風護神使ウェザリオ 〜ようこそカザミド冒険団!〜

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

風護神使はかく語る

「ああ、ごめんね。今日一日の出来事を振り返るのに夢中になってた。

 日記? いや。まあ、似たようなものかもしれないけど。

 冒険記録だよ、ギルドに提出するんだ」


 夜の森、冒険団のテントのひとつ。

 すでに他のテントの喧騒も収まり、団員はみんな寝静まったか。

 テントの中にはだいだい色のランプの明かり、そして外からほのかに透ける、木々のあわいを垂れ下がるホタルスライムの光。


 ペン立てに、ペンを置いて。

 女性のような顔立ちの青年、風護神使ウェザリオは、こちらに向き直った。


「どうしてもね、たくさん書き込んじゃうんだ、冒険記録。

 クエストの内容や成果が分かればいいから、本当はもっと簡素でいいんだけど。

 みんなとの思い出の記録だからね、しっかり残しておきたいんだ」


 穏やかに、ウェザリオは微笑んで。

 書き上げた冒険記録を、指でなでた。


「昔はこんなふうに、いろいろな人と関わって、たくさん冒険をすることなんて、できなかったから。

 元々ぼくは、少数民族の神使の家に生まれついてね。そこは排他的で、必要以上には外とのかかわりを持とうとしなかったんだよ」


 横たえてある杖を、手に取って。


「風を司る神なんだよ。ぼくの家が祀っていたのは。

 ずっとおかしいと思っていた。自由に空も大地も駆け抜ける風をあがめているのに、なんでみんなひとつところに閉じこもるんだろうって。

 歴史をひも解けば、そうなる理由も分からなくはないんだけれど。

 それでもあのとき、助けを求める手を、こばむべきじゃなかったんだと思う」


 杖を手慰みにしながら、ウェザリオの目元は、憂いを帯びた。


「感染症が流行してね。ぼくらの民族もいた広い地域で。

 その薬になる薬草が、ぼくらの土地にあったんだ。

 薬草を分けてほしいと頼まれた。族長は、拒否した。自分たちを治療するのにも不足するほどの量しかないからと。

 本当は、その土地が神聖な土地だからで、数は十分に足りていたはずなんだ」


 一度、目を閉じて。


「それが、争いの種になった。

 風を司る民族だったこともあって、この感染症はぼくらの民族が風に乗せてばらまいたのだろうと、あらぬ疑いをかけられた。

 排他的な生活をしていたせいで、外に味方をしてくれる人はいなかったんだ。

 戦いが起こって、それで……」


 しばらく、沈黙。

 静けさの中で、わずかな葉ずれの音が、外から聞こえた。

 やがて目を開けたウェザリオは、いつもの穏やかな調子で、話し始めた。


「ぼくは冒険者になった。

 生活の手段として、取れる選択肢は多くなかったというのもあるけれど。

 やっぱりぼくは、いろいろなところに行って、いろいろなものを見て、いろいろな人に触れ合いたいって思ったんだ」


 柔らかに微笑む。


「ぼくは恵まれていたと思う。

 冒険者になると決めて、すぐにブリッツと出会えて、シャムーシェと出会って、次にジュード……

 ぼくは冒険者をやるには中途半端な能力しかなかったけれど、みんなも似たようなもので、だから気が合ったのかもね」


 杖につけられた意匠をなでる。

 風を司る象徴。冒険団の旗印。風上に顔を向ける、立派なとさかを波打たせた鳥の意匠。


「こんな境遇になったからこそ、ぼくは風のように、自由にゆきたいと思っている。

 気の向くままに旅をして、その時々で日銭をかせいで、気の合う人と同行して、必要があれば別れて」


 そしてまた、冒険記録を手に取る。


「それでも風と違うのは、ぼくは、思い出を大切にしてゆきたい」


 その視線は、それから、こちらに向いて。


「その思い出を、あなたとも共有できたら、ぼくはうれしい」


 風護神使ウェザリオは――冒険団団長ウェザリオは、微笑んで、片手をこちらに差し出した。


「ようこそ、カザミド冒険団へ。

 ここは半端な者たちが集まる、最高に充実した集団パーティだ」

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風護神使ウェザリオ 〜ようこそカザミド冒険団!〜 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker

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