4‐8 ジルベルの暗躍


部屋に戻って再び鍛錬を終えた頃に、エアロックが解除される音が聞こえた。

中に入ってきたのはコーヴで、彼は部屋に入るとディークから預かった服を脇に置き、すぐにベッドメイクを始めた。


「ディーク様。消毒処理して洗濯した服をここにおいて置きます」


コーヴの言葉にディー区はどことなくむず痒さを覚えた。彼の丁寧な話し方が肌に合わないのかもしれない。

第一、年上の人間から敬語で話しかけられる事自体、仕事のとき意外ではめったに無い事なのだ。

仮にレオスやゲイルがコーヴの様に敬語で話してきたら、別の人間の変装を疑うかもしれない。

二人とも血の繋がっていないディークの事を本当の息子や友人のように扱ってくれていた事に感謝している。

ノエル以外に反抗していた時期もあったにはあったのだが、そんな時も彼らは見捨てないで真摯に向き合ってくれたから今の自分があるのだ。

ディーク自体、割とフランクな態度で相手と話すスタイルだからであろう。その辺は割と彼の人柄が浮き出ているところである。


「ありがとうな。あと、今更なんだけどさ…俺なんかに様なんてつけなくていいよ。そういうガラじゃないんだ」


「いえいえ、ディーク様は主人が呼ばれた大切なお客様なのですからそう呼ばせてください。それでお夕食には出席なされるので?」


自分の服を着込むディーク。服はかなり前から洗っておらず汗臭かったのだが、新品同様の布触りと清潔な匂いはまるで上物の新品のようである。

ナイフや防具や道具などは没収されていたが、やはり無駄に清潔な用意された服よりも肌に馴染んだ私服のほうが馴染むのは当然である。

むしろ彼自身が人前に出るときこそ香水などで誤魔化しながら最低限の身なりは気をつけているものの、やはり自分は不潔が似合う男だと思っていた。


「折角だから俺も出ることにするよ。怜にはちゃんと姉さんからの伝言があるし

今日俺が外を見に行ったときにあいつ…?も居たような気がするからな」


「いえ…そのような話は全く聞いていませんのですが?」


「あれ? じゃあ…外で見かけたあいつは?」


「甲田 怜様はディーク様と違って計り知れないポテンシャルを有しております。

その気になれば簡単にここから脱出できてしまう故に、監視の人員を多く割いているのです

イディオ様はあの方を説得し引き入れる見たいですが、私はあまり賛同できません。彼女は危険です、それに…」


「ああ、俺は弱いからな。何も出来ない口だけの人間さ」


「ディーク様。これからイディオ様との食事会ですが、傍らに居るジルベルという男にお気をつけ下さい」


「なぁ…コーヴさん。どうして俺にここまで親切なんだ? 間違ってしまったとはいえ、あんたに暴力を振るってしまった男なんだぜ」


コーヴは、真正面から見据えるディークの顔から視線をそらした。

まるで、大切な何かから目をそらすように。犯してしまった過去の過ちから逃れるように。

しばらく沈黙の場が、ここを支配した。実際には十数秒の間だろうが何十分、数時間にも近い体感。

言い知れない重たい空気がここを席巻しようとする前に、コーヴはようやく口を開いた。


「…客人は丁重に扱うものだと決まっていますから」


「……そうなのか」


それ以上はディークは尋ねない事にした。不用意に他人の過去を暴いたりしない、基本的にはお互い無干渉なアウターのルール。

しかし、言葉を手繰って彼から過去を引き出すのは躊躇われた。コーヴの皺に刻まれた苦悩は彼の傷そのものであり、

決して取り戻せない過去が残した癒えない物なのかもしれない。ディーク自身もも嘗ての家族を失ったその時のように…








「……」


暗闇の中、彼女は一人目を瞑っていた。

肉体を休息させているが、睡眠を取っている訳ではない。此処に着てから意識は常に覚醒し続けている。

そもそも、敵地で寝首をかかれる様な馬鹿な真似を侵す位なら自分はとっくの昔に死んでいたはずだ。

では、なぜこんな場所に来たのだろうか? 


(………そろそろ時間か)


エアロックが開き、屋内用の軽装パワードスーツを着用した者が数人が部屋の中に入ってくる。

部屋の中に光が満ちた後、甲田怜はゆっくりと目を開けて彼等に静かな視線を流す。

1、2、3…合計五人もの重武装の警備兵が彼女を見て一瞬たじろいだように、半歩引いた。

単純な機構だがそれゆえに取り回しがし易いサブマシンガン、喉元や頭部や胸部を特殊な軽量合金で保護し、

間接の動きを妨げないように防刃性のある特殊な樹脂素材で可動部を覆い、動きやすさを重視したプロテクター。

支持や配置も統制が取れている。いずれの斜線に仲間が割り込まず誤射が無いように円陣を描くようにして怜を取り囲んでいた。


一秒にも満たない思考の間に彼女はここの人間を皆殺しにして、部屋から脱出するプランを十通り考えたが、実行する気は無かった。

断念したわけではない。やろうと思えば出来るが今はその時ではないと判断したからだ。

ここで彼女の持つ【アーク・ブレード】はおろか、武装や持ち物はは取り上げられてはいない。

あえて泳がせているのか、それとも歯向かったとして簡単に制圧できる用意があるのかどうかは知らない。

どうやら此処の施設は相当な箇所を自動化しており、兵士の数そのものは少ないのだろうが、

この【コロニーもどき】を覆うようにして発生している電磁波を伴った砂嵐のバリアーを抜けるのには一苦労しそうである。


「甲田怜、イディオ様が夕食にお呼びだ。我々と共に来てもらおう」


「…そう」


怜はどうでもいいような、関心が無いといわんばかりの低い声音で小さく答えた。

今興味があるのはあの男への復讐のみ。そのために利用するものは何でも利用すると決めている。

その癖に合理性に欠けた矛盾ばかりの行動を取っていることに、怜はまだ気付いていない。

数人の警備兵に囲まれ部屋から出る怜は通路の照明の光がやけにまぶしく感じられ、目を細めた。








「ようこそ、歓迎するよ。二人ともわかってくれたようで嬉しいよ。まずは楽にしてくれ」


イディオは社交辞令用の笑みを整った顔に浮かべて二人を出迎えた。

細長いテーブルには蜀台と皿に収まった様々な料理が並べられている。

反対側の入り口から


「僕の名前は前々から聞いていると思うが改めて自己紹介したい。【シール・ザ・ゲイト】の代表イディオ・ウルワ・アリー・ムドーだ

隣にいるのはジルベル・アーヴィン。彼には昔から僕のボディーガードで片腕としても働いてもらっている有能な側近だ

特に甲田怜。君ほどの使い手を招待するのは彼の尽力が無ければ不可能だったといっても良い」


「……」


玲はイディオの言葉を無視した。

そして早く用件を言えといわんばかりに冷たい視線を向けるが、この楽園の盟主は笑顔でそれを受け流す。


「イディオとかいったっけな…お前は俺達に何の用なんだ?」


「口を慎んでいただけませんか? この席を用意していただいた張本人なのですよ」


「いや、別に構わないよ。彼等に無礼な行いをしたのはこの僕だ、それにディークはアウターの人間だから彼が敬意を払う必要は無い」


奥の席に座るイディオの傍らに立っている男・ジルベルが不快な顔をしたが窘められた。


「色々と話をする前に、こちらからの歓迎の証として色々と用意させて貰った」


「……そうか」


ディークは並べられた数々の料理を見下ろした。これだけでどれだけのアウターの人間が飢えずに住むのだろうと考える。

新鮮な野菜や肉は先刻目にした場所で作られたものなのだろう。これを用意するのにいったいどれだけの手間と人手がかかったのか?

食欲は確かにあったはずなのだが、それを思うととても食べ物に手をつける気には無かった。


「遠慮しなくてもいい。まずは椅子に座って雑談でも聞くような感じで僕の話を聞いてほしいんだ」


「ああ、そうさせてもらうぜ」


短く告げるとディークは手前の椅子に座った。やや遅れて怜も腰掛ける。

が、食事には手をつけない。反対側の怜も同様だったがディークとは動機が違うようだった。

毒物を警戒しているのかもしれないとディークは考えた。彼女なら食事に何か仕込んでも死なないイメージがあるのだが、

その辺りはやはり怜も人間ということなのだろう。そんな強い人間がなぜ此処まで連れて来られたのかは分からない。

自分を人質にとったとしても彼女が気にするようなタイプには見えない。だが、怜にはこれまで二度命を救われていた。

彼女の考え方が分からないので、もっぱら気まぐれなのだろう。自分を助けたのはついでに過ぎないということなのだ。

もしそれが事実なのだとしたら少し寂しい気持ちになるかもしれないと彼は思った。


「……」


「食べないのかい?」


「気持ちはありがたいんだが、今は腹が減ってないんでね」


「そうか。だが、遠慮する必要は無いよ」


「ま、気が向いたらな」


「なら、話のほうも先に進めようか。そちらの彼女の方もその気にならないようだしね」


怜の方にもイディオは顔を向けて確認の意思を確かめるが、彼女は腕を組んだまま瞑想し椅子に静かなまま腰掛けたままだった。

せっかく出された食事に二人の客両方ともが手をつけない事態になってもイディオは不機嫌そうな顔ひとつしない。

むしろ、あからさまに眉を寄せて機嫌を悪そうにしたのは傍らにいるジルベル

彼は若き指導者にふさわしいカリスマと威厳を備えた笑みを崩さないままに話を進行させていく。食事会などは


「まずはこれを見てほしい」


パチン、とイディオが細い指を鳴らすと部屋中が薄暗くなった。

そしてテーブルの中心に青白い立体映像が浮かぶ。無重力空間での使用を前提とした巨大な筒形のモジュールには、

板のような形状のパネルが翼のように一対突き出していた。

それは同じ時間に北米のコロニーで、ディノスがセブンズに見せたものと殆ど変わらないものだった。


「これは宇宙に浮かぶエレオス・ソイルと呼ばれるコロニーが保有する発電衛星の一基だよ

彼らはこの衛星が発するマイクロ・ウェイブをコロニーの受信装置で取り込んで電力に変換する

このシール・ザ・ゲイトでは外殻の表面にナノ単位のソーラーセイルを億単位じゃきかないほどで埋め込んでいるから発電効率もエレオス・ソイルのそれとは文字通り桁が二つくらい違うといっても良い

むしろ此処で使うには電力が有り余っているほどで、正直に言うと使い切れないくらいなんだ

ま、だからこそ少ない人員を多様な自律ロボットの労働力で十二分に埋め合わせできるのだけど」


「自律ロボット…そうか、あの農業用ブロックで見たやつか?」


「その通りだよ。あれ以外にも数十種類ものロボットがこのシール・ザ・ゲイトに保管されていた

更に此処にはコロニーのそれを越える超大型量子コンピュータの演算能力がある

それによるハッキングでエレオス・ソイルの三号機は完全にこちらの手中にあるのさ。これが意味することは分かる筈だよ」


「…コロニーには深刻な電力不足が発生する」


「その通りだよ甲田怜。この三号機は数あるエレオス・ソイルの中でも最大の発電量を誇る

これがこちらの制御下にあるということは、コロニーは電力に十分な余裕が保てなくなり間違いなく疲弊する

このシール・ザ・ゲイトにも言える事だが、大抵のコロニーは主要施設の殆どを膨大なエネルギーという背景を以ってして支えているのさ

更にエレオス・ソイルの機能はもう一つある。ある指令を入力することによって強力な衛星兵器に変形可能なんだ

マイクロウェーブは収束率と出力を調節すれば、大出力のレーザー兵器として活用できる

大気の薄い層でいくらかビームの威力は減衰されるかもしれないが、理論上地球上にある八つのコロニーを狙撃することも可能なんだ

今頃コロニーのセブンズは慌てふためいているだろうね。住処を人質に取られた彼等に此処を攻撃することは出来ないのだから」


ふと怜が呟いた言葉に対し、まるで出来のいい生徒を褒める様な口調でイディオが言った。

ディークは背中が凍る気持ちを抑え切れなかった。コロニーを狙えるということはアウターも標的に出来るということなのだ。

自分の住む町が想像も付かないような、膨大なレーザーの奔流によって一瞬のうちに廃墟となる。

まるっきり悪夢でしかなく、それゆえに現実身が沸かないのだ。大昔、科学が大きな信仰を集め隆盛だった時代の負の遺物。


「今、まさに君の考えていることは大体分かるよ…ディーク・シルヴァ

アウターを攻撃することなんかしないよ。僕達はコロニーという共通の絶対悪を倒すための同志といっても差し支えないのだから

そして、今までコロニーが独り占めしていたエレオス・ソイルやロボット達、更にシール・ザ・ゲイトの膨大な電力さえあれば

アウターの復興ももちろん可能だ。ロボットの中にナノマシンを駆使して地中や大気中の毒素を取り除く物も研究中さ

石化病の治療もシール・ザ・ゲイトのコンピュータで解析は出来るかもしれない」


ナノマシンのくだりがイディオの唇から漏れた時に怜がピクリと反応した気がした。


「君の返答次第では協力してやらないことも無い。それに評議会が収める今のアウター政府では満足に僕達のテクノロジーを駆使できない

ディーク、君がハンターの中で特別な地位につけるように支援する。後ろ盾になってバックアップしようと言う訳さ

僕達も地球の再生に手を貸してやることに異論は無い。

地球の復興を成し遂げ脅威となる変異種を駆逐し最上位種として帰り咲くことは全ての人類の悲願なのだから」


なるほど、とディークは思った。自分は組織の上に立つ人間ではない

仲間のために地道にコネクションや酒場で集めた情報の裏づけを取って、地道に他のハンター達の手助けを行い、情報屋の本分に勤めることがお似合いだと思っている。

無駄な野心など欠片も無い。要するにイディオはディーク自身に自分達の操り人形になれと言ってきているのだ

いきなり拉致同然にこんな場所に連れて来られて、言うことを聞くように強要されていい気分でいる人間では無かった

どこの組織もやることは同じだとしか感じない。【ターロン】も【シール・ザ・ゲイト】も大差無い

第一自分が人の上に立つようなことがあれば、戦争でも起きているか相当人手不足になっているかのどちらかだ


「そんなことは俺じゃなくて、ハンター評議会のウェルナーじいさんにでも掛け合えばいいだろう?」


「ウェルナー・パックスか。彼もなかなか有能な指導者と聞くけど、

彼の身内がコロニーに対する反逆行為を企て暗殺された事件は知っているだろう?

故に彼はコロニーに少なからず恨みを抱いているはずだ。関与を知りながらも自殺という形で処理せざるを得なかった。強大な力を持つコロニーには向かったらどうなるか…

自分だけではなくアウター全体が不利益を被るであろうことをよく知っているだろうからね」


「その話については噂程度にしか知らないんだがな…」


ウェルナーに関して意外な形で話を聞けるとは思わなかった。噂でしかないが数年前に彼の息子がハンターとして任務にあたっている最中にとある宿にて焼死したという噂があったがイディオの言っていることはそれなのだろうか?

そうだとしたら彼みたいな人間ですらもコロニーに歯向かうと悲惨な目に合うと暗に話しているのだろう

力で他者を恫喝するのはターロンも同じ、卑劣な手段だ。


「それに僕は君のハンターとしての地位やクラスに価値を認めて呼んだわけじゃない

君自身には友達に協力するように呼びかけて欲しいんだ。もちろん友達というのは彼女…甲田玲のことだけど

それに評議会議長のウェルナー・パックスは確かに有能だが、自分の親族や知人で重要なポストを占有している。アイエン・ワイザードの派閥に対抗するためだと思うけど世襲を規定化して政治的基盤を固める行いは、一部のハンター達の反発を招いていることも知っている」


(このイディオとかいう奴は、言葉に悪意や駆け引きめいたものが感じられない…

誰かに吹き込まれた情報を一方的に口に出しているだけだ。そう教え込まれたかのように)


「何故、怜を引き入れようとする?」


「彼女の持つポテンシャル…あれは将来的に必要になると思ったからさ」


「何の為に? お前達はもう十分な力を持っているだろう。あの、コロニーすら上回る力を…」


「単刀直入に言うとコロニーを潰したいんだよ。彼等は僕から父や仲間を奪った復讐をしたいんだ。アウターの人間だって不平等な『条約』とやらで不便な生活を強いられているはずだ」


イディオの眼に燃え上がるような憎悪の光が灯った。そうして憎しみに突き動かされるようにして破滅して人間は何人か知っていた

復讐に身をやつした人間の大概は悲惨な末路を辿る。コロニーの『監査』で家族ごと

家を焼かれてしまった者、変異種に夫と子供を食い殺され復讐鬼となったハンターの女、取引を見られたと言ってターロンに『見せしめ』として家族を皆殺しにされた子供…

そうした悲劇はこの悲惨な世界で事欠かなく、ありふれた話であった

ディークのように物心ついた時からすでに家族がいなかった人間はある意味幸運なのかもしれない。レオスに拾われるまでとにかく生きる事に必死だったからだ


「悪いが遠慮させてもらう。他を当たってくれ」


「そうか…なら、甲田怜。君はどう思う?」


「……」


「君は東京コロニーの出身者で家族共々【外周】に住んでいたようだね

決して裕福とはいえない生活だったがある日突然、肉親を奪われた君ならコロニー潰しに賛同してくれるはずだ。」


(あいつ…コロニー出身者だったのか?)


「…」


怜の言葉はなかったが、表情に僅かな怒りが混じっているのをディークは感じ取った。


「確実に復讐を果たせるチャンスをみすみす見逃そうとでも言うのかい?僕達の力があれば…」


「誰かに頼ろうなんて思わない、あの男は私が自分で殺す。

それより…これ以上私の過去を話すことは許さない。黙ってもらえないかしら?」


顔は相変わらず無表情だが、ぞっと底冷えのするような声で怜は言った。

何も知らない者からすれば彼女の声に相変わらず抑揚は無いように思える。しかしながらディークは本気で怜が怒っていることに気が付いた

怜がこのように敵意を丸出しにして誰かを見据えている場面を彼は知らない

以前の砂漠の死闘で傷つき倒れていた少女の面影はどこにも無かった。絶対に彼女を敵に回してはならないとも思う

しかし、安心する気持ちもまた同時に存在した。彼女が賛同していたら誰もイディオを止める人間が居なくなる


「ディーク、もう一度お願いしたい。彼女を説得してくれないか?」


なるほど、そうディークは納得した。自分は家族や仲間を盾に怜の懐柔の為に呼ばれたのだと。

とても不愉快な気分だった。このイディオという青年に悪意がないのだとしてもだ・


「断る、女に振られたからって目の前で男に頼るのはかっこ悪いぜ

俺がもし同じことをしてみろよ、サウロの奴に話のネタにされて笑われちまう。情けなくって死にたくなるかもな」


「ジルベル…私はどうすればいい?」


困ったような顔を浮かべて、イディオは傍に立つジルベルに助言を求めた。

それを見てディークは悟った。一見温和だが、他者を見下すような冷たい雰囲気を持つ男…ジルベルがこの場を設け何やら企てている黒幕であることを


「それなりの謝礼は用意いたします、お二人ともよくお考えください。今後のあなた方の為にも…」


「俺はいい」


「イディオ様に付けば、最終的にあなた方は得をすることになるのですよ?」


このシール・ザ・ゲイトは確かにアウターをはるかに超える技術力を誇るがそれでもコロニーに立ち向かうのは難しいだろうとディークは思っていた

少なくともこの施設の『深部』を知るはずもない彼の主観から見ればあながち的外れでもなかったが


「現状のままで満足している。悪いが帰らせてくれないか?」


「今のようなみじめな生活をしてそれで生きていると呼べるのでしょうか?

このままコロニーによってアウターは搾取されていくべきだというのは残酷ではないでしょうか?

より強大の力を味方につけ、自らの思いのままにするということに興味は…」


ジルベルが言葉を紡ぎ終わる前にディークは立ち上がった。今の彼は冷静ではなく、胸の内は怒りに燃えていた。

許せなかった。出来ることならばスーツを着たあの大男の傍まで走っていって一発ぶん殴ってやりたかったが、流石に堪える

その代わり血が滲み出す程度に拳を思いっきり握り締めた。こういった手合いは過去の経験からして一番許せない類であったのだ


「他人の怨念に人様を巻き込むなよ…お前は何様のつもりだ!

一生懸命考えた下らない陰謀ごっこを俺達に聞かせるために、わざわざこんな閉じこもった場所に呼んだのか? いい加減にしろよ

イディオ、本当に復讐がお前の意思だったとしたら俺に止める権利はねぇ。だがな、そこの胡散臭い男は絶対に信用しちゃいけねぇ」


ジルベルはそれでも鉄面皮を崩さず薄笑いを浮かべている

恐らく、この男すらも黒幕ではない。背後に控える人間がいる、それが誰かは分からないが


「あなたの親族…血は繋がっていないようですが聞く話によればディーク様の近くには酒場を開いていたり、

ジャンク屋を営んでいたり、孤児院を開いている方もいらっしゃることは存じております

貴方を養ってきた彼等の生活を楽にしてあげたくありませんか? 我等に付けばディーク様を元首としたアウターの新政府樹立をも――――」


結局のところ、それも自分を神輿にした傀儡政権を作るという事だ

この男に付いて勝利を得たとしてもアウターの立場が今以上に悪くならない保証はない


「お前に聞いているんじゃねえ木偶の坊。胡散臭いことばかりぺらぺらぺらぺら喋るな詐欺師野郎!

胡散臭い顔して、耳ざわりのいい話を持ってきて、人に負債を押し付けようとするやつのことをなんていうか知ってるか?

ジルベル、俺達の業界ではあんたみたいな奴のことを【フカシ野郎】っていうんだよ。イディオに変な思想吹き込んだのもお前だな?

それにもし、ノエル姉さんや師匠、おっちゃんやリベアや他の人達に何かやってみろ―――――俺はお前を絶対に許さないぜ!」


スッ――――と、ジルベルが薄笑いを浮かべた。その得体の知れなさに気圧されそうになる

この男は思った以上に修羅場をくぐっている。そして強い、恐らくは甲田玲と同等かそれ以上の…


「ほう…面白い事を仰る」


「そうか…二人ともじっくりと考えて欲しい。考え直す時間はたっぷりとあるのだからね」


「俺としてはもう自分の家に帰りたいんだが。リベアの奴が連絡しないから怒っているだろうし

あのくさいベッドで一眠りしたいんだ。此処はどうにも清潔すぎて肌にあわねぇ。それに怜を説得しようったって無駄だぜ

あいつは…多分俺以上に頭が固いし、何よりお前達のような人間を一番嫌っていそうだからな」


「最後に私個人からの忠告として言っておきましょう。

貴方は私と同じ匂いを感じます、自らの無力さを嘆きいずれ力を求めることになる…例えば、大切な誰かを失ったときや自分の憩いの場所を大きく汚された時にね」


ジルベルの仮面が一瞬だが剥がれたような気がした。初めてこの慇懃無礼な男の素顔が垣間見えたと思った


「典型的な負け惜しみみたいだな。みっともないよ」


「どのように受け止められても自由ですよ…ただしあなたは今日の失言を後悔することになる」


伶は無表情のまま無言で席を立つ。ディークの言葉を肯定しているわけではないらしいが、この滅茶苦茶になった食事会に対する興味が完全に失せてしまった事は分かった

2人が去った後にイディオは年相応に不安そうな顔を浮かべて傍らの男に問いかけた


「……ジルベル、僕はこれからどうすればいい?」


「ご安心を、やはり下賤の者には話が通じないと見ていいでしょう。それに元々は我等だけでコロニー郡に仕掛けるつもりだったのです

万単位の自律ロボットを戦闘用『ミーレス・ギア』に改造すれば負ける要素はありません。それにこの施設には過去の『大戦』で使用されたギガント・フレームのデータも眠っているのです。お父上の敵討ちは必ず成されます」


イディオは無言で退室するディークを見送った。その顔に笑顔はいまだに張り付いていたが表情は硬く仮面のようにぎこちない。

彼の傍らでジルベルがそっと主に耳打ちする。イディオは有能な部下の言葉を頭に入れるとすぐにいくつかの指令を出した。

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