第21話
薄暗い背景に、濃い赤色をした人影が画面の中を練り歩く。重苦しいのにどこか耳に残るBGMに合わせて画面端で揺れる緑色の火の玉が気持ち悪くて、僕は画面の中央を凝視した。
「いくよ」
詩音くんが隣でニヤッと口角を上げる。彼が左クリックをした瞬間、画面の赤い人影は悲痛な悲鳴をあげて緑色の血飛沫を上げた。
「うわ……きもぉ」
僕は思わず視線を逸らして言葉を零す。彼は満足気にハハハと声を上げてゲーム画面を閉じた。
「ちょーリアルで面白いでしょ」
「おもろないわ。怖いわ」
「えー、これフリーゲームなんだよ? 凄くない?」
「凄いけど……不気味やわ」
彼がパソコンをシャットダウンしだした今も、不気味なBGMが頭から離れない。今にもあの独特な色使いの奇妙な世界が目の前に現れそうで気持ちが悪くて、僕は目を細めた。
そんな、様子のおかしい僕に気づいたのだろう。隣からすらっと長い白い腕が腰へ伸びてくる。
「楓ってホラー無理だった……? ごめんね……?」
まるで媚びるようなその下がり眉に、思わず胸が音を立てる。思わず押し黙った僕を、彼は今だとばかりに抱き寄せた。
暖かいその体温と、まるで女の子のような甘い香り。そんなぬくもりで僕を包んだ詩音くんは、それはそれは穏やかな表情をしていた。
「楓って、ほんと俺のこと好きだよね」
わかってないな、と僕は思う。僕の愛なんてこの上なく不純なものを真っ直ぐに信じるだなんて。それならまだ、ひなたを真っ直ぐに愛し続けた方がいくらか賢明だったかもしれない。
彼はだんまりな僕に違和感を抱くこともなくにこやかに席を立つ。そして、再び僕を抱き寄せ立ち上がらせた。
「おいで。明日も早いでしょ」
そして彼は僕をベッドへ連れていって、すぐにそのまま眠りにつくのだった。
分かっていたことだけれど、彼は彼の言った通りただ僕とゲームをしてただ楽しくお話をして、そして僕を腕の中に収めて眠った。
それは、なにもこの日だけの話ではない。僕達はこの後、春休みが明けるまでの間1度も行為に及ぶことはなかった。それどころか。詩音くんがそれらしい興奮を見せることもなくて。
付き合った当初の激しく求めてくれた彼は、一体どこへいってしまったのだろう。そう思わずには居られなかった。
結局、こんなにたくさん遊んでもらったのにも関わらず枕を濡らしながら眠りについたのは言うまでもない。
そうして、時は経った。気づけば春休みも終わって、夏の盛り。
エアコンをガンガン効かせた部屋で、一茶と詩音くんはせっせとカバンに荷物を詰めている。学校終わりでみな疲れているというのにテキパキと準備を進めてくれる2人はさすが年上と思わざるを得ない。
そんななか、ひなたは腕をこまねいて3つのクマのぬいぐるみを見つめていた。
「なしたんひなた」
僕が声をかけるが、彼は顔を上げる事無く「んー」と唸る。まるで聞こえていないかのように眉をひそめてクマとにらめっこするひなたを不思議に思い、僕は再び名を呼んだ。
彼は、それでも顔を上げない。しかし、先程とは違いやっとその閉ざされた口を開いた。
「どいつ連れていこうかと思って」
なるほど、と思う。どうやらどうでもいい事だったようだ。僕は適当に「へぇ」と流して目の前の大きなカバンのチャックを閉じた。
「楓、お疲れ様。ありがと」
詩音くんが、しゃがみこんだ僕の頭の上から顔を出して頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。別に、偉いことをした訳では無い。そうは思ったものの、僕は彼の言葉に小さく頷いた。
それに詩音くんは満足したのだろう。彼はふふと笑って僕の両肩へ手を置いた。
「せっかくのキャンプだからね。めっちゃ楽しませるから見ててよ」
楽しませるって、と僕は思う。彼の両手にそれぞれの手を重ね、彼の顔を仰ぎ見ながらふっと笑った。
「主役は一茶やで。誕生日パーティーなんやから」
「あ、そっか……じゃあ、一茶と楓を楽しませればいいってこと?」
そう無邪気な笑顔を浮かべる彼に、僕は素直な笑顔を返せない。その笑顔は相変わらず綺麗だし、無垢な心は彼らしい。しかし。こんな風に彼を騙している自分の醜さを考えると、どうにも湧き上がるのは笑顔ではなかった。
ふいにスマホがポケットで音を立てる。僕は、画面を見なくてもその主が誰かなんて分かっていた。だから、敢えて無視をした。
「楓、鳴ってるよ」と彼が言う。
「ええねん」と僕は彼から顔を逸らした。
明日は早いし、早く眠ってしまおう。そう言い訳を考えて僕は皆より先に腰をあげた。
「俺もう寝るわ」
「うん、わかった~。すぐ行くから先寝てて」
彼は、そんな僕の意図なんて知る由もなく優しい顔をして僕送り出してくれた。
彼へ手を振って、背を向ける。背後では、もう準備は終わったはずなのにも関わらずまだ何を持っていくかと楽しそうに話し合う声が聞こえる。彼らが案に挙げたトランプもカードゲームも、きっとキャンプ中に使ったりはしないだろう。しかし、それでもやっぱりずっと楽し気な彼らに少しだけ疎外感を感じながら、僕は詩音くんの部屋へと戻るのだった。
部屋へと足を踏み入れると、いつもは狭く感じるそのベッドを独り占めするように中央へとごろんと寝転がってポケットの中にあったスマホを取り出す。
『ご飯、いつにしますか』
画面の通知にはそう記されていた。バイト先の、例の彼女だ。
そんなの、僕にもわからない。メッセージに既読もつけずにスマホを枕へ放り投げると、頭から布団へ潜り込んだ。前までは詩音くんの香りでいっぱいだったこの布団も、気づけば自分の部屋のものの香りと大差ないものになってきていた。それだけでも、なんだかまるで僕の大切なものがひとつ減ってしまったようで悲しい気持ちになる。
僕って、こんなに弱かったっけ。そんなことを考えながら僕はまた、ベッドで一人枕を濡らすのだった。毎日毎日泣いてばかりで。僕は一体、何を求めているのだろうか。それすらももう、よくわからない。
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