#31「プレゼントのようです」

 停学が明けて、3日ぶりの登校。

 たった3日のブランクでしかなかったが、登校するのが何だか妙に久しぶりな気がしてしまう。

 

 ちなみに俺が引っ叩いた女子だが、その後他にも色々と悪行が発覚したようで、俺と同じく停学を言い渡されたらしかった。

 彼女も停学期間は3日間とのことだったが……そもそも停学自体がこの学校では滅多にないことらしく、八千代さんは『もしかしたらあの子、もう来られないかもしれないわね』みたいなことを言っていた。

 事実、停学が明けた今日もその姿が見えないところを見るに、きっと八千代さんの読みは間違ってなかったのだろう。


 もっとも停学だったのは俺も同じなので、そのせいで学校に居辛くなるのかもしれないなと覚悟はしていたのだが……実際はその逆だった。


「「「ご機嫌よう、お姉様!!」」」


 校門をくぐるや否や、後輩たちから一斉に挨拶の洗礼を浴びる。


「う、うん……ご機嫌よう」


 戸惑いながらも挨拶を返すと、彼女たちはキャーキャーと黄色い声を上げながら盛り上がる。

 俺はその様子を引き攣った笑みで見送った。


 ……どうやらあの騒動で、逆に箔がついてしまったようだった。

 そりゃ、編入してから数週間で停学なんて、目立たないはずがない。

 幸いなのは、それを「行動力のある人物」という、割と好意的な受け取り方をして貰えているということだった。

 まぁ彼女たちの反応からして、どうもそれだけじゃない気もするが……。

 

「……すごい人気ですね、朱鳥様」


 隣にいた桃花が、感嘆の声を上げる。


「いやぁ……まさかこんなふうになるなんてね……」

「そうですか? 私はなんとなく分かってましたけどね。こうなるのも時間の問題だって」

「そりゃ……光栄だね」


 桃花の俺に対する評価は、ときどき過剰過ぎることがある気がするんだが……これいかに。


◇◇◇


 桃花たちと別れて自分の教室に入ると、既に教室にいた周防さんから出迎えられた。


「ご機嫌ようですわ、天王寺さん!」


 その表情を見るに、すっかり元気を取り戻したようだった。


「ご機嫌よう、周防さん。今日は早いね。どうしたの?」

 俺がそう尋ねると、周防さんは得意げに胸を張った。


「今日は初めて、自分の足で学校まで来てみましたの! 庶民の気分を味わうのも、なかなか楽しかったですわ!」

「そ、そう……」 


 あの一件で随分丸くはなったものの、根本の部分はやっぱり周防さんだな、と思う。

 停学になった例の子を含め、以前いた取り巻きが周防さんのもとに戻ってくることはなかったようだが、本人はあまり気にしていないようだった。

 それだけ希薄な関係だったってことか。


「ところで天王寺さん、今日の2時間目が何の授業かはご存知かしら?」

「……えーと、たしか英語だっけ?」

「その通り! そして今日の英語は、小テストがありますの」

「へー……」

 なんか、イヤな予感。

 するとそんな俺の予感を裏付けるように、周防さんは言った。


「天王寺さん! 今日の小テストで私と勝負しましょう!」

 ……ほーら、始まった。


「……昨日、私に勝負なんて挑まなきゃ良かったって言ってなかったっけ?」

「それはそれ、これはこれ、ですの! やっぱり勝負は勝たないと気が済みませんので」

 あ、そう……。


 やっぱり周防さんは周防さんだな……。


◇◇◇


 そして昼休み。

 2時間目の小テストで周防さんとの勝負をきっちり勝利した俺は、めちゃくちゃ私怨の籠った目で睨んでくる周防さんを尻目に……ある人物を探していた。


「あれー……どこ行ったのかな、雨宮さん。ついささっきまで席に座ってたのに……」


 雨宮さんとは屋上で話をして以来、なんとなく昼食を共にする仲になっていたのだが……今日はなぜか、俺に一言も声をかけることもなくどこかにいなくなってしまっていた。


「ちぇ、今日も弁当持ってきたのに……」

 もちろん、母さん作。


 それに、今日はそれ以外にも雨宮さんに用があったのだ。

「……取り敢えず、屋上まで行ってみるか」


 普段、共に昼食を食べている場所。

 屋上に向かってみると、雨宮さんはそこに独りちょこんと座っていた。

 まるで……初めて彼女をここで見つけた、あの日のように。


「……お、いたいた。おーい、雨宮さん!」


 俺が声を掛けると、まさか俺が現れると思ってなかったのだろう。一瞬ビクッと震えて、そして振り返る。


「……天王寺さん? どうしてここに?」

「そっちこそ、1人だけで行っちゃうなんて。どうして誘ってくれなかったの?」

「それは……」

 雨宮さんは口籠る。


 俺は雨宮さんの隣に座る。

 すると雨宮さんは重そうに口を開いた。

「……どうして天王寺さんは屋上に来たの?」

「……嫌だった?」

 俺がそう聞くと、雨宮さんは僅かに目を逸らす。

「そんな訳じゃ……ただ……」

「ただ?」


「別に私と一緒にいなくても……天王寺さんの周りにはたくさんの人がいるから……。凄いよ、天王寺さんは……D組の種田さんだったり、いつの間にか周防さんとまで仲良くなってる。そんなところに私なんかが、入り込む隙間なんてないよ……」


 ……なんだ、そういうことか。

 俺は、雨宮さんに言った。


「たぶん雨宮さんは、一つ勘違いしてるよ」

「え……?」

「私はただ、自分が連みたい相手と連んでるだけ。そして私は……もっと雨宮さんとお話ししたいと思ってる」

「どうして……?」


 どうして、か……。

 改めて言葉にするとなると、少々気恥ずかしい。


「だって、私と雨宮さんは――もうお友達でしょう?」


 俺がそう言うと、雨宮さんはポカンとした顔で俺を見つめていた。


「……お友達?」

「あら、違った?」

 もしそうなら、厚顔無恥もいいところだが。


 すると雨宮さんは、音がしそうなくらいの勢いでブンブンと首を振った。

「そんな……! 私は、ずっと天王寺さんと仲良くなりたいと思ってて……あ――」

 そして、思わず漏れ出た言葉に、自分で赤面する。

 それを見て、俺は安堵した。

 やっぱり嫌われた訳じゃなかったらしい。

 ただ、ちょっとだけ奥手で、ちょっとだけ感情の表現が苦手で……ただそれだけなのだ。


 俺は雨宮さんに向かって微笑む。

「――だったら、もっと友達とお話ししたいって思うのは、そんなにおかしなことかな?」

「それは……」


 雨宮さんは少しだけ逡巡したあと、俺に向かってこう言った。


「私なんかが……天王寺さんのお友達で良いのかな?」

「……もちろん」

 俺ははっきりと頷く。


「むしろ、私の方からお願いしたいくらいだよ。……私は、雨宮さんの友達でいてもいいかな?」

「うん……」


「じゃあ、改めて友達になった記念に……下の名前で呼んでもいい?」

「え? え……?」

「雫ちゃん」

 俺がそう呼ぶと、今までそう呼ばれたことなど殆どなかったのだろう――みるみるうちに顔が赤さが増していく。


「え、えと……あうぅ……」

「私のことも、朱鳥って呼んでくれない?」


 俺がそう頼むと、雨宮さん――雫ちゃんは消え入りそうなほど小さな声で、こう言った。


「…………朱鳥ちゃん」


 その一言を発した雫ちゃんは、今にも茹で上がりそうなほど、耳まで真っ赤になっていた。


◇◇◇


「――そういえばさ」

 俺は、ふとあることを思い出す。

「中間テストの順位、見てくれた?」


 そう聞くと、雫ちゃんは頷いた。

「うん。本当に1位取っちゃうなんて、びっくりしちゃった」

「だからそう言ったでしょ? 私は1度やると言ったことは絶対に覆さないんだから」

「うん……」

「自分の可能性を信じれば、何でも出来るんだよ」


 俺が周防さんと勝負をしたのは、雫ちゃんのためでもあったのだ。

 自分の可能性を信じるべきだと。

 自分を卑下する必要なんてないと。

 それは果たして、雫ちゃんに伝わったのだろうか。

 

 雫ちゃんは、ポツリと呟いた。

 

「確かに朱鳥ちゃんの言う通りなのかもしれない。自信を持たなくちゃ。でも……私は、朱鳥ちゃんみたいに、自分を信じるなんて上手く出来ないよ……」


 雫ちゃんは、たぶんずっとそうやって生きてきたのだろう。

 周防さんという大きな存在に抑圧されることで、弱い自分を正当化しながら。


「――そうだ、雫ちゃんに渡したいものがあったんだ」

 俺は、胸元のポケットからあるものを取り出す。


「渡したいもの? 私に……?」

「うん。少しだけ自信が持てるおまじない。ちょっとだけ……目を瞑ってくれない?」

 俺がそう言うと、雫ちゃんは恐るおそる目を瞑る。


「こ、こう……?」


 俺は目を閉じている雫ちゃんの額に、それを取り付けた。


「……開けていいよ」


 雫ちゃんは、ゆっくりと目を開ける。

 俺は、華恋から無理やり持たされていたコンパクトを使って、雫ちゃんに自分の姿を見せる。


「――……これは?」


 雫ちゃんの前髪に取り付けたのは、猫の形をした可愛らしいヘアピンだった。

「……ほら、雫ちゃんっていつも髪が目元まで掛かってるでしょ? ちゃんとおでこを出した方が可愛いと思ってたんだ」

 ショッピングモールでたまたま立ち寄った雑貨屋で見つけたのだ。

 きっと雫ちゃんに似合うと思っていたのだが……予想通りだ。


「ちょっとずつでいいんだよ。自分を変えていければ……例えばこんなふうにさ」


 いつも伏し目がちだった雫ちゃんだけど、これを機に、ちょっとでも前を向いていけたら、なんて思う。

 

「……それとも、余計なお世話だったかな?」

 

 俺がそう尋ねると、雫ちゃんは顔を綻ばせながら言った。


「ううん……嬉しい。ありがとう、朱鳥ちゃん」


 その笑顔は、以前よりも少しだけ、明るくなっているような……そんな気がした。

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