6‐2 粛清


時間は少し遡る。彼が『ある兵器』を保管していた施設の中でシャオ・キンペの部下達が甲田怜によって瞬く間に倒された後だ。

シャオは驚愕していた。錬度は足りなかったとは言え、アウターの基準では高価かつ高性能な武装を持たせた自分の部下がたった一人の女によって壊滅してしまった事に…

手持ちの戦力をベルリンの制圧に分けてしまったのがまずかったのか?

まずい事に主力の戦車部隊はベルリン制圧の為に手元を離れてしまっている。

しかし、あまり大部隊を纏めて動かすとアウターのに此方の動きが知られる可能性があった。

ターロン上層部の人間はシャオを排除しようと考えているものも多い。暴力的な手段で敵を掌握するやり方は敵を威圧させるが、味方にも反感を生み、外敵からは糾弾されやすくなる。

だが、事を起こしてしまえば、力で押さえつけて後はうやむやに出来る。このために賄賂や女を送り上との繋がりも築きつつあったのだ。

更に偶然にも『ある人物』との接触もあり、真面目にやれば後十数年がかりで持てる戦力以上の力が一挙に揃った。野望の成就は近いはずだったのだが…


(何故だ…何故にこうもうまくいかねぇ!)


思いがけぬ『協力者』の存在。それこそがシャオの持つ『切り札』であったはずなのに。

今の自分はターロン最強の戦力を持つ、組織を掌握した後はアウターをも支配し果ては『龍』をも下し…最終的にはコロニーさえも服従させて世界の覇者となるつもりだった。

大いなる野心の為にも、小さな一歩は踏み出すべきだ。積み重ねというものは何を行うにしても必須だ。

しかし、今は目の前の現実にも対処できない。たった一人のイレギュラーがあらゆる物をひっくり返してしまった。三文劇の舞台脚本にすら劣る全くもって笑えない冗談である。


「くっ…あいつは何をしているッ!!」


「あいつ…? もしかしてあなたに『コロニー製の兵器』を渡した人間の事かしら?」


あの男とは、彼の部下をたった一人で血達磨にした『協力者』の大男だ。

図体が大きく口は粗暴だが、その実頭も切れるように見える。ああいった男はシャオは大嫌いだったが逆らえる度胸はなかった。

威勢はいいが明らかに自分より強い者に対しては委縮するのがこの男なのだ。


「クソッ…女ごときが!」


「ねぇ、貴方? 耳と目…どちらがいい?」


女が妖艶に唇の端を吊り上げ、サディスティックな笑みを浮かべる。


「この…女風情が……」


「その女風情とやらに、部下を全滅させられたのはどんな気持ち?

まぁどちらでもいいんだけど。もう決めたの? 早く口を割ってしまえば楽に殺してあげるのだけれども」


「アマが…ふざけやがって!」


屈辱でシャオの顔が歪む。彼にとって『女』とは政略の道具であり、又は憂さを晴らすための捌け口であり下等な存在でしかない。

その対象にあからさまに見下され、あまつさえ挑発を受けていると言うのはプライドが高く短気なシャオにとって耐え難い事でもあった。

拳銃を抜く。いくら相手が妖艶な雰囲気を漂わせた美女とはいえ、自分を怒らせてただで済ませようとは思っていない。

昔から得意な早撃ちで人形のように白く、綺麗な顔を弾丸をで歪ませた後に止めを刺してやろうと思った。


「…」


シャオの殺気を察した彼女は何も言わず、グローブの人差し指を軽く横に振った。

何気ない動作の後、ミクロン単位にまで細く絞り込まれた鋼線が銀の光と共に一閃し薄闇の中で煌く。

それは人間の動体視力で捕らえられる速度を超えた、神速の一撃をシャオが見切る事は出来なかった。


「ぎっ! ぎいぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


鋼鉄の強度をはるかに凌駕する微細な刃が一閃。右耳の端を数センチきり飛ばされ、甲高く裏返った悲鳴をシャオ本人が上げる。

自分だけは虐げられる事は無いと信じ、暴力を好んで他人に振るう人間に、暴力が返ってきたときの驚いた反応。

シャオは敵であれ味方であれ、暴力を振るうことにおいては相手を選ばなかったが唯一の例外は自分自身であった。


「お…俺の……耳がああああっ!!」


シャオ・キンペも決して無能な男ではない。彼の銃の腕前は他のターロン構成員にも恐れられていたのだし、それに加えて組織の一部隊を任せられるほどの組織力も有しており仮にも弱小とはいえ派閥を持つ男が腕っ節だけで巨大組織のターロンでのし上がって来られる筈も無いからだ。


「あひぃ!ひっ…ひゃああああああああああッ!!!」


いまや彼は無様そのものであった。無我夢中で黒い女から逃げた。間違いなく自分が殺されるだろうと確信し恐慌に陥っていたのだ。

そんな彼を、鋼線を自在に操る魔女は追うことすらしなかった。まるでその行為そのものが時間の無駄であると言わんばかりに…

事実として彼女からすれば、アウターで巨大な勢力を誇るとはいえ一マフィアの幹部など構っていられる相手では無かったからだ。

本来ならば、秘密保持の為に抹殺対象にあたるのだが今はそれどころではなかった。コロニーが本格的にある男の意思によって動いている。

それを阻止するのが最優先目的であり、一マフィアの幹部風情に意識を向けているゆとりなど無いのだ。

むしろ、この奥にある『ある物』の存在のほうがはるかに重要であり、『主人』によってもたらされた情報が確かならば

それによって、自分達の手を汚さずあの男に大きな打撃を与えられる事は大きいメリットを孕むのだから。













逃げ込んだ先に大きな影があった。そして人物のことをシャオは知っている。

その男はシャオにあの機体を渡した男だ。得体も素性も知れない金髪の男だったが今の彼からすれば救世主に見える。

一縷の打開と希望を抱いてシャオは大声を張り上げた。そうやって力を見せ恫喝する事によって彼はのし上がってきたのだ。

男がゆっくりと振り向く、その顔にはどんな表情も浮かんでいない。


「お…おい、お前ッ!」


「ん? 俺様のことか?」


「お前…あいつを何とかしろ! 強いんだろう!!」


「は?なんで俺様がそんなことしねぇといけねぇんだよ。てめぇは自分のケツが拭けないほどお子ちゃまなのか?」


あからさまな罵倒が短気な彼の頭を沸騰させかけるが大男はシャオを見下ろすと何も言えなくなった。暗い碧眼にはあからさまな侮蔑と失望の感情が浮かんでいた。

その瞳の冷たさに背筋が凍る。自分は何処かとんでもないものを相手にしてしまおうと思ったのか。

飼いならせる猛獣は猛獣などではない。しかしこの男は違う、例え鎖で雁字搦めにしようとも今度は鎖自体で牙を研ぎ澄まし…自らを戒めようとする愚か者をその牙で噛み砕くもの。目の前の男はそれであった。


「キャンキャン吠えるしか能がない惨めな負け犬は哀れだな」


「お前…ふざけているのかッ!」


「ふん、所詮はサルのお山の対象ってワケか。つまらねぇ、くだらねぇ…俺様は今とても不愉快だ…

まぁ、アウターの連中ごときにあまり期待していなかったがよ…アイエンの方はそれなりによくやってくれたが、てめぇの方はやっぱり役立たずだったようだな」


「へ…?」


ドスッ、という鈍く湿った音と腹に衝撃を感じ、シャオは自らの下腹部を見て信じられない光景を目の当たりにした。

くすんだ色をした金髪の男の右手が自分の腹を貫通し風穴を開けていたのである。

血が自分の服を染めているのが不思議な気分で、先程と違い痛みは全く感じない。


「ごほッ…」


「まあ、どの道お前には死んで貰う予定だったからな。それが少し早まっただけなんだ。気にするな」


(こいつは…何を…言っ……)


「それにしても、たかがギガント・フレーム一体でアウターを制圧できると舞い上がっていたテメェの姿はお笑いだったぜ。その程度でどうにかできるんならアウターの扱いであのお方や始め上の人間が頭を抱える筈がねぇんだよ」


大男の言葉を曖昧になっていく思考の隙間でシャオは考えたが、そんなことはすぐにどうでも良くなった。

今はただ、体を蝕む苦痛から一歩も早く逃れたかったのだ。叫んでしまいたかったがのどからはか細い呼吸音が漏れるだけ。

気が遠くなるこの瞬間さえも心地よく感じられる。いったん意識を手放してしまった彼は二度と起き上がることは無い。

幼少時より暴力の渦中で揉まれ、ターロンの手先となり幾人もの命を奪ってきた野心家シャオ・キンペ…龍と呼ばれるターロンの首領にも反逆を夢見た自分の計画を実行する前に不確定要素によりあっけない最期を遂げたのであった。

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