6‐1 空を横切る流星


時間はディーク達討伐隊が多大な犠牲を払いながらも、超巨大指定変異種・ジャイアントグリズリーと生死をかけた最後の死闘を繰り広げていた最中である。

リベアはディークの事務所に合鍵を使って忍び込んでいた。帰ってきたら思いっきりシメてやろうと思ったからだ。

そしてその傍には、にこやかにポッドから茶を注ぐサウロの姿があった。一体二人はどういう関係なのであろうか。


「あいつ…あたしに何の連絡も入れないで勝手に」


「まぁまぁ、そう怒らないでよリベアちゃん。可愛い顔が台無しだよ」


「何であんたがここにいるのさ? それに入れてるお茶はディークのだろ、水も貴重なんだから…」


このアウターでは綺麗に濾過された飲料水というものは貴重であった。加えて地中海付近の気候は夏気は雨が少なく乾燥に強い作物ばかりが重視される傾向があるのでなおさらであった。

大概の人間は大なり小なり土臭い水を飲んで飢えを満たしている。体内の水分が10パーセント失われるだけでも人間は死の危険に脅かされる。

いや、アウターに限らずコロニーやどの時代においても水は人間社会とは切っては切り離せないものであった。それが原因で幾度となく争いの原因になったというのは歴史が証明している。

地球の面積の大部分を占める海水は現状では汚染物質が多く含まれているため、かなり大掛かりなろ過装置が必要になっており、そういった大規模な設備はコロニーかベルリンなどにでも出向かないとお目に掛れない。綺麗な水というのはそれだけ希少価値があるのだ。

ゆえに今はさほど活発ではないが水関連は一時期はターロンの重要なシノギにもなっていた。

ディークやリベアもとあるコネとゲイルが作った地下水用の自家製ろ過装置があるからか、そういった意味ではあまり苦労は少なかったが。

ろ過装置の技術に関してもようやく十年ほど前に条約の緩和によって広まったばかりで、それには先代のセブンズ筆頭格フォレスト・ノルヴァークの尽力が大きかったのだが。


「まま、そんな細かい事は気にせずに…あいつも自分が居ない時は待たせるのもアレだから構わないって言ってたしさ」


笑顔で流しながら茶の入ったコップを渡す。慣れているのかそれとも無神経なのか。

リベアは少し複雑そうな表情をしてから躊躇いがちにそれを受け取った。


「俺はあいつの大親友だからね、後でちゃんと謝れば許してくれるよ」


「……」


それでも、リベアの表情は浮かばなかった。心の中で一言ディークに謝ってからコップに口を付ける。

人の家に入り込んで勝手に飲み物を飲む行為自体、彼女の良心に後ろめたさが入り込む行いだからだ。

ディークは笑って許してくれるだろうし、昔から彼とは姉弟同然に育ってきた仲ではあるがそんな仲でも一線は引くべきだと思っている。

砂漠の近い乾燥地帯では水資源は貴重なのだ。それも、綺麗に濾過された純度の高い物は特に高い金で取引される。

水を巡って争いが起きている地域もある。此処はまだ少ないと言ったレベルで最低限飲める分があるに困らないだけマシなのだが。


「最近、寒いよね」


「それで?」


「…なんかさ、今日は星空も綺麗だし一緒に外見に行かない?」


「……」


リベアは無言でサウロの方に視線を向ける。彼は端正な顔に笑顔を浮かべにこやかな表情のまま立っている。

いつもの彼女なら、こんな浮ついた誘いは無視するかガンを飛ばすかのどちらかであるが、今日は違った。

そもそもサウロとは以前面識があるし、あのディークの知り合いなのだから悪い人間ではない…と思っている。

尤も、こういった軟派な手合いに声をかけられると背筋に寒気が走って張り倒したい衝動に駆られるのが彼女であるが。

たとえ顔が良くともリベアの苦手とする類では有った。

顔が良いだけの男に碌な人間がいないとレイノアが言っていたのを真に受けすぎた嫌いはあるのだが。


「そう、それも悪くないかもね…」


「えっ…いいの?」


意外そうな顔をするサウロを見て、何か不味い事をいったのではないかとリベアは思う。

だからフォローを付け足すように、少し慌てて言葉を付け足した。


「まぁ、気分転換くらいには付き合っても…」


まさか受けるとは思っていなかったのだろう。意外な表情をするサウロにリベアが頷き返す。

最近、ディークとあまり会っていない中で落ち着かない気分もある。だから、たまには気持ちを落ち着けるのもいいかもしれない。


「…よしっ、やったぜ俺!」


「…」


小声で独り言を呟きながら密かにガッツポーズを取るサウロの事を、リベアは全く気にしておらず上の空だった。

星に無数にまたたく輝きがとても不吉で、恐ろしい予感がしたからである。


「あれって、流れ星かな?」


サウロが見た方向をリベアも視線で追った。満天の星が瞬く夜天の空は突き抜けるような黒。

その一幕に銀色の閃光が尾を引いて彼らの頭上を横切って行った。方角は北北西、ずっと直進すればブリテンコロニーの辺りだ。


「違う…あれは……」


リベアが流星をサウロと別の解釈で捉えたのは、父・ゲイルの工房でよく見たシルエットに酷似したからだ。

彗星のように尾を引くバーニア光。その蒼白い輝きの中に、小さい人型のシルエットが見えた気がした。

彼女がそう推測できたのは優れた父と同じ優れたエンジニアの素質がある証明になるのだが、リベアがそれを喜ぶかは疑問だった。


(エクステンダー? でも、飛行できる新型なんてカルジェンス工房が作ったのかな…)


遠いシベリアの討伐戦で乗機もろとも果てたバニッシュ・カルジェンスは、エクステンダーを初めとする工学機械の製造・販売で知られる技術系の名門・カルジェンス家の跡取りである。

ダイキンの使用していたビルド1985D型の他にティカス1985D、シーザー1988Sを初めとするエクステンダーはカルジェンス家が開発に大きく関わっている。

更にカルジェンス工房が来年末辺りに新型の試作機を発表する事をよく父が言っていたからだ。

その機体の試作機もシベリアに投入されたらしい事は、ゲイルが口にしていたような気がする。


「でも、それがここにあるはずがない…」


「ん、どうしたんだい?」


「いや…なんでもない」


ぞくり、と寒気を覚えてリベアは自分の両腕を抱くようにした。

この付近の温度の変化は著しい。昼は汗が止まらないほど暑いのに、夜は凍えるように冷たい。

作業しやすいからと言ってこんな季節にノンスリーブの上着なんか着ているからだと、彼女は自分に言い聞かせた。

まるで先ほど感じた悪い予感が、的中する事を恐れているかのように…


(レイノアさんがついているから大丈夫だろうけどディーク、無事でいてね…)


はるか遠く、シベリアにいるであろうディークに思いを寄せるリベア。口では何を言っても彼は弟同然の大切な存在なのだ。

しかし、彼女は知らなかった。ジャイアント・グリズリーを誘き寄せる囮となって、

ノエルともう一人姉の代わりだったレイノアが仲間のために壮絶な自爆を遂げた事も、

幾多の仲間を失ったディークが絶望に震えている事も、水面下でアウターを巻き込んだ巨大な陰謀が蠢いている事も彼女は知らなかったのだ。






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