1‐4 脅迫と人質


「…話は長くなったが、そんな事があったんだよ」


「へぇ、そいつはすごい作り話だな。お前さんが趣味で集めている新しいロストメディアでも発掘したのか?」


「いや、だから実際に見たんだって…」


「ダイキンの野朗がそんな事をする奴だっていうのはみんな知っているさ

しかしお前さんの言った…十五歳くらいのガキ。しかも初々しい女の子がそんなこと出来るわきゃねぇだろう?

だいぶ前に姿を消した凄腕の美人ハンターの噂は聞いた事がある。実際にお目にかかった事は無いんだが…」


あの後、ディークは自分の仕事場を訪れた顔なじみ数人にダイキンを助けた事を伏せて話したのだが

信じてくれる人間はほとんど居なかった。それはそうだろう、当のディーク本人ですら未だに彼女の存在を信じ切れてないのだから

それこそ言われたように彼が趣味で収集している大昔の記録映画並みに奇天烈な事件なのだ


「でもなサウロ。大昔の言葉に【事実は小説より奇なり】っていう言葉があるじゃねぇか」


「さぁな、僕は知らないね。でもそれ、今度女の子をナンパするときに使ってみるよ

それにしてもダイキンの野朗…逃げたんだって? いっそのこと死んでくれた方がよかったのになぁ…」


「まぁ、そう言ってやるな。コロニーのセブンズに対抗するには戦力は必要なんだ」


ディークの親友の一人、サウロは東洋人の血が入った整った顔に異性に好かれそうな爽やかな笑みを浮かべて言う

さらっとそんな事を言う友人に複雑な思いを受けながらも、彼はつい先日依頼量代わりに受け取った


(そういえば、あの子も東洋人みたいだったよな)


サウロより更に鼻がくっきりとして整った黒き少女の美しい横顔と氷のような眼差しを思い出しつつ

ディークは熱い紅茶の注がれたひび割れたカップを、口元に持ってきてゆっくりと傾け独特の渋みがある発酵茶を味わう

こういった飲み物はあまり口にはしない。友人が来たから来客用の高級品を振舞ったのだ

そして情報によると砂糖という白い粉を入れることで、より深い味が出る事を彼は知っていたがそんな高価なものは無かった

第一、泥の混じっていない綺麗な水が飲めるだけで上等なのだ。ディークも人に会う必要上身なりには金を使っている

大昔にはインターネットと言う巨大な情報網があったと聞いたのだが、無線や暗号で連絡を取る今としては想像が付かない

情報にラグが無くなり、端末を持てば誰でも閲覧が出来る…という事は自分みたいな情報屋の価値が低くなるということだ

コロニーではその技術が一部残され使われていると知っているが、詳しい事までは分かりっこない


セブンズが支配するコロニーとハンター評議会が管理・警備しているアウターは敵同士に当たる

表向きには対立しておらず、互いの領分を定め共存しているように見えるのだが。コロニープラントの支配者セブンズ達は

どういう事かコロニーの外にあるアウターも管理下に置きたいと考えているようで、しばしば干渉してくる

厚い外壁で外からの干渉を防ぐセブンズのコロニープラントにアウター側はなすすべも無い

更に向こうはアウターが飛行機またはそれに類するものを飛ばそうとすると、警告なしに軍用機を出して打ち落としてしまう

おかげで今でもアウターの物資補給線は危険な「シベリア・ライン」に依存しなくてはならない状況になっている

民間機が撃ち墜とされた件で大昔に一時期争いになりかけたのだが、どういう事かいつの間にか収まってしまった

アウターの食糧不足にセブンズが命じて穀物を届けさせる事により、帳消しにしたとディークは知っていたが

その事がアウターで公開されていない事も知っている。評議会が求心力を失う事を避けたからだ

政治的に納得できるが心情的には理解できそうにも無かったが、仕方の無い事には割り切りも必要だった


「なんか最近トラブルが増えているような気がするんだが、お前の周りで何かあったか?」


「さあね…相変わらず女の子達が可愛いって事だけは変わらないような気がするけど」


「ああ。そうかい…」


それに、最近はセブンズからの干渉が増えているような気がするのだ

ディークの情報網で感じる範囲内であるのだが、コロニー製軍用機の黒い影を見る割合も多くなった

更には関係ないかもしれないが、ここ最近アウターの僻地で変異種に遭い襲われるハンターが増加しているという

明らかに五年前とは世情が違う。何者かの作為を感じさせる連動した動きに見えなくもない

そして今にして現れた黒い外套を纏った少女―――ああいう人間はハンターに居ない

もしかするとコロニープラントに関連する謎を持っているのだろうか?


「それにしても、ハンターってのは難儀な仕事だねぇ」


「まぁ、やりがいは有るがな。この前やその前も何度か死にそうな目に遭ったけど」


「へへっ、そんな仕事辞めてよ。ギターでも持って一緒に酒場に行かないか?

お前さん、結構顔が良いし危険な仕事についてくるから割と人気あるんだぜ」


サウロの言葉にディークは謙遜した返事を返す


「別にいいよ…女にはこの前関わって痛い目を見たし、こんな仕事をしてたらいつくたばるか分からない

俺はしばらくひとりで良いのさ。仕事上のパートナーも恋人も今のところは要らない」


「そういったストイックな所が人気あるんだよなぁ…俺もハンター始めようかな? 今よりモテるかも…」


ディークはジト目で友人を見た。うんざりしている様に目が一文字を描いている


「近くの酒場で暴漢に絡まれそうになっているのを助けてやったのはどこの誰だっけ?」


「はい、ヨーロッパ一の情報屋ディーク・シルヴァー様です!」


何故か軍隊調に背筋を屹立させ、右手で敬礼の姿勢を取ってみせるサウロ

彼がこんな格好をしたのはこの前ディークと一緒に見たロストメディアの映像の影響だろう

題名は確か『ブレイザー軍曹。最後の激闘』だった気がする。大昔は軍隊と言う武装組織が有ったらしい

似たようなものをコロニープラントのセブンズは有していると聞く。アウターに攻め込むための準備なのだろうか?


(まぁ、ハンターギルドも戦える奴を集めれば軍隊と言えなくも無いが…ダイキンみたいな奴が居るのは勘弁だが)


「おい、ディーク。無視するなよ…」


少しがっかりした様子でサウロが話しかけてくるのに、空想に少し耽溺していたディークは一言言ってやる


「やめとけやめとけ。変異種のジャイアントグリズリーみたいなのがハンターにはゴロゴロ所属しているんだ

お前みたいなナヨナヨ男が入ったら、オカマ掘られるかもしれないぜ?」


「そ…それなら止めとくよ」


端正なサウロの顔が若干青ざめて凍りつくのを見てから、ディークは一呼吸溜息を吐いてから言う


「俺、後で届け物があるんだ。悪いがもう少し強いたら帰ってくれ」


「女か?コレなんだろ?コレ!」


小指を立てながらサウロがニヤついた顔で迫ってくるのを涼しげな顔でディークは流す

恋話に興味津々の彼の気持ちは分からなくも無いが、残念ながら今回の宛は外れている


「そうじゃねぇよ。俺の恩師に用があるんだ」







翌日、酒場にてマスターは紙袋を横に携えたディークを前にして髭をさすりながら言う


「ディーク。あの子はどうした? ちゃんと守ってやれたか」


「信じられねぇ事にマスター。あの女の子が全部解決したんだよ

悔しいが俺がダイキンの野朗に勝てるはずもねぇ…腕っ節には自信が無いんだ」


「そうか、只者ではないかもしれないと思っていたが…この前は済まなかった」


頭を下げて謝罪の意を表す、中年の元ハンターにディークは人懐っこい陽気な笑みを浮かべた

店のマスターが口出しできないのは仕方ない出来事だ。誰だって見ず知らずの他人を助ける動機なんて無いし

あのダイキン達には逆らわないほうが身の為ではある。強い者こそが法律、その図式はどこでも変わらないのだから


「別にいいって。俺が余計な事をしたから火の粉が降りかかってきただけだよ

それに俺が何かしなくてもあいつならきっと一人でやってきた筈だ。何だって強いからな」


ただ、口を出してダイキンを追っ払ったのはディーク自身がそうしたかったからだ

実際はああだったが、年端もいかない女の子に大男たちが群がって何かしようというのを見過ごす事が我慢出来なかっただけである

正直に言うとディークのお節介による自爆だったのであった


「そうか、あまり言いたくないんだが。その子の事、お前は知らないんだな?」


「何が言いたいんです? マスター」


「俺達アウターに属する人間がコロニーと対立状態にあることは知っているだろう?」


「ああ、俺が生まれたときから世界は真っ二つに分かれて居たんだよな? 人間同士が争っても、何もならないのに…」


かつて起きた【大戦】で宇宙にまで進出しており、月にも住居を構えるようになった人類はそれでもなお争いを止められなかった

宇宙開発の為に注がれた資金と人員リソース、そして資源は新たなる格差を生み大国とそれ以外の国の力の差を圧倒的にした

誰かが富めば誰かが貧める。少しの歪みが大きな時代の嵐となっていくように、醸成された憎悪は世界中を覆い尽くし

人々にまた武器を取らせた。何年もの間に地球のあらゆる地域で紛争状態が続き、宇宙に進出していたかつての同胞は

争いを止めない人類に愛想を尽かして、いくつかの警告と技術を残し、外宇宙の新天地へと旅立っていった

彼らが居なくなって数十年後に、突然地球に異変が起きたあらゆる場所が汚染され人間の体は道の毒素に侵されたのだ

一部の人間は宇宙開発の技術を使い【コロニー】を建造。裕福層たちはそこに逃げ込み最後の楽園に閉じこもった


しかし、取り残された者達はそうもいかなかった。全ての人間がコロニーに入れるわけが無い

そして残された者達は汚染された大地、アウターに居残り毒を体に飼いながらも行き続けている

そのせいか、アウターに住む人間は大概長生きできない。平均は六十、長くても七十歳あたりで死んでしまうのである

科学全盛期だった昔の一部の国にいたっては、寿命が百五十歳を超える事も珍しくなかった事を省みれば大幅な退化であるだろう

その事を考えるとコロニーに住みたがる人間の気持ちも分からないでもない

全てに絶望してやけくそになっている人間も存在する、サウロの享楽的な生き方もある意味では正しいのかもしれない

正常な環境に、汚染されていない作物、充実した医療設備…だが、セブンズはそんな人間の気持ちも利用するのだ


「残念ならば三人居れば派閥が出来て争っちまうのが人間なのさ」


「…人間って言うのは永遠に分かり合えないんだろうか?」


「それはお前さんがよく知っている事だろう。俺のしみったれた価値観で言わせてもらうならば

人間の約半分以上は自分の事ばかりしか考えないクズばかりさ。コロニー居住権の為に世話になった組織に唾を吐いたり

金の為に子供や妻を売り、名声や手柄が欲しい為に仲間を裏切る…ダイキンみたいな奴は腐るほど居るもんさ。そこが嫌になってな

俺も女房と会っていなければどうなっていた事だか想像がつかねぇ。何しろ生きる事で精一杯だったからな…」


「人間は…あいつらみたいな奴ばかりじゃねぇと思う。それとこれ」


「ほう、何なんだ?」


「プレゼントさ。赤ん坊が生まれたときに使ってやってくれ、どうやら泣き止む奴らしい」


マスターは包みをしまいこんで置くに引っ込み暫くするとディークの前に湯気を立てるコップを出してきた

その中には白い液体が表面に薄い膜を張って居るのが見える。その飲み物を彼は知っている


「ほいよ、俺の驕りだ」


「おい…これって……原生種のミルクじゃねぇか! どこでそんな高級品…」


原生種の乳牛のミルクなんてそれこそかなりの貴重品だ。うまくいけばそれだけでそれなりの富が築けるのだ。

そう地球に突如発生した『大異変』によって嘗ての動物たちは凶暴化し『変異種』と化してしまったのだ。

その影響を受けずに異変以前の状態を保った生き物は原生種と言われたが個体数が減って貴重であった。

それこそ原生種はコロニーの人間からしても貴重であり、保護と称して持ち主から摂取することもあった。

原生種も世代を重ねれば変異種になったり、変異種の餌として食われたり、ターロンを始めとする非合法組織

が乱獲して裏で売りさばくからだ。一応原生種を保護する法律はアウターには合ったがそれこそ政府の

力が及ばぬ場所では大した効力が期待できなかった。


「知り合いが研究で密かに原生種の牛を育てていてな。今朝届けてもらったのさ

意外と量が多かった。できればリンクスの為に取って置きたかったが残念な事に液体のままでは保存が効かないらしい

コロニーの連中はこんなのを毎日飲んでいるのかねぇ?まったく羨ましい話だ」


「いいのか?本当に…」


「うるせぇ、さっさと飲めよ。冷めちまうだろうが」


「わかった。すまないな…おやっさん」


一口飲むと、水なんかとは違う独特の味わいとほんのりした甘さが口の中に広がってきた

酒なんかよりもよっぽど美味い。何でこの味をもっと早くに知っておかなかったのかと後悔する程度に

思わず一気に飲んでしまう。まるで酒を呷る様に甘美なひと時はわずかな口残りを後に終わりを告げた


「美味いな、これ」


「ああ、本当は砂糖を入れるともっと美味しいんだがな。あいにくと今は無いんだ」


「いや、こんなに美味しいのは初めてだ。ありがとう」


「本当はあの子にも分けてやりたかったんだが…居ないんじゃしょうがないよな」


寂しそうに笑うマスターにディークも苦笑を返す。その顔には若干の自嘲が含まれていた

あの少女の正体は全くと言っていいほど掴めなかった。あそこまで整った美貌と黒い外套なら目立っても仕方ないだろうに

本当に荒れた砂漠に現れた幻のようだ。それとも過去に何か未練があって現世に呼び戻った幽霊なのだろうか?

どちらにしてもまた会うかは分からない。しかしディークは何か予感していたのかもしれない

あの黒い少女と再開する時はそう遠い時ではないように思えたのも



『クク…おい、旨そうじゃねぇか。俺にも寄越せよ、そいつをよぉ!!』



突然、家屋の屋根に大穴が開き大音量の声が二人の鼓膜に直接響いた

店にはマスターとディークしか居ない。二人が灰色の空に通じた穴を見たとき目に映ったのは

体調四メートルほどもありそうな鋼鉄の巨人。一瞬、変異種で最も凶暴と知られるジャイアントグリズリーかと見間違うような

巨大な体格はまるで建物のように見るものを威圧させる圧倒的質量の誇る存在感が在る。無知な者が見れば人型の変異種だと勘違いするだろう

しかし、そんなはずは無い。赤いセンサーアイを光らせて人間の言葉を話す変異種なんてディークの知る限り存在し得ない


「戦闘用のエクステンダー…それにその声は!」


声を聴いた瞬間から予感はしていた。そしてあの少女の言った言葉が胸に突き刺さってくる


『そう、俺様だよ。お前に恥をかかされた豪腕のダイキンさ、ディークよ…クククッ、クァーハッハッハ!!』


砂色迷彩の塗装が施されたダイキンの声で喋る巨人は、スピーカーに乗せた下品な笑い声を店内に響かせるのだった



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