第6話:鍛冶師です(再確認)

 いつもは兵士達の活気で賑わっているであろう修練場はこの日、不気味なぐらいしんとしていた。

 人の気配が皆無、というわけではない。

 ざっと見ただけも100人は軽く収容できよう空間は、兵士達であふれている。


 彼らの目をどうやら自分達が釘付けにしているようだ。

 そんなにも珍しい光景、なのだろう……全方位から視線を浴びる中、景信は静かに一息吐く。

 対峙する、この事態を生んだ原因の1人は――どうしてそんなにも嬉しそうにしているのやら。身の丈以上はあろう巨大な戦斧をブンブンと軽やかに回しては、童のようにとっても輝かしい笑みまで浮かべていた。



「さぁて景信様。久方振りに手合わせを願いましょうか!」

「……その様付け、やめてもらえませんかね。どうも落ち着きませんし、あなたにはずっと今までどおりに接してほしいのですが……」

「む? そうか? では改めて……景信よ、3年ぶりの貴殿との仕合に心が高鳴っておるわ!」

「えぇ、その感じでお願いします――それじゃあこちらからも。なんで急にこんなことになってるんですかね?」



 事の発端は城へと帰還してから、ほぼすぐのこと。

 久しぶりに手合わせをするか、とそう前置きもなくグズタフに修練場まで拉致された。

 昔からこの人は変わっていない。

 人の都合などお構いなし、自分がこうであると思ったならば愚直なまでに遂行する。

 例えその身をいくら傷付ける結果となろうと、この老将の信念は折れない。

 それこそがグズタフの強さであり、フレインからも強い信頼が置かれる理由なのも景信は重々理解していた。


 だからといって、そっちに都合を押し付けないでもらいたいが……やる気がない、とはとてもじゃないがもう言い出せそうな雰囲気ではなかった。

 景信はちらりと、周囲を一瞥いちべつする。



「あ、あの生涯現役を豪語するグズタフ将軍と景信さんとの仕合か……」

「まさかこんなすごいものを生きている内に見られるなんて!」

「……あの葦原國あしはらのくにの人、強いんですか?」

「馬鹿! お前なんてこと言うんだよ! 新兵だから知らないだろうけどな、あの方は内乱時単身で10000人の敵を斬ったばかりか、ドラゴンをも一太刀で討伐したほどお強いんだぞ!」

「……ははっ」



 3年という月日で、どうやら随分と尾ひれがついて回ったらしい。

 いくらなんでも、これは誇張しすぎだ。

 どこから10000なんて数字が出てきたのか、ただただ疑問である。

 事実がとても都合よく捻じ曲げられていて色々と訂正したい景信であるが、前方からひしひしと伝わる闘気が「早くしろ」と急かされてはそれも叶わぬと判断し、渋々と腰の得物を抜く。


 造りは黒漆打刀拵え、刃長は二尺四寸五分(およそ74.2cm)、刃文は乱刃みだれば・狂いほむら――千珠院打刀せんじゅいんうちがたな鬼薙おになぎ

 景信が自ら打ち、己が半身として定めた打刀をゆっくりと構えた。



「さて、景信はあれからどれほど強くなったのか……是非このワシに見せてもらおうか」

「手加減してくださいよ? じゃないとこの修練場が使い物にならなくなる」

「がっはっは! それはどっちの意味なのやら」



 豪胆に笑い飛ばすグズタフもまた、己が半身たる得物を構えた。

 老将グスタフ……その異名が破岩獣はがんじゅうに相応しい武器は戦斧。

 一言目に、はじめて対峙した者はその圧倒的な物量に度肝を抜かれること間違いなし。

 彼の戦斧……ファフニアルはとにもかくにも、大きいのだ。

 巨大な鉄塊であるといっても過言ではないし、その分に見合った重量も並大抵の兵士だと少なくとも10人がかりでやっと持ち上げられるほど。


 グズタフはそれを軽々と片手て操ることができる。

 それも御年70歳の爺さんが、なのだから驚くなという方が無理がある。

 いったい全体、どんな生活を送ればあのようになれるのやら……不思議なのは否めずとも、彼のようになりたい、などとは景信は微塵も思っていない。

 

 それはさておき。

 ファフニアルがブンッと軽く振るわれれば、それだけで凄まじい旋風が室内に吹き荒れる。

 あの武器の真の恐ろしさはここにあった。



「相変わらずの鋭い切れ味……敵として対峙すると本当に嫌になりますよ」



 そう不敵な笑みを返す景信の頬には、うっすらと脂汗が滲んでいた。

 ファフニアルは巨大な鉄塊のような武器であり、その圧倒的質量を持って敵を圧砕する――確かにこれは間違いではない。だが、そこに気を取られていれば対峙した者は無残にして呆気ない死を受け入れることとなるだろう。


 ファフニアルの刀身は、大変鋭利にできている。

 かつて邪竜とこの地で猛威を振るい人々を恐怖させたファフニアルの骨や牙が主な素材だ。

 それ故にあの巨大な戦斧は1つの魔法武具でもあり、使用者の魔力に呼応して強烈な真空刃を発生させる。

 そこにグズタフの人外的な膂力りょりょくが加わるのだから恐ろしいことこの上なし。


 従って、開戦の合図が告げられたと同時に飛んでくる剛撃を景信はひらりと回避した。

 防御することは即ち、敗北と同意義である。

 得物の質が同等でも、仕手のみがまず圧倒的な衝撃に耐えられない。

 景信が回避したことで、ファフニアルの刃は虚空のみならず地面をも切り裂いた。

 ぱっくりときれいに裂かれた傷跡に、兵士達が酷くどよめく。


 ようやく、自分達が今とんでもなく危険な場所にいると自覚したか……グズタフとの仕合を見たいからと野次馬根性を出す彼らに、景信は最初から不安を募らせていた。

 修練用の武具ならばいざ知らず、互いの真剣を用いるとすれば周囲への被害までも考慮するなんて、このグズタフを相手にそんな余裕などさらさらない。

 つまりはどんな怪我をしようとも、自己責任が兵士達には課せられる。



「よく避けたな。まぁ今のはほんのあいさつ代わりだ」

「やれやれ。相変わらずの馬鹿力……本当にどんな生活をしてきたらそんな風になれるのか、不思議で仕方がありませんよ」

「がっはっは! な~に、ワシは特に大したことはしておらんさ。規則正しい生活を送り、食事をたくさん摂り、その分修練に励む……ただそれだけよ」

「それだけで絶対にそうはならないでしょうに……」



 景信とグズタフ、彼らが他愛もない会話を交える間、兵士達が次々と我先にと修練場から逃げ出した。

 賢明な判断である、とは思う。

 そして危険なのを承知でまだこの場に残っている4名からの激昂が飛んできた。



「景信よ、貴殿の妻が応援しているぞ!」

「がんばってください景信さん!」

「絶対に負けちゃだめだからね! 後グズタフ! 景信にケガさせたらアタシが許さないンだから!」

「景信様……どうか、ご武運を!」

「がっはっは! ……少しぐらいワシに応援してくれてもいいのではないですかフレイン様」

「何を言う。貴殿よりも我が夫のことの方が大事であろう」

「辛辣! だがそれもまたよし!」

「いやそれでいいのかよ……!」



 味方びいきする4人の美しい女性達からの応援だ。

 男として是が非でも応えねば……などという気はまるで起こらない。

 景信に言わせれば、フレイン達は軟禁を強いてきたとんでもない女性だ。

 結婚するために港などの利用を徹底的に禁止にする辺り、フレインらの本気度が窺える。

 

 まだ結婚する気なんてないから諦めてくれないだろうか……切々たる願いを脳の片隅に追いやったところで、景信は地を強く蹴り上げる。

 グズタフへ瞬く間に肉薄した彼の鬼薙が一閃――ごうと大気を唸らす唐竹斬りがグズタフのファフニアルと正面からぶつかった。その際に発生した金打音はけたたましく、修練場に幾度となく反響を繰り返す。


 戦況は一進一退。

 目まぐるしい速度で中空を交差する閃光が彼らの実力を物語り、唯一の観客である彼女らの口からは絶えず感嘆の声があがった――とはいっても、その声はたった1人に向けてのものだが……。



「がっはっはっはっは! さすがは景信だ! 3年前よりも更に強くなっているとは!」

「そっちこそ……これ以上強くなるなんてもはや反則ですよ」

「まだまだ! このグズタフに限界などというものは存在せんのでな!」



 25合目の打ち合いを終えてようやく、2人は互いに得物を引いた。

 この頃になると、修練場の至るところにには痛々しい傷跡がはっきりと残されている。

 主にファフニアルの斬撃が原因だ。非はこっちにはない、とそう言い訳をして景信は打刀を鞘へと収める。

 ぱちりと小気味よいが奏でられて、不意にくぅくぅと情けない音がどこからともなく鳴った。

 時間帯的にまぁ、致し方なしといったところだ……景信は腹部をそっと擦る。



「そろそろ食事にするとしよう」

「そうしてもらえると助かるかな」

「うむ、では我が用意をするから景信、貴殿は先に食堂で待っていてほしい」

「わかった――ん? ちょっと待ってくれ。我が用意する……?」

「そうだ。我が貴殿のためにその、て、手料理を振る舞うといっているのだ」

「えぇぇっ!?」



 あまりにも衝撃的な発言だったから驚いてしまった。

 仮にも【オルトリンデ王国】を治める国王が、下民1人のために手料理を振る舞う……こんな前代未聞なことが起きたのだから、驚かずにいられるはずがない。

 いや、それよりも彼女は料理ができたのか……記憶を巡らせてみたものの、景信の記憶にあるのは勇ましく剣を振るう戦士としてのフレインのみ。

 何故だかとてつもなく嫌な予感がしてたまらない……意気揚々と「この我に任せておけ!」と豪語して去っていくフレインに、景信は強烈な不安を憶えざるを得なかった。


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