#39「つい無理をしてしまったようです」

 次に乗るアトラクションを決めて移動した俺と杠葉ちゃんは、その先に待っていた光景を目の当たりにして、呆然とした。


「空いてる……」

「空いてますね……」


 訪れたジェットコースター乗り場は、さっきまでの人混みが嘘のように空いていた。

 流石に人ひとりいないという訳にはいかなかったが、それでもつい数十分前まで長蛇の列が続いていたことを考えれば、それがどれだけ異常なのかが分かるだろう。


 桃花の仕業でほぼ間違いないと思うが……桃花のやつ、一体どんな魔法を使ったんだ……?


 すると、すれ違った男女2人組から、会話が聞こえてくる。

『近くでゲリラパレードが始まったらしいぞ』

『え? なにそれ、早く見に行こうよ!!』


 どうやらそのゲリラパレードとやらに客が流れているらしい。

 ってか、ゲリラパレードってまさかだけど、桃花がやったのか?

 あいつバイトの分際で、どんだけ権力握ってんだよ……。


 改めて桃花への末恐ろしさを感じつつ、俺は杠葉ちゃんに声をかけた。


「今のうちに乗っちゃおうか」

「はい!」


 スムーズに乗り場の中に通され、杠葉ちゃんと2人でジェットコースターに乗り込む。

 座席に座るのと同時に、上から安全バーを降ろされた。ひんやり冷たいそれは、拘束具のように俺を座席に押さえつけていた。

 まるで、もう逃げ場はないのだとでも言わんばかりに……。


 おう、これはなかなか……。


「大丈夫ですか……? 顔色悪いですよ……?」

「あはは……大丈夫……」


 コースターはゆっくりと動き始め、俺たちを上へと運んでゆく。

 ……落ち着け朱鳥。

 所詮はジェットコースターだ。別に死ぬ訳じゃないだろ。


 そんなことをぐるぐると頭の中で考えているうちに、コースターが頂点に到達する。


 そして――、


 ――ギュゥゥゥン!!


 そこからジェットコースターを降りるまでの記憶は、俺の頭の中からすっぽり抜け落ちていた。


◇◇◇


「――ぜぇ……ぜぇ…………うっぷ……」

「本当に大丈夫ですか? 朱鳥お姉様……」


 ジェットコースターから降りて満身創痍の俺を、杠葉ちゃんは心配そうに見つめる。


「う、うん……なんとかね……」

 実を言うと、俺もジェットコースターは子供の頃以来で、もう子供じゃないんだから平気だろうと思ったのだが……全然そんなことはなかった。

 むしろ子供の頃より怖かった気がするのは気のせいか……?


「苦手なら、先に言ってくれれば良かったのに……」

 いやまあ、確かにそうなんだが……。


「杠葉ちゃんがせっかく楽しみにしてたのに、水を刺したら悪いと思ってね……」

 しかし結局水を差す結果になってしまっているのだから、世話ないが。


「お姉様……」

「悪いけど、ちょっとだけそこで休んでても良いかな?」


 俺は手近にあったベンチを指差す。


「あ、はい。もちろん」

「ありがと……」


 杠葉ちゃんの許可を得た俺は、ドカッとベンチに腰掛ける。

 あぁ……気持ち悪ぃ……。


 すると杠葉ちゃんも、俺の隣にちょこんと腰掛ける。

 杠葉ちゃんは気持ち悪そうにする俺に気を遣ってか、ただ黙って行き交う人々を見つめていた。


「……杠葉ちゃん」

「はい……なんですか?」

「ごめんね? こんな休んでばっかりでさ」


 もっと事前に計画を練っていればこんなことにはならなかっただろう。それは、完全に俺の失態だった。


 だが、杠葉ちゃんはそんな俺の言葉に首を横に振った。


「そんな……謝らないでください。私は今日、すごく楽しいです。それに……」


「それに……?」


「私はお姉様と……一緒にいたいだけですから……」


「ゆ、杠葉ちゃん……?」

 いま、なんて……。


 俺が困惑の声を上げると、杠葉ちゃん自分の言葉の意味に気付いたようで、一気に顔を赤らめる。


「あ、いえ、あの……そういう意味じゃなくて……! 元々私のワガママで遊園地についてきてもらったからというか……!」


 ……なるほど?

 でも……。


「……私も、杠葉ちゃんと一緒にいられて楽しいよ」


 俺がそう言うと、杠葉ちゃんはより一層顔を赤らめ、


「ぁ、ありがとうございますぅ……」


 と、消え入りそうな声でそう呟いていた。


 そうしているうちに徐々に体調が回復した俺は、大きく伸びをする。


「んーっ、と……よし、もう大丈夫そうかな。そろそろ次のアトラクションにでも行きましょうか」

「は、はい……!」

「次は何に乗ろうか?」


 と言っても、桃花がかけた魔法の効果はもうすでに消えかけているようで、徐々に人の流れが戻りつつあった。

 多分待ち時間無しでアトラクションに乗れるのは、これが最後だろう。


「うーむ……」


 俺が次の目的地をどこにするか頭を悩ませていると、杠葉ちゃんがある一点を指差して言った。


「私……次はあれに乗りたいです……!」


 杠葉ちゃんが指差したそれは。

 この遊園地で最も中心に位置し、存在感を放つアトラクション――観覧車だった。

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