第13話:女王様ご乱心!!!


 生まれてはじめて足を踏み入れる女人の部屋は、さすが国王というべきだろう。

 この部屋を飾る内装は、豪勢以外に言葉が思いつかない。

 そしてその部屋の主たるフレインは極めて美しい女性だ。昼間に見た甲冑姿ではない、大人の女性としての艶めかしさがこれでもかとふんだんにかもし出されている。

 おまけに、酒が入ったせいか。酒気を帯びてほんのりと頬を赤らめる姿に、景信はすっかり見惚れていた。

 


「どうかしたのか? 景信よ」

「い、いやなんでもない」



 女性を前に緊張して落ち着かない、などと言えるはずもなし。

 女をまるで知らない童じゃあるまいし……年甲斐もなく、ドキドキすることを景信は恥じた。

 酒によって睡魔を促すはずが、これでは本末転倒ではないか……これまで一人酒を主としていた自分に、女人と飲んだ経験などあるわけもなく。

 こんな日が訪れるのなら、もう少し遊んでおけばよかったと今更ながらに景信は後悔した。



「……本当に、きれいだよな」

「え?」

「あ、いや……なんでもない」

「ふふっ、きれいと言われて喜ばない女性はおらんぞ」

「聞こえてるなら聞くなよな……」



 グラスを満たす酒をグッと喉の奥へと流し込む。

 米を原材料とする葦原國あしはらのくにとは異なり、大陸の酒は果実を主とする。

 そのため果汁の甘さが強くて、いくらでも飲めてしまうのがこの酒の恐ろしいところだ。



「いい飲みっぷりだな景信。ほら、グラスが空いているぞ」

「いや、俺はもうそろそろいいかな……さすがに飲みすぎた」

「何を言う。まだたったの4杯ではないか。内乱を集結させた後だって景信は祝宴に参加もせず颯爽さっそうと帰国したであろう? 今日は何がなんでもずっと付き合ってもらうぞ――ほらっ」

「いやいや、本当に遠慮しておく……」

「……さま――」

「へ?」

「貴様ァ……この我の酒が飲めぬと申すか!?」



 それは一瞬の出来事だった。

 いったい何が起きたのか……フレインの突然すぎる豹変っぷりに、景信は地面に伏したまま目をぱちくりとする。

 結果的にいうと、景信はフレインに押し倒された。

 魔法による強化なしに純粋な筋力に押し負けたのもさることながら、起こりがまったく見えなかった。

 未だ驚愕から脱しきれない景信はフレインの方を見やる。



「ふふっ……景信ぅ~、貴様ももっと飲まんか~」

「フ、フレイン? お前そんなに酒癖悪かったのか!?」

「何を言う! 我は酔っておらぬ……酔っておらぬぞ~! もっと酒もってこ~いてやんでぃ、ちくしょうめいってんだ!」

「いやそれもう完全に酔ってる人間がいう台詞だぞ!」



 馬乗りになったまま酒瓶に直に口をつけて豪快に酒を飲む姿は、国王として不相応極まりない。これでは単なる酒飲みではないか……とろんとした表情かおで時折しゃっくりを交えつつ見下ろすフレインに、景信は生唾を飲み込む。

 その時――



「――、あ! やっぱり!」



 急に廊下がドタドタと騒がしいかと思いきや、荒々しく開放された扉からぞろぞろとクアルド達が入り込んできた。

 そしてこの現状を見るや否や、一斉にフレインに掴みかかる。



「フレイン様! 酒癖が悪いからあれだけ1人で飲んじゃ駄目って私達いつも口を酸っぱくして言ってるじゃないですか!」

「そうですよ! 前もアタシ達が必死に止めなかったら、あちこち修理するの大変だったの忘れたンですか!?」

「え? フレインの奴、そんなにひどいのか……」



 クアルドとキャロに取り押さえられ、尚も酒を飲まんと暴れるフレインに景信は心底呆れた。



「酒倉からここ最近、酒が減っているという報告を受けていたからまさかとは思っていましたが……フレイン様が酒を盗んでいたなんて家臣達に示しがつきません。申し訳ありませんがすべて没収させていただきます」

「にゃにを~! 貴様ら~国王に歯向かうのか~!」

「はいはい! とりあえず酔いを醒ましにいきますよ! 景信さんに迷惑をこれ以上かけないでください!」

「にゅお~は~な~せ~!」



 夜遅いのだからあまり騒いでは他の迷惑になる。

 ずるずると3人に外へと引きずられていくフレインを見送り、1人ぽつんと残された景信はため息交じりにフレインの部屋を後にする。


 酔いこそ不完全ではあるものの、代わりにドッと蓄積された疲労がいい塩梅に睡魔をもたらした。

 大きな欠伸をこぼして――遠くから「我はまだまだ飲めるぞ~!」と一瞬野良犬の遠吠えかと思いきや、奇声に近しいフレインの叫び声を背に景信は客室まで続く廊下を歩いた。



「あ~……どうしようかな、これ確実に眠れないぞ」



 眠気もすっかりと鳴りを潜めて、欠伸すらも出ないこの状況に景信は深い溜息を吐いた。

 その時、背後で人の気配を感じた。

 クアルド達ではない、彼女達はフレインの介抱についている。

 はじめて感じるその気の持ち主に景信は首だけを振り返らせると、窓から差し込む月光に照らされたトゲ付き鉄球が無慈悲にも打ち落とされた。

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