#40「今日が永遠に続けば良いのに」

「――……あれが良いの?」

 俺がそう問うと、杠葉ちゃんのは上目遣いで俺を見て言った。


「ダメですか?」


「いや、ダメじゃないけど……」


 観覧車って、つまりその……完全なる密室に2人きりになるわけじゃないですか。


 こんな幼い少女と密室に2人きりって……。

 そこはかとなく、犯罪臭がする。


 ……いや。今は俺も、女な訳だけど。


 というかそもそも、こんなふうに2人きりで遊園地に来ている時点で、今更だ。


 俺は観念して、杠葉ちゃんに頷いた。


「……分かった。乗ろうか」


 それに今日のこれは、元々杠葉ちゃんへのお礼を兼ねたものなのだ。だったら、最大限杠葉ちゃんの希望に添うのが筋ってものだろう。


 観覧車の前に移動した俺たちは、そこまで並ぶことなく、すぐにゴンドラへと乗り込むことが出来た。

 俺と杠葉ちゃんは、お互いに向かい合うように座る。

 そして遊園地の従業員によってゴンドラのドアが閉められ、完全に2人きりになる。


 それから俺と杠葉ちゃんはしばらく、ただ黙ったまま、景色が遠くなっていくのを見つめていた。


 やがて俺たちを乗せたゴンドラは、頂点へと差し掛かる。

 俺は、自然と言葉を紡いでいた。


「……すごいね。街が全部見渡せる」

 俺の言葉に、杠葉ちゃんも追従した。

「……そうですね。普段見慣れてる場所が、こんなにちっちゃく見えるなんて、なんだか不思議な気分です」


 眼下には、杠葉ちゃんの言う通り、いつもの街並みがミニチュアみたいに敷き詰められていた。

 駅だとか、いつだか杠葉ちゃんと華恋と俺の3人で行ったショッピングセンターだとか。

 遠くに見える一際目立つ豪邸は……天王寺の本邸か? そこそこ距離があるはずなのに、ここから見てもハッキリと存在感を放っているんだから、ムカつくことこの上ない。


「学校も見えるかな?」

 俺はいつも通っている女子校を探す。

 それは、案外簡単に見つかった。


 いかにも私立校ですって感じの、おしゃれな校舎。

 つい数ヶ月前まではこんなところに通うなんて考えられなかったのに、今では当たり前に日常風景に溶け込んでしまうくらいには見慣れてしまった。


「あそこが学校なら、私たちが普段歩いてる通学路はあのへんかな?」

「はい。……お姉さまと初めてお会いしたのも、ちょうどその辺だったと思います」

「……そういえば、そっか」


 杠葉ちゃんが柄の悪い男に絡まれていて、それを助けたのが出会いだった。

 あの時は、また学校で再会するなんて、思いもしなかったけれど。


「あの時のお姉様、すごくカッコよかったです」

「そんな褒めなくてもいいよ。あんまりおだてすぎると、調子乗っちゃうからさ」

「いえ。お姉様がカッコよかったのは、本当ですから」

「……そっか。ありがとう」


 ……。


「……この数ヶ月、あっという間だったね」


 俺の言葉に、杠葉ちゃんはこくりと頷く。


「私、お姉様と出会えて本当に良かったです」


 杠葉ちゃんは、俺の目を潤んだ目で見つめていた。


「お姉様……ひとつだけ、私のお願いを聞いてくれませんか?」


「……うん、いいよ。どんなお願い?」


 俺がそう答えると、杠葉ちゃんは意を決したように言った。


「朱鳥お姉様……! これからも私と……ずっと一緒に居てくれませんか?」

 

 そのお願いは――その表情とは裏腹に、ささやかすぎるものだった。


「どうしたの急に? そんなのわざわざ言う必要もないんじゃ……」


「お姉様は、私のもとに突然現れて、私の日常をすごくかけがえのないものに変えてくれました。でも……だからこそ怖いんです。いつか私の元から、突然居なくなっちゃうような気がして」


 ……そうか。

 俺は元男なわけで、また男に戻ってしまう可能性がゼロというわけじゃない。

 でもそれってつまり……男に戻れば杠葉ちゃんの元から『朱鳥お姉様』の存在が消えてしまうことにもなるわけで。

 多分杠葉ちゃんは、それをなんとなく感じ取っているのだろう。


「だから……お姉様の口から聞きたいんです。朱鳥お姉様は、ずっと居なくならないって」


「……」


 本当のことを言うのであれば、いつ男に戻るチャンスが訪れるか分からない。だから、この約束を杠葉ちゃんとするべきではないのかもしれない。

 だけど……。


「……分かった。私は、杠葉ちゃんのずっとそばにいる」


 これから先、どんな結末が待ち受けていようとも、私は――杠葉ちゃんの『天王寺朱鳥』であることをやめない。


「だからこれからもずっと――よろしくね、杠葉ちゃん」


「はいっ……!」


 そう言って笑う杠葉ちゃんは、遠くに見えるどの景色よりも綺麗だった。


◇◇◇


 一方その頃――。

 朱鳥と杠葉を追いかけるようにして遊園地のゲートっをくぐった華恋はというと……。


「にしし……絶対に私を置いていったことを後悔させてやるんだから……」


 最初のうちは息巻いていたものの。


「あっ、メリーゴーランドに乗った!! 私も乗る!!」


 ――。


「わはは!! 久々に乗ったら意外と楽しー!!」


 ――――。


「あっ! 今度はジェットコースター!! 私も――」

『――近くでゲリラパレードが始まったらしいぞ!』

「えっ!? パレード!? 見たい!!」


 ――――――。


「――見失ったッ……!!」


 華恋はその場でガックリと膝を落とす。


「うぅ……なんなんだよ……2人だけで楽しみやがって……」


 そうして力なく項垂れていると。

 華恋の肩を、ポン、と何かが叩いていた。


「え……?」


 華恋は肩を叩かれたことに気づき、ゆっくりと顔を上げる。

 そこにいたのは。


 黄色い毛並みにずんぐりむっくりとした丸いフォルム。


「……ぴよジロー?」


 そこにいたのはひよこの着ぐるみ――ぴよジローだった。

 ぴよジローは華恋に、持っていた風船を手渡す。


「……もしかして、慰めてくれてるの?」


 コクリ。


「うう……ありがと……」


 1人の少女と1体の着ぐるみに、奇妙な友情が生まれた瞬間だった。


◇◇◇


 観覧車を降りた俺は、杠葉ちゃんと遊園地を後にすることを決めた。


 もう夕方になろうとしてるのに、まだ人の流れは衰えていない。


「杠葉ちゃん、私とはぐれないように気をつけて」

「は、はい!」


 ――ドンッ!!


 なんて言ってるそばから、俺は反対側から歩いてきた人と、肩をぶつけてしまう。

 ぶつかったのは、どこかの学校の制服を着た少女だった。


「あっ……すみません」

「ううん、私の方こそごめんね?」


 そう言って少女は、パタパタと駆けていく。


 ……この辺では見かけない制服だ。他県から来た子だろうか?


「……ん?」


 ふと下に目をやると、何か手帳のようなものが落ちていた。

 拾って確認してみると、その表紙には聞き馴染みのない学校の名前が印字されている。

 ……どうやらさっきの子が落としたもののようだ。


「杠葉ちゃん、ちょっとここで待ってて」

「はい」


 俺はすぐさまUターンして、先ほどの少女を追いかける。

 少女は案外すぐに捕まった。


「あの、これ落としましたよ」

「おぉー、ありがとう! 無くしたら危うく学院長に殺されるところだったよ」


 少女はそう言って屈託なく笑った。

 いや、怖すぎるだろ。


「――……何やってんですかぁー、悠里ゆうりせんぱーい。早く来ないと置いていきますよぉー」


 遠くから別の女の子の声がした。


「呼んでるみたいだから行くね? 手帳ありがとう!」


 それだけ言って、少女は人混みの中に消えていく。

 ……なんか忙しい子だったな。

 ちょっと可愛かったけど。


「さて、俺も見失う前に杠葉ちゃんのところに戻りますか……」


 俺は少女が見えなくなるのを見届けて、待っている杠葉ちゃんの元へ戻ったのだった。


◇◇◇


「ごめんごめん、おまたせ珠々奈すずな


「……次、私から離れたら、容赦なく置いていきますからね?」


「おー、怖いねぇ。それより珠々奈、さっきの子見た?」


「悠里先輩がぶつかった子でしょ? 見ましたよ? 綺麗な子でしたね」


「そーなんだけどそーじゃなくてさ。あの子、一緒にいた子と手を繋いでたんだよ」


「へぇ」


「あの2人、姉妹かな?」


「姉妹だったらどうなんですか?」


「いや別に、どうって訳じゃないけど……ただ、すごく仲が良さそうに見えたから……ちょっとだけ、羨ましく思っただけ――」 

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