的状況においても人類が未だに団結し切れていない。つまりは数がまだ多すぎるのだ。
アウター、コロニーを総合しても地球上にはまだ数億人の人間が存在する。
だが、嘗てのように百億人を誇った文明の輝きは多くが失われている。
その遺産を使って、人類は細々と生活を続けている。だが、いつかはそれにも限界があるのだろう。
地球の大地を削り、穴を開け、海に有害物質を垂れ流した人類そのものを神は見限ったのか、
環境は徐々に人類の住めない場所へと替わりつつあった。変質した地上の大気は今や人間にとって遅効性の毒である。
そう、まるで祖先達が残した大罪をその子孫達に払わせるかのように、地球は人類を拒絶しつつあるのだ。
コロニーは人類をその変化から救う箱舟に等しい存在だ。しかし、権力持つ者達が保身の為に独占してしまっている。
人間は目先の事しか考えない、愚かで救い難い生き物だ。滅ぶのは当然なのかもしれない。
そういった終末思想を吹聴して、少し頭の切れるものは新興宗教まがいの金儲けに走るものも多かった。
アウターでは政府の手の届かない場所で強者が弱者を虐げる無法の地帯がある。
コロニーでは有力者達の権力闘争で住民の多くが振り回されていた。
「…ン?」
リオンは背後を振り向いた。強烈なプレッシャーに当てられたのを感じたからだ。
新手の敵が現れたのかと思った。しかしその予測は異なっていた事を彼は思い知る事になる。
「ほう…まだ生きていやがったか」
先程致命傷を与えたはずの女が胸からの鮮血を滴らせながら立ち上がっていたのだ。
だが、纏うオーラが違う。先程とはまるで別人のような禍々しさが目に見えるようだ。
(……)
怜を見る彼女は何も語らない。ただ静かに事の顛末を見守っていた。
その力の一端を発露させたのはまさしく彼女本人だ。
力を与えたのは主人の意向ではない。あくまでもナナシ本人の意思であった。
それが、どう動くのか彼女自身にも判らない。ただ大きく戦況を動かす事にはなるのだろう。
自分の役目はその混沌とした流れの中に、どれだけ自らの意思を介入させるかだ。
「その再生能力…」
怜の露になった陶磁のように白い素肌。その上に小ぶりな胸の膨らみが見える。
そこに刻まれていたのは生々しい傷跡だった。だが、既に出血は止まっている。
そして傷跡すら、徐々に塞がっている様には見える。人間の治癒速度を遥かに凌駕した回復速度であった。
「…面白い手品だ」
リオンは笑った。戦いが終わってない事を楽しんでいるようだ。
事実として彼の心は沸き立っていた。彼女達が来る前の間、自分はこの薄暗い倉庫で馬鹿共を相手に退屈な余興に講じていたからだ。祭りを幕引くにはまだ早い。
「壊れにくいオモチャは好きだぜ?」
ゆらり――――と怜が糸で引っ張り上げられるように立ち上がる。その眼には先程とは比較にならない鋭い殺気がこもっていた。
「じゃあ、行くぜ」
義手の爪で切りかかる。怜は動かず、それを受けた。
刃を受けず、ちょうど手首の付け根のあたりを肘で止めた形になる。暫くその均衡が続いた。
この義手だけでも、それなりの重さがある。そしてリオンは確かな力の手ごたえを感じていた。
徐々に力を込めていく。怜が押されていく、さすがに体格差はすぐに埋まるものではない。
合金製の指先が鈍い光を放つ。それだけでも怜が先程叩き切ったブレードと同等の切れ味がある。
そしてその一突きは、大型変異種の心臓にさえ一撃で致命傷を与えられるのだ。
いくら回復の速度が常識を超えていたとしても、人間の耐久を超えるはずも無い。
心臓をやられればそれで終わりなのだ。強引に押し返すが切り返しの一撃を受けてしまった。
「…く!」
リオンの爪が煌き、アークブレードを持った手首がざっくりと切り裂かれた。
骨にまで達している裂傷から、赤黒い血が噴出している。剣の柄は怜の手を離れて後方に転がった。
更に止めを刺そうと迫ってくるリオン。彼女は出血している手首を振るった。
血が前面に飛び散り、目晦ましになる。そして、距離を取る事ができた。
だが、圧倒的に血が足りない。頭がクラクラし、足元が覚束無い。
視界も靄が掛かった様に霞んでいる。故に動きを止める事など出来ないのだ。
手首の傷は既に再生が始まっている。それでも無敵というわけではない。
致命傷を何度も受ければ、流石の彼女も力尽きる。体内のナノマシンも万能というわけではない。
「ハァ、ハァ…」
間合いもへったくれも無い。敵は今まで戦ってきた者の中で一番強い。
既に考える事が億劫になっている。体が引っ張られているように脳からの信号で動いていた。
まともに戦う事自体が価値目がないのだ。ならば、どうすればよいのか?
(…ッ! 俺が押し返されるだと!?)
驚愕と共に、胸の中が期待感が湧き出す。
失望していた敵が本来の、いやそれ以上の強さを垣間見せてくれたのだ。
この身体の実力をフルスペックで引き出す事ができるかもしれない。
「何ィ…!」
異質な気配を感じてリオンは後方に飛んだ。
縮地法…東洋の武術の一つで最低限の歩数で一気に敵との間合いを詰める体術の一種である。
ターロンにも使い手がいたと聞いたことがあるが、目の前の少女も同様なのだろうか?
いや、リオンにはそう思えなかった。彼女は無意識に肉体の限界を引き出して己に肉薄している。
体を半分以上機械化し、常人を遥かに超えた身体能力を持つ自身をも超えるような力を…
(中型…いや、部分的には大型変異種のそれに近いパワー…か)
黒い衣を纏う怜の姿が消えたように見える。今しがた瀕死だったはずの女の動きとは思えない。
しかし、その動向をリオンは捉えていた。黒い風のように一気に殴り合いの距離にまで持ち越される。
放たれた弾丸のような拳を左腕で受け止める。体格では圧倒的に勝るはずの彼の体に重い衝撃が走った。
「…ハッ!!」
「…」
息が掛かるほどの超至近距離での肉弾戦。互いが互いの急所を一撃で仕留められるのならばそれが決定打となる。
怜はアークブレードを失ったにも拘らずその手数は全く衰えてはいない。それどころか攻勢の度合いを更に増している。
連続する手刀の嵐をいとも易々とリオンは避けてみせる。それでも完全に回避は出来ず筋肉質な身体に傷を刻んでいく。
このまま体力勝負になれば怜の方が不利だと、傍観に徹するナナシは睨んでいた。
無論、割って入る事も考えたが互いが互いの位置を入れ替えながら行われる攻防に横槍などできようはずもない。
無理にでも介入すればリオンを仕留める事は出来るだろう。しかし、それでは怜をも傷つけてしまう恐れがある。
怜を殺してしまうことは『主』の意向に反してしまう。彼女にはまだまだ利用価値はあるのだから。
だが、万一という事を考えねばならない。怜がリオンに敗北してしまった後のことをだ。
その場合、自分がリオンを相手にしなければならなくなる。だが、勝てるのだろうか?
あの男は彼女を易々と弄んだ。そして今はそれ以上の力で怜と死闘を演じている。
リオンが右腕のブレードを振るう、それを身体を捻り紙一重で致命傷を避ける。
頬に一文字の赤い傷が刻まれるが、数秒後に薄くなり更に時間を重ねると薄い桃色の線しか残らない。
だが、それでも身体につけられる傷が増える頻度の方が勝っている。小さなダメージでも蓄積していけば無視できないものとなる。
怜の体内にあるナノマシンの異常活性化…それが今の彼女に超回復能力を与えている。
しかしそれ以外の要素が、彼女の猛攻の一因になっているのかもしれないとリオンは感づいていた。
(何だと…!)
黒い前髪から一瞬覗いた彼女の眼。それは先刻の漆黒に憂いと信念を秘めた意志の強さを感じさせるものではなかった。
血のように染まった瞳のには、相手に対する殺意と戦意だけがあった。まるで必死に獲物に飛び掛る手負いの獣のような危うさ。
だから、今の彼女の一撃一撃に技や駆け引きの類というものはなく、ただただ相手を滅殺せしめんとする破壊衝動のみが込められていた。
生きる為に、自分の命を狙う全ての者を破壊する。行き過ぎた自己防衛の本能。
それは、理不尽に全てを奪われて生きていくしかなかった彼女の生き様がそのまま反映されているようにも見え、リオンすらも圧されるほどだった。
(この女…本当に人間なのか?)
期待感の裏側に、異質な感情が混じる。それは彼にとっては珍しく、恐れや畏怖といったものだ。
今の甲田怜はメディクが以前に見せた、人間の体が変異した化け物に近い存在に見える。
自分も生身の人間とは程遠い、機械を埋め込まれたサイボーグのような存在に近い。
怜がいつの間にか拾い上げた鉄パイプを振り上げてくる。空気の唸りを一撃に込めてリオンの脳天を狙い振り下ろしてくる。
だが、殺気が強すぎた。どんなに早く、鋭い一撃だったとしてもある程度察知されてしまえば効果は半減してしまう。
ブレードの一閃がパイプを苦も無く両断。そもそも材質が違う、こちらは特殊加工が施された超合金製の刃なのだ。
鋭利な断面を晒し、半分の長さになった鉄パイプが怜の手元に残った。
リオンはそのまま敵に接近するが、例はあらかじめ展開を見越していたかのように半分になった鉄パイプを投擲した。
単純な人力で投げたといっても、今の怜の力は常人の十数倍ものパワーを誇る。
しかし、薄い鉄板程度ならば易々と貫通できるであろうその一撃をリオンはすんでの所で叩き落す。
怜もそこまで読んでいたのか、そのまま相手に向かって駆けた。
一瞬の読み合い。攻防の中で相手の手の内を予感し、次の一手を繰り出す。
互いの技の応酬がそれぞれと繰り広げられる。それが出来なくなれば、死が待つのみ。
走る勢いを維持したまま女の細い腰周りほどもある左腕で彼女の細い体に拳を叩き込む。
リオンと怜、互いの拳が互いの命を砕く為にほぼ同時に繰り出された。
だが、悲しいかな体格差で怜の拳はリオンの左頬を掠めたのみに留まる。それでも拳圧が皮を深く裂き傷を刻む程度には威力はあった。
華奢な彼女の体が『くの字』に折れ曲がり、後方に派手に吹っ飛んだ。
常人なら肋骨が何本も砕け、折れた骨が肺に突き刺さり致命的なダメージを追って息絶えている。
骨が邪魔さえしなければ胴体すら貫通するほどの威力。
小型のエクステンダーともある程度やりあえるのがリオンの誇るスペックであった。
十メートルほど後方に吹っ飛んだ怜の体がドラム缶を幾つも吹き飛ばし、派手に散らす。
彼女の体はあらゆる場所から出血していて、服は所々破れ襤褸雑巾のようになっていた。
普通に見れば明らかに致命傷だ。だが、まだ死んではいない。
それどころかこうしている間にも傷は徐々に塞がっているように見えた。
(喰らう直前に後方に跳んでダメージをいくつか逃がしたか。それでも暫くは動けねぇ筈だろ?)
ゆっくりと近付いていく、止めを刺すためだ。
砂漠を彷徨う猛毒の大蛇は、頭を潰さない限りは息絶える事はないのだという。
だからこそ致命傷を与えるのだ。脳を潰されて動ける人間はまずいない。
確実に倒す必要があるのだ。この女は今以上の力を身につけ間違いなく『あの方』の障害になる。
コロニーの人間にとってアウターなど全く問題にならない。技術力が違う、何時でも潰せるのだ。
むしろ、同じコロニー内部の人間のほうが信用出来ない。両親…そしてあの方に嫁いだ妹も闘争に巻き込まれ命を失ったのだ。
あの方はそれを是正しようとしている。『シール・ザ・ゲイト』の掌握もその一環だ。
だが、あの一件が元老院を刺激してしまった可能性が高い。信頼できるスパイを送り長年に渡ってテクノロジーを得てきた。
「……!」
視界の中に光が広がった。赤い閃光が左目を焼く、光源は怜の左腕に握られたアークブレードだ。
弾かれたアークブレードをいつの間にか彼女が拾い、即席の奇襲を仕掛けてきたのだ。
しかし、伸ばした剣先のリオンの脳髄にまで届かなかった。勘で殺気を感じた彼がとっさに身を逸らしたからだ。
それでも左目を奪う事は出来た。視界が半分になるということは死角が生じ、戦闘にも支障が出るという事だ。
「…クッ、やるな!」
片目を潰されたリオンはそれでも不敵な笑いを見せた。最後まで勝利を疑わない残った右眼。
それを殺戮マシーンと化した怜が追い詰めていく、鉄板を易々と切り裂く光刃が連続で繰り出される。
互いが攻撃するたびに互いを傷つけていく…防御を完全に捨てた攻撃の応酬。
怜には異常なまでの自己回復があった。しかしそれも万能というわけではない。
それでもリオンの方がまだまだ余力を残していた。だから防戦に回った。
合金製のブレードの上を幾条もの光線が傷を残す。瞬きもの間に網のような光の痕が刻まれる。
一瞬の隙を掴み例の体を天井に打ち飛ばす。ジャイアント・グリズリーの幼体に迫るパワーで跳ね飛ばされた怜は再び派手に吹っ飛び天井に穴を開ける。
そこに止めを刺そうととびかかるリオンだったが…文字通り足を引っ張られた。
ワイヤーだ。あの女が自分の邪魔をしていた。うるさい奴だ、お前の相手は後でゆっくりしてやるというのに…
すぐにワイヤーを断ち拘束を解くが、すぐ肉薄する距離に怜が迫っていた。
再び両者の攻防の応酬が始まる。目まぐるしく位置を入れ替え、互いが互いを削り合うように、剣戟、殴打、蹴りのラッシュが飛び交っている。
「…」
ナナシも介入しようとしたが、この攻防の中で手を出せば怜を傷つけてしまうことになりかねない。彼女の体はなるべく傷つけたくないが自分ではこの戦闘に介入するだけのポテンシャルが足りなかった。両者とも互角に見えるがリオンが押されている。
だが、怜の攻勢が激しくなるにつれ彼女の隙もまた露骨に見えてきている。
防御を捨てた攻撃は確かに激しい。だが、それだけに崩されてしまえば脆い面も持ってしまうのだ。
利き腕でもない左腕を使っての猛攻。その勢いはリオンをも封じ込めかけたが、勢いだけの攻勢は先程のダメージも相まって大きな隙を生んでしまう。
その隙をもリオンは狙っていた。恐らくこれが最後の抵抗、ここを凌げば後はどうにでもなる。
しかし、彼は気付かなかった。度重なるブレードの酷使が耐熱コーティングの効果を薄れさせている事に…
「何だと…!」
ブレードが溶断されていく。怜の一撃がコーティングで防げる熱量を凌駕していたのだ。
それにアークブレードの光が前にも増して輝いている気がする。
そして『紅く』輝く敵の瞳に魅入られたとき、リオンの片隅に再度畏怖と恐れの感情が芽生えた。
目の前の小さな少女にしか見えない敵がとてつもなく得体の知れないオーラを放っているような気がした。
すかさず義手に備え付けられた指で手刀を繰り出す。それは脅威に対する防衛的本能がリオンに促した行動でもあった。
鋭利な鋼鉄の一撃は先ほどのブレードとほぼ同等な威力を誇り、小型変異種程度なら易々と葬る事ができる。
だが、怜の頭を狙ったそれも易々とかわされ彼女の滑らかな黒髪を数本斬り飛ばす事しか出来なかった。
「…く!」
怜はそのまま抱擁するようにしてリオンの義手を掴むと、次はそれを可動範囲とは逆の方向に極めた。
「……ッ!!」
悲鳴こそ上げなかったが、リオンは苦痛の声を漏らしてしまった。
最新式の機械の腕を意図もたやすく破壊してしまう彼女の怪力。果たしてそれは人間の範疇に収まる能力なのか?
残ったほうの腕で振りかぶる。もはや駆け引きもクソも無い、只の防衛行動だ。
そして義手を切り離して、再度甲田怜に向かって突撃させる。
そちらの方に怜は対応しなければならなかった。赤光が一刀両断気味に義手を縦割りに切断する。だがこれによる攻撃などは考えていない、一瞬気を引くだけで十分だった。
「くく…これで攻撃は出来ねぇぞ」
一気に接近し右腕で怜の首をがっちり抑え込む。そのまま首をへし折ってやろうと力を込めたが、右腕を一本ねじ込まれ抵抗された上に傷を負った腕では十全にパワーを籠めることが出来ない
恐ろしいほどの力だ。こいつなら素手でジャイアント・グリズリーを殴り殺せるかもしれない。
このままでは十数秒もしないうちに振りほどかれてしまう。だが、それだけの猶予があればリオンにとって十分だった。ナナシに向かって問いかける。
「よォ、俺様が何をするかわかったか?」
「まさか…自爆?」
「ほう、察しがいいな。ジルベルも情報を渡さない為に自死しただろ
俺も似たようなものだが、てめぇは殺しておかなければならねぇ…あのお方は生死を問わず体を持ち替えるように言っていたが、間違いなく計画の障害になる。俺の勘がそう喚くんだよ!」
リオンは勝ち誇ったように笑った。それを見てナナシは鋼線を飛ばそうとしたが嘲笑で返された。
「今更俺を殺っても無駄だぜ!自爆装置は時限式だ。くく、両手に華も悪かねぇ…一緒に心中しようじゃねぇか!!」
リオンは更に首を締めあげ、怜は抵抗したがもはや時間の問題だった。
ナナシが腕を振るい鋼線がリオンの太い首を斬り落とした。だが、もう時間に猶予はなかった。
(すまねぇ…)
リオンの首が重力にとらわれ落下し始めた時、最後の思考が脳内に走った。その言葉は誰に向けられたものなのか?
兄であるレーヴェロイか?それとも死んでいった妹に対してか?計画の為に命を落とした同士に対してだろうか?
甲田怜を掴んだまま。首を失ったリオンの体が閃光に包まれた数旬後に周囲を光が照らし、一拍遅れて爆音が建物全体を大きく蠕動させた。
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