第7話:まずい料理も愛情が籠っていればおいしいよね!(白目)
食事において重要なのは味である……確かに、この事実について景信は否定しない。
冷たいものよりも温かい方がいいし、食べるのならまずいものよりも美味い方がいい。
そこに加えるとすれば、それはやはり見た目と匂いだろう。
視覚と嗅覚も満たしてこそ、料理ははじめて真価を発揮する――これが景信の持論であり、では食卓に並ぶそれがそうであるかと言われれば、景信は言葉を濁すしかなかった。
「――、さぁ景信。我が手料理を存分に味わってほしい!」
「はいはーい! 私も頑張って作りましたー!」
「ふふっ、アタシだって負けてないンだからね!」
「景信様……お口に合うとよろしいのですが……」
「…………」
フレイン達は自分のためを想って作ってくれた。
誰かを想い手掛けられたものは料理であろうと、なんであろうと温かみがある。
故に彼女らの気持ちは大変ありがたい。ありがたいのだが、如何せん強烈な刺激臭と目に大変よろしくない色合いがすべてを台無しにしてくれた。
何をどうすればこうなるのやら……生粋の料理人と比較すると、その差が雲泥の差であると景信自身が理解している。
そう理解した上でも、自分の方がもっとマシなものを作れると断言できるほど、用意された料理はあまりにも規格外だった。
「これは……なんというか、その」
「自画自賛であるのは否めないが、我の料理の腕前もなかなかなものだろう?」
「うん、まぁその……色んな意味ではな」
「私だって苦手ですけど、この日のために頑張って練習したんですよ景信さん!」
「アタシだって、そりゃ料理長には遠く及ばないけど、でも自信作よ!」
「景信様……」
「あははっ、あ、ありがとうなみんな――あ~……」
ちらりともう一度、景信は料理の方を横目にやった。
炭の塊かと思わず見紛うほど、真っ黒に焼かれすぎた何か。
紫という独創的な色合いにして、ゴポゴポと粟立つ汁物的な何か。
極めつけは、景信が
これは果たして食べても本当に大丈夫なのだろうか……景信のこの疑問に答えるかの如く、生存本能がさっきからずっと激しく警鐘を鳴らしていた。
つまりは食べない方がいい。
他者からの助言ではなく、他でもない己自身からの警告だ。
どうして無碍に扱えよう――冷酷な性格であれば、どれほど気が楽だったか……今も期待に満ちた目で見守っているフレイン達に、景信はその胸中にて深い溜息をもらす。
出来栄えがどうであれ、フレイン達が心を込めて作ったのは紛れもない事実だ。
その想いを踏みにじるなど、自分にはできない。
景信は自らの両方をパンパンッと強く叩いた。
じんわりと帯びる熱と痛みが気合と変わり、覚悟を決めさせる。
こうなればヤケくそだ……景信は早速、目の前の料理らしき物に箸をつけた。
「――、ぬぐぅっ!?」
口にした瞬間、強烈な辛みが口腔内を襲う。
辛いを通り越してとにもかくにも痛みしかやってこない。
「どうだ? 我が作ったドラゴンのステーキだ。ただの焼き物だと侮ることなかれ。匂い消しには厳選して調合した香辛料をふんだんに使い、焼き加減にも充分考慮している!」
自信満々に語り「まぁ、少し焼きすぎた気がしないでもないが……」と補足を入れたフレインに景信は無言で異を唱える――これのどこか少しなのか、と。
それはさておき。
火で焙られたかのような激痛からただちに冷却せよと本能が悲鳴をあげる。
それに従った景信の手は当然ながら、あの粟立つ紫色の汁物を取った。
ずずっと啜り、途端に吐き出しそうになるのを景信は必死に堪える。
「――、ふんぬゥ!」
辛みは確かに口腔内からきれいさっぱり除去された。
激痛を訴えるほどの辛みを打ち消すほどの酸味が今度は踊り狂う。
唾液が自然と大量に分泌されて、滴るのを必死に景信は抑える。
「えへへ、どう?」
「こ、こりょは……?」
「私とキャロとの合作です景信さん!」
「名付けて! 愛情たっぷりチキンスープよ! ポイントは具材が溶けてスープに馴染むまでとにかく煮込み続けていることね。今回は時間が惜しかったから魔法とか使ってるけど……でも味は大丈夫でしょ!」
「……ふぉ、ふぉだな」
とてもじゃないが飲めたものじゃない……思わずそう口走りそうになって、景信は理性で喉の奥へと押し込んだ。
辛み、酸味と続いて最後の白米という名の毒々しい赤いご飯を見やる。
「景信様、お米の炊き方というのは剣術のように繊細で難しいものであると、実際に触れたことではじめてわかりました」
「あ~……うん」
「だから、その……うまく炊けているか自信はありませんが、召し上がってください」
「あ、あぁ……ありがたくいただくよラニア」
もうどうとでもなれ……景信は諦めの
「……ッ!」
辛み、酸味の後で食したことが幸となったのか。それとも偶然による産物か。
白米本来の味はまず皆無である。その代わりにとてつもなく甘い。
果汁を連想させる甘さははっきり言って不相応極まりなく、だが先の食事を見事に中和したのだ。
「お、お口に合いますでしょうか? 本来米は水で炊くものと聞きましたが、それではおいしくないと思いメローナの果汁をたっぷりと使いました。後は御砂糖や蜜などで味付けも少々」
「あ~どおりで……」
ラニアが超がつくぐらいの甘党なのを、この場になって景信は思い出す。
食事であろうと甘味であろうと、甘くするのがこのラニアの流儀。
内乱時でスープから追い砂糖をした際に驚いたのは、今となってはよい思い出だ。
「でも……!」
こんな奇跡が起きるなんて……ともあれ、これならば食べられる。景信は一気に口の中へとかき込む。
決して単品ずつ食べない。
すべてを一緒にして口に運ぶことで中和させる。
こうすることで食卓にあった料理はすべて空となった。
フレイン達を見やれば、嬉々とした顔を一様に浮かべている。これには景信もほっと安堵から胸を撫で下ろした。
「ど、どうだ景信よ……!?」
「――、……ど」
「ど?」
「独創的な味だった、かなぁ……うん」
単品だととてもまずくて喰えたもんじゃない……景信は本音を暴露したい気持ちをグッと堪えた。
ただ、グズタフの瞳が心なしか優しく見える。
まるで同情してくれるかのような、とそこまで考察して景信は察した。
彼もまた、この手料理の被害者なのだ。
「そ、そうか。やはりもう少し改良が必要か……」
「個人的な意見を述べさせてもらうなら、もっと単純な味付けでいいと思うぞ。これはこれで、まぁなきにしもあらずってところだけど」
「なるほど。参考になる・では次の夕食までにこの課題を乗り越えてみせるとしよう」
「へ? えっと……これから毎日作るのか?」
「当然であろう。我は貴殿の妻となるのだぞ? 妻が愛する夫のために料理を振るう……何もおかしくはあるまい」
「いや、それはまぁ。けどフレインは国王なわけだし、そういうのは料理人とかの仕事だからわざわざフレイン達がやらなくてもいいんじゃ――」
「ふっ……貴殿は優しいな。我々の負担を案じてくれるとは」
決してそう言う意味で言ったのではない! と、景信は心からフレインにツッコミを入れる。
案じるのは彼女らではなく、自分自身。
これほどの料理を毎日……少なくとも後1か月もの間食すなど、もはや死刑宣告に近しい。
確実に自分の身体がおかしくなる。このご時世だ、常に斬った張ったを強いられる身として景信も死は覚悟している――だが死に場所は選びたいし、間違っても殺人料理で死にたくはない。
「……まぁあれだ。頑張れよ景信」
「……こんなことで頑張りたくなんかないですよ」
「大丈夫だ。このワシがこうして生きているのだからな! 思い返してみればフレイン様達の食事を食べてからすこぶる体調がよくなり、多少痛んでても腹痛を起こさなくなったな!」
「なんですかそれ、怖すぎますから……」
いずれにせよ自分の死に場所は
俗にいう、現実逃避である。
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