第14話:闇夜を駆る荒鷲

「――、危ないな。いきなりそんな物騒なもん振り下ろすなんて、どうかしてるぞ?」



 けたたましい金打音と火花をわっと激しく散らせて、景信は闇夜の襲撃者を見据えた。

 振り返り様の抜刀によって、奇襲が失敗したその襲撃者もこの事態は予測できなかったらしい。

 群青色のローブが全身を隠すその中で、唯一露出した目が驚愕から大きく見開く。

 

 景信はこの襲撃者……もとい、大陸の忍――アサシンだと想定した。

 仮にもここは【オルトリンデ城】。防衛については堅牢であるし、警備についても厳重というイメージを初日から感じている。

 その警備を掻い潜り侵入したのであれば、目の前の敵手をアサシンと疑うのは至極当然といえよう。

 もっとも、この仮説が間違っているとはすぐに思い知らされたが……。



「アサシンじゃないのか?」



 ふと、窓から吹き込む夜風にアサシンのローブがふわりとなびいた。

 その下に隠されていたのは、あまりにも軽装だった。

 防具が必要最低限に留めているのは機動性を重視してか……だとしてもそのデザインがほぼ下着となんら変わらないのは、異性である景信の目から見てもどうかと疑った。

 アサシンというよりかは、力の戦士と怖れられる蛮族バーバリアンの方がイメージ的には近しい。すらりと細いのにしっかりと筋肉がついている腹部なんかが特に景信にそう思わせる。

 そしてこの防具をデザインした輩も、それを羞恥心を感じる素振りもなく堂々と着こなすこのアサシンについても大陸の女性は、やはりというか大胆な者が多い……景信はしみじみとそう感じた。


 それはさておき。



「お前は誰だ? どうして俺なんかを狙うんだ?」



 肝心の目的について景信は女アサシンに尋ねる。

 自分が狙われる理由について皆目見当もつかない、とは言わない。

 女アサシンがそうであると仮定した上でなら、この仮説はたちまち有力となる。

 3年前の内乱……バンディッシュ側についたその残党であったならば、なるほど確かに復讐の矛先を向ける理由にはなる。

 今でこそ暴虐の反逆者と忌み嫌われているバンディッシュであるが、あの男に惹かれて集った者は決して少なくはない。その首を刎ねた男が目の前にいたのなら、バンディッシュを慕っていた者にすれば怨敵に違いあるまい。

 だからとこの首を易々とやらせるほど千珠院景信せんじゅいんかげのぶという男は甘くはない。



「俺を狙ってきたのは復讐か?」



 女アサシンは応えない。

 代わりに右手に携えられたメイスが応えた。

 ぶんと豪快に打ち落とされる一撃を景信は打刀で迎撃する。


 女人とは思えぬほどの剛力はグズタフに勝るとも劣らず。

 鎧を着用していても、直撃すればひとたまりもなかろう。それが生身であれば尚更のこと。

 グズタフやラニアと比較するとさすがに負けを認めるが、それでも力にはそれなりに自信のある景信も女アサシンの圧倒的なパワーの前には怖れた。

 


「――――」



 4合目を打ち終えてすぐ、景信は胸中に渦巻く違和感に確信を持った。

 何故かこの女アサシンとはじめて打ち合ったような、そんな気がまるでしない。

 つまり女アサシンは知人のだれかということになるのだが……はて、景信が小首をひねる。

 いくら記憶をさかのぼってみるも、メイスを得意としてこんなにも大胆な格好をした仲間が記憶に存在しない。

 自分の気のせいなのかもしれない……ただ、打ち合うほどにやっぱり違うと思える自分もいた。

 とうとう10合目の打ち合いになろうとした、その直前――



「だぁぁぁぁぁー!! いい加減気が付けってのこの朴念仁!」

「え?」

「アタイだよアタイ! まさか忘れたってわけじゃないだろうね!」



 女アサシンがローブを乱暴に脱ぎ捨てる。

 その正体を見て、ようやく違和感の正体を理解した。

 ただ不思議なのは、3年前と現在のリリティは随分と異なっている点が多い。

 板金鎧プレートメイルと両手に斧を携えて戦場に出るのがこの女性――通称、紅き荒鷲のリリティだった。景信の記憶にあるのも、このリリティである。

 現在はどうだろう――鎧姿からかなり際どくて破廉恥な衣装を見事に着こなし、鈍器と小さなラウンドシールドで武装している姿は、どこからどう見てもバーバリアンだ。姉御肌で凛々しく整った容姿などを除けば、かつての面影はどこにもない。



「リリティ久しぶりだなぁ」

「はん! ようやく思い出したのかい。まったく、アンタの朴念仁っぷりは3年前の時となんにも変わってないみたいだね景信。だけど、安心したよ」

「それよりもお前、アサシンまがいなことをして何やってるんだ? いくらあの内乱で一緒に戦った仲間だっていっても不法侵入に暗殺未遂……重罪だぞ?」



 付け加えるなら、フレインがリリティに恩赦を与えるとは到底思えない。

 リリティとの再会によってもう1つ、景信の脳裏に記憶がよぎる。

 というのもフレインとリリティ、この2人は事ある如くよく衝突していた。

 作戦で放心の食い違いがあるのならまだマシな方。

 よりくだらないものとなると、やれどちらが多く食べられるか、先に寝れるかなどなど……今思い返しても、何故こうもくだらない内容で争えるのかが未だに謎であるし、その度に周囲が巻き添えを喰らうのを景信は毎度ながら不憫に思えてならなかった。


 リリティの今回の所業は確実にフレインの逆鱗に触れる。

 不法侵入だけだったならば、もしかすると軽い折檻ぐらいで済んだやもしれぬが、夫とする景信にあろうことか攻撃をした、その事実がある以上処罰は免れない。

 最悪死刑、だなんて可能性も十分にありうる。何故ならフレイン達だから。



「仕方ないだろう。あの女王様、このアタイが最初に唾つけたってのに独占しようとするんだからね」

「え?」

「……ハァ。ほんっとうにアンタって男はさぁ。いくらなんでも鈍感すぎやしないか? 要するにだね、このアタイもあの時からずっとアンタに惚れてたんだよ!」

「……え!?」

「驚きかい? まぁそれも無理もないか。なにせあの時のアタイは男なんて弱っちい奴らばっかりだって言って、見下してたからねぇ」



 リリティの言うとおり、当時から景信は彼女に対して、この女は男が嫌いな性格のようだ、と分析するぐらい男性に対しての辺りが強かった。

 罵るのは当たり前、気に喰わないと喧嘩を売られれば損得勘定一切関係なしに買ってそのまま相手をボコボコにする。


 当然ながらそんな彼女にナンパしよう、なんて自殺行為に等しい真似をする輩は誰もいなかった。

 景信もむろん、当時はリリティと関りを持とうという気は更々なかった。

 所詮は義勇兵であるし、事が済めば散り散りになるのが運命。ましてや自分から心に傷を負いにいくような、歪んだ性的嗜好せいてきしこうは持ち合わせてはいない。

 せめて厄介事に巻き込まないでくれ……景信のこの切なる願いは無情にも裏切られる。



「アンタだけだったよ。このアタイが生まれてはじめて男に惚れたってのはさ」

「いや、俺お前に惚れられるだけのことしたか?」

「……アンタさぁ、その朴念仁っぷりはもう一回医者に罹った方がいんじゃないかい?」

「そこまでいうか!?」

「逆にアレを無意識にやったってのかい! こっちはアンタに色んな場面で助けられてたし、誰もが避ける中でアンタだけがアタイに声をかけてくれた……」

「いや、それはお前が――」



 最初の切っ掛けだけはよく憶えている。

 亜人達に占拠された廃村を奪還する任務で、景信が配置された。

 この時にリリティも配属されていて、彼女は敵の罠によって負傷してしまう。

 仮にも仲間であるのだ、見捨てるのは気が引けた景信は彼女を救助した――それ以降より、リルティからよく話し掛けられるようになった。

 3年経った今でも、こちらから彼女に声を掛けたことは一度もないのははっきりと憶えている。


 声をかけられたから応えた――景信としては、この行為に好きも嫌いもない。

 無視するわけにもいかないので返事していただけ。誰でもやる行為に本気で惚れたのなら、リリティの見た目によらない純粋さに景信は不安を抱く。

 いつか悪い男に騙されて手痛い目に遭うかもしれない……。



「アタイは決めたんだ、内乱が終わったらアンタをアタイの『荒鷲の一座』に入れて一緒に義賊をするんだってね!」

「勝手に決めないでほしいんだけどな。後お前、え? 義賊だったのか?」

「誰にも言ってなかったからね。あの時義勇兵として参加したのも、単にいい資金が手に入るからと思ったからさ」

「そこは盗むとかしなかったんだな」

「アタイは義賊だからね。単なる盗人と一緒にされちゃ困るよ」



 盗んでいる時点で充分に犯罪であるのだけれど……本人を前にいうのは野暮というもの。景信は心の中だけに留める。



「しかし、一座なんていうぐらいだからそれなりに人員がいるんだろう? よく集まったな」

「まぁ一座なんていうけどメンバーはアンタとアタイの二人だけさ」

「……それは一座じゃないだろ。というか俺を含むのやめてもらっていいか? 俺の本業は鍛冶師、刀を打つことだからな?」

「そんなのアタイの知ったこっちゃないよ! とにかくアタイはもうアンタを連れていくって決めたんだ! あのクソ生意気な王様なんかに渡す前にアタイが連れていくからね!」

「理不尽すぎるだろ俺の扱い!」

「たまたま街で聞いちまったんだよ! アンタがあの女共と結婚するってね!」

「あれはフレインらが勝手に触れ回っていることで、まだ婚約すらしてないぞ!?」

「んなことはどうだっていいのさ! アタイが気に喰わないのは、あの女共がアンタを奪おうとしていることそのものなんだよ――さぁ景信! アンタもアタイのものになる覚悟をしな!」



 ジリジリと間合いを徐々に詰めるリリティに、景信も再び打刀を構える。

 その時、城内にけたたましい鐘の音が鳴り響いた。

 途端にドタバタと城内が慌ただしくなる。



「あ~、久しぶりに逢えたからつい長話しちゃったのが原因だねこりゃ。捕まる前にアタイは逃げさせてもらうよ」

「あ、おい!」

「ただ景信! これだけは憶えておきな――紅き荒鷲のリリティは、狙った獲物は例え何年かかろうとも絶対に諦めない。アンタは必ずアタイだけのものにしてやる」

「リリティ……!」

「そんであのクソ女王様に見せつけてやるのさ! 悔しがる顔が今から楽しみで仕方ないね!」

「いやそれもう単純に私怨だろ!」



 窓から華麗に逃げていくリリティに景信はそう言わざるを得なかった。

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