#38「幼馴染はバイト中のようです」

「桃花……お前、なんなんだよその格好……」

 俺は、黄色い着ぐるみを身に纏った幼馴染に尋ねる。

 すると、桃花は着ぐるみの中から曇った声で答えた。


「知りませんか? ぴよジローです」

「……ぴよジロー?」

「はい。最近SNSで人気なんですよ? この丸いもふもふの姿が可愛いって。人気が高じて朝の番組でショートアニメが放送されたりもしてるんです。朱鳥様も聞いたことありませんか?」

 ……すまん。

 全っ然知らん。


 ……って、そうじゃなくて。

「俺はなんでそんなもの着てるんだって聞いてんだよ」

「あ、そっちですか」

 そっち以外に何がある。

 桃花は淡々とした口調で答えた。


「バイトですよ」

「バイト?」

「はい。天王寺の方々にある程度の学費援助をしてもらっていると言えど、流石にあの学校に通っていて平然としていられるほど裕福でもありませんので。……あ、ちなみにちゃんと学校には許可をとっていますよ? そもそもバイトをしようと考える生徒が少ないのか、その辺は結構ゆるいんです」

「ふーん……」


 にしたって、わざわざ天王寺のお膝下であるこの遊園地でバイトしなくても良いだろうに。しかもよりによって、そんな大変そうなバイトを。

 すると桃花は、俺の言いたいことを何となく察したのだろう。こう言った。


「このバイト、実は結構身入りがいいんです。きっと、やりたがる人があまりいないんでしょうね」

 ……だろうな。

 こんな暑苦しい着ぐるみを着るのは、俺だって御免だ。


「ところで、朱鳥様は何故ここに?」

「ああ……」

 俺は、杠葉ちゃんと2人で遊びに来ていることを正直に話した。別に、桃花に隠す理由もない。


 俺が話し終えると、桃花は着ぐるみの中でボソボソと呟いた。

「なるほど、杠葉様と2人で……ですか。あの子もなかなか、抜け目ない……」


「え? 何だって?」

 着ぐるみのせいで音が篭って、微妙に聞こえづらい。

「……いえ、すみません。こっちの話です。忘れてください。」

「あ? ああ……」

 そういう言い方されたら、気になるな……。

 だがこういう時、桃花は100パーセント口を割らない。


 俺は諦めて、話題を変えた。

「俺、ここには初めて来たんだけどさ。なんつーか……すごい人だな」

「ええ……でも、休日はこれくらいが当たり前です」

「そうなのか」

「最近は特に。メディア露出も頻繁に行なっているようですからね。力を入れているのでしょう」

「なるほどな……」

 天王寺にとっちゃ、ここは金のなる木という訳だ。


 だがそんなことは俺にとっちゃ、知ったことではない。

「お陰でアトラクション1つ乗り込むのにも一苦労だぜ……」

「極堂様に相談なされば良かったのではないですか? あの方なら、可愛い孫のために優先パスの1枚や2枚、喜んで用意するでしょう」

「アホか。そんな恥ずかしい真似できるかよ」

 それに、あのジジイに会うのは、稽古の時だけで十分だ。


 すると着ぐるみの桃花は数秒間黙ったあと、俺にこんな提案をした。

「朱鳥様さえよろしければ……私が何とか致しましょうか?」

「え……?」


 今、なんて……。

「それ、マジで言ってんの?」

「はい。流石に優先パスは持ってないですが、ある程度人の流れを変えるのは可能かと」

「で? そっちの要求はなんだ?」

「……最近、学校の近くにとある喫茶店が出来まして。そこのパフェが美味しいと評判なんです」

 つまり……俺に奢れと。


「……良いだろ、その話乗った」

「交渉成立ですね」


 桃花は重そうな巨体を揺らしながら俺に背を向けた。

「では、乗りたいアトラクションが決まったら私にスマホで教えてください。並ばずに乗れるように手配致しますので」

「お、おう……」

「それでは。……ぴよぴよ」


 そして桃花は、鳴き声(?)を上げながら、のそのそと去って行った。

 いや、頼んでおいて言うのも何だが……本当に大丈夫なんだろうか……。


 でもまあ、桃花を信じようが信じまいが、俺にできることは変わらないな訳で。

 取り敢えず、俺は2人分の飲み物を買って、杠葉ちゃんの待っているベンチへと戻る。


「ゴメン、お待たせ」

「遅かったですね。何かあったんですか?」

「いやあ……ちょっと道に迷っちゃって……」


 桃花と会ったことは、話せばややこしくなりそうだったので……杠葉ちゃんには秘密にしておいた。

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