第17話

 蓮宮たち三人は、修験者に会うため、葛城山へやって来た。

「もう真っ暗ね。どうやって登ろうかしら?」

 蓮宮が言うと、

「明日、出直しましょう」

 九条はそう言って、ゆきを見た。ゆきがそれにうなずいた時、突然明かりが灯った。そこには『葛城山ロープウェイ』の文字の乗り場が浮かび上がった。

「行きましょう」

 蓮宮は動じることなく、乗り場へ向かい、ゴンドラに乗り込んだ。九条とゆきもそれに続いた。刑事たちが後をつけている事に、彼らは気付いてはいなかった。

 葛城山の頂上に着くと、彼らはゴンドラから下りた。その先には、灯りを手にした修験者が待っていた。

「お待ちしておりました。ご案内致します」

 蓮宮はうなずいて、修験者について行った。

「連絡していたんですか?」

 九条が聞くと、

「いいえ」

 蓮宮が答えた。

「お静かに願います」

 修験者が蓮宮たちのおしゃべりを注意した。修験者にとっては神聖な場所であり、夜の静寂に溶け込み、無の境地を開く修行をしているのだというのを、蓮宮は思い出し、口をつぐんだ。

 無言のまま、しばらく歩くと、修験者の道場に着いた。

花澄かすみ様がお待ちです。どうぞ中へ」

 案内の修験者はそう言うと、闇に溶けるように消えた。


 三人が座敷へ上がると、女性の修験者が鎮座していた。

「突然すみません、花澄さん。私は……」

 蓮宮が言いかけるのを、片手で制した花澄は、

「語らずともよい。其方が何者で、目的は何かを存じておる」

 そう言ったあと、九条に向かって、

「この者との別れの時が来た。何か言葉をかけてやるとよい」

 と言った。

「はい。ゆき、もう苦しむことなく、安らかにお休み」

 九条はそう言って、ゆきの手を取った。すると、ゆきの眼から一滴の涙が零れ落ちた。


「では、始める。其方らは表へ」

 花澄にそう言われて、蓮宮と九条は表へ出た。外は暗く闇しかなかった。時折、風が吹き、微かに葉を揺らす音に、ビクリと驚く。


 しばらくして、

「どうぞ中へ」

 先ほどの修験者が姿を見せ、蓮宮たちに声をかけた。気配に気づかなかった二人は、また、ビクリとした。

 中へ入ると、

「あの御方は、天へ昇られ、神となられた。九条殿、これを」

 花澄は、白い絹の布に包まれた物を、九条に渡した。

「それは、あの御方が九条殿との最後の別れに流した涙。これからは、其方の守護神となろう。大事になされよ」

 九条が受け取った布を開くと、中にはキラキラと輝く、しずく型の宝石のようなものがあった。

「これが、ゆきの涙……。大切にします」

 九条はそれを両手で優しく包み込み、大切そうに胸に抱いた。


「其方らは山を下りられよ。あの者たちと共に」

 花澄がそう言って、表の闇の中を指差すと、そこに滲むように大きな身体の鬼が二体現れた。蓮宮と九条は、思わず声を上げそうになったが、神聖な山では静寂を保たねばならないことを知っていた。

 鬼の両手には、それぞれ何かが握られていた。

「五十嵐さん、須藤さん。それと、誰です?」

 蓮宮は、仏頂面した五十嵐に、つい笑いそうになった。

「ご客人よ、何のもてなしもなく、失礼した」

 花澄が言うと、鬼は彼らを解放し、闇に消えた。

「さあ、もう用事が済んだわ。帰りましょう」

 蓮宮は、五十嵐たちにそう声をかけた。


 修験者は、彼らをロープウェイの乗り場まで案内すると、溶けるように闇に消えた。

「あんた、とんでもない連中と知り合いなんだな。あれは一体何者なんだ?」

「私にも分からないわ。花澄さんは神なのかも。鬼を使役しているとは知らなかったけれど、ここは葛城山ですもの。不思議はないわ」

 ゴンドラの中で、彼らはそんな会話をしていた。

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