第8話:ツンデレ娘からのお誘い

 炎による熱気に包まれたその一室にて、景信は無心に鉄槌を打ち落とす。

 千珠院景信の本業は鍛冶師だ。

 ここ、オルトリンデ城の工房にて景信はその技能を惜しみなく発揮する。


 赤々と熱を帯びた鉄塊を叩けば火花が激しくわっと飛び散り、その音の小気味よさに思わず口角が釣り上がる。

 つくづく、自分は刀を打つのが好きな人間であるようだ……今更ながらそのことを改めて自覚して、景信は鉄を打つ。



「如何でしょうか景信様」

「ラニア。ここは熱いからわざわざこなくても」

「いえ、景信様がわたくしのためにこうして打ってくださっているのに、わたくしだけが涼しい場所にいるなどできません」

「そ、そうか? まぁ俺としては邪魔しなかったらそれでいいんだが……」



 本音を語るなら、例え他国であろうとあまり工房には入ってほしくない。

 弟子ならばその技能を|会得ぬすまさせるために傍に置いたりするが、景信の場合は単純に己の技能が他者に渡ることを酷く嫌った。

 自分の鍛冶は、自分のだけの鍛冶ものだ……背中に刺さるラニアの視線を無視して、再び作業に戻る。

 彼女も気を使ってだろう、特に話し掛けることもなく沈黙をもって静かに眺めていた。


 しばらくして――



「――、よしっ」



 我ながら、なかなかの物へと仕上がった。

 フネで急冷し、しっとりと濡れた刀身はさながら月の如し。

 切先から根本へ向かって凡そ三寸(およそ9cm)、大陸で主流である両刃剣の特色を生かした打刀――鋒両刃造きっさきもろはづくり

 ラズルシェガル――蒼き絶氷の騎士姫ラニアの愛刀が本来の姿を取り戻した。


 当初の刃毀はこぼれはもうどこにもなく、綺麗な弧を描く刀身は惚れ惚れするほど大変美しい。

 玉鋼ならばこうも美しい仕上がりにはならない……オリハルコンの刃に映った、にこりと笑う己を景信は自嘲気味に鼻で一笑に伏す。


 後ろで静観していたラニアも「なんて美しい……」と感嘆の声をもらしていた。

 本人からも絶賛の声をもらったところで、景信は最後の仕上げへと入る。



「――、ほらよ。これでお前のラズルシェガルは元通りだぜラニア」

「あ、ありがとうございます景信様! あぁ、よかった……私の愛剣……景信様との愛の結晶……」

「おいその言い方は誤解を生むから絶対に他所で言わないでくれよ?」

「景信様! 早速試し斬りをしてまいります!」

「お、おぉ。周りには十分に気をつけてな」



 ルンルンという擬音が今にも聞こえてきそうなぐらい、嬉々とした表情かおで工房から出ていくラニア。

 まるで童のような喜びようを見せられては、景信としても悪い気はしない。

 彼女が立ち去ってすぐのこと。これまでずっと傍観に徹していたひぐまのような大男がその口を開いた。



「さすがは葦原國あしはらのくに一の刀匠……いつ見ても惚れ惚れする輝きだ」

「いやいや、私なんかが国一番だなんて言ったら、他の名匠の方々に殺されてしまいますよ」

「謙遜すぎるのは嫌味に聞こえるぞ?」

「私は事実を申したまでですよ、ゴードンさん」



 フレインの愛剣――ブラムヴェルマを打った鍛冶師でもあるゴードンの方がずっとすごい。

 鍛冶師としての経歴ならば景信よりもずっと上であるし、数多くの名剣を彼は世に放っている。

 その腕前を買われて小さな村の鍛冶師から、国王に仕えるまでに至ったのは紛れもなくゴードンの実力だ。

 

 一方で自分はどうだろう、と問うてみればいやはやまだまだ未熟にも程がある。

 鍛冶師としての経歴が浅いのはともかくとして、まともに売れた刀は数えられる程度。

 おまけに、“千珠院の刀はすべて妖刀で災いを仕手にもたらす”――などという、はた迷惑極まりない吹聴までされる始末。



「妖刀……か」



 あながち、間違いでもないから景信も完全には否定できなかった。

 だが、自分に非は一切ない。刀に認められない仕手の方が悪い。


 刀とは万物を斬れてこそその真価を発揮する。景信が追い求めるは究極の一振り――神仏しんぶつ悪鬼羅刹あっきらせつ魑魅魍魎ちみもうりょう……あらゆる敵を斬る、そんな刀だ。

 そしてそれに相応しい仕手を景信は今か、今かと待ち望んでいる。

 鍛冶師でありながら自身が剣を振るうなど、本来あってはならないのだから。

 


「お前はそういうが、あのラニア様は大層貴様の剣をお気に召しておられるのは紛れもない事実だ。長年この城で鍛冶師をさせてもらっているが、お前の打ったあの剣だけは頑なに拒まれたぞ」

「それは本人から聞きました。私としては、ゴードンさんにお任せしても大丈夫とは思うんですけどね……」

「景信がこうしてくるまでの間、オレがラニア様の得物を何本か打ったが……すべて数日ともたずして使い物にならなくなったぞ」



 ゴードンが視線を向けた先、樽の中へ乱雑に入れられた柄を試しに1本ひょいと抜いてみやれば、ボロボロの刀身が露わとなる。

 どんな使い方をすれば、はてこんなにも破損するのか……常人ならば、よっぽど酷使しない限りここまで酷い状態にはならない。つくづくラニアの恐ろしさに景信は戦慄する。



「お前のあの剣が破損したのは、つい最近ラニア様が討伐されたリッチとの戦いでだ。血と死を司る魔法に特化した最上級のモンスターが相手だったのだから、無理もなかろう。しかしそれまでは刃毀れすらしていなかったのだから、やはり景信……お前の打つ刀は至高の領域にあるとオレは思うぞ」

「……そう言っていただけると嬉しいです。ありがとうございますゴードンさん」

「――、こんなところにいた! って相変わらず熱いわねここ……」

「キャロ様」



 パタパタと手を仰いで自分に風を送るキャロ。

 彼女の手には、愛槍のドラゴン殺しが携えられている。

 キャロも手入れか何かだろうか、しかしそれにしては随分とはきれいだが……景信が訝し気に見やるキャロのドラゴン殺しは、十文字槍の形状を取り入れていた景信の作品だ。

 


「キャロ様、今日はどのようなご用件で?」

「アタシも景信に武器の手入れをしにもらいにきたのよ」

「え? 手入れ?」

「何よ。別に問題ないでしょ?」

「いや問題がないっていうか……」



 問題は確かにない。

 だがドラゴン殺しにも、やはりどの角度から注意深く視ても問題はない。

 簡易的な手入れぐらいならキャロ自身も心得ているだろうし、わざわざ自分に直接頼まなくてもよいのでは……景信が沈思していると、唐突にキャロが喚き出す。



「な、なによいいじゃない! ラニアには一緒にその、デートまで行ったのにアタシはダメだっていうの!?」

逢引デートって言っていいのかあれは……」

「とにかく! アタシにもちゃんと付き合ってもらうンだから! フレイン様が正室なのは当然だけど、側室のアタシ達もえこひいきなく平等に愛さないと承知しないわよ!」

「え~……」



 何故かもう夫婦となっている事態に驚きを隠せない。

 結婚はおろか、男女としてのまともな逢引デートすらしていないのに夫婦とはこれ如何に。

 後ゴードンのニヤつく顔が妙に腹立たしい。

 今すぐその顔を殴ってやりたい……気が付かぬ握っていた拳をそっと解いて、ほぼ同時。景信の手はキャロの両手にがっしりと掴まれる。



「ほらっ! さっさと行くわよ!」

「行くって、どこに?」

「決まってるでしょ! 今から城下町の警邏にいくから景信も付き合うの!」

「俺もかよ――わかったわかった、わかったから手をそんなに引っ張らないでくれって」



 面倒くさいのは否めず、しかしこうなったキャロはもう止まらない。

 自分がこうすると決めたら、是が非でも遂行する。

 それがこの娘の良いところで、悪いところでもあるが……そろそろ一息入れても、罰は当たるまい。

 ぐいぐいを手を引っ張られながら景信はキャロと共に工房を後にした。

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