#19「どうやらまだ諦めていないようです」

 桃花と再会をした、その翌日。

 朝食を食べている最中に、ふと昨日のことを思い出した俺は、華恋に話しかけた。


「そういえば、昨日なんだけどさ」

「ん?」

「偶然、桃花に会ったんだよ」


 まぁ……偶然かどうかは意見の分かれるところだが。

 ちなみに俺の幼馴染である桃花は、華恋の幼馴染でもある訳で、当然華恋も桃花とは面識があった。


「桃花ちゃん? へー、懐かしいねぇー」

「……アイツ、俺たちと同じ学校の生徒だったんだよ」

「え? そうなの?」


 やっぱり華恋も知らなかったか。

 仮に知ってたら、俺と華恋のあいだに桃花の話題があってもおかしくない。それが無かったから、まぁ知らないんだろうなとは思っていたが……。

 ……だけど、そうなると少し妙なんだよな。


 桃花の方も、華恋が同じ学校に通っていることを知らなかったとは考えにくい。

 鈍感な華恋はともかく、桃花のほうはそういうのに鋭いからな。

 ……それこそ、俺の噂が立った途端、すぐに接触してきたくらいには。


 だけど……だったらなんで、華恋には接触してこなかったんだ?

 もちろん、中等部と高等部で、学年が離れているというのもあるだろうが……。


 考えていたことをそのまま華恋に言うと、華恋はキョトンとした顔でこう言った。


「え? ねぇね……そんなことも分からないの?」

「ほぉー、じゃあお前なら分かるってのか?」


 すると華恋は、もちろん! と無い胸を張る。


「そんなの、ねぇねのことが好きだからに決まってんじゃん」

「は?」

 どういう意味だ。答えになってねぇぞ?


「だーかーらー、噂でねぇねの名前を聞いて、好きな気持ちが溢れちゃったんだよ。で、居ても立っても居られなくて、会いに行っちゃったんじゃない?」

「はぁー? アイツがそんなタマかよ? 大体、アイツが俺のこと、好きなワケ……」

「ハァ……分かってないなぁー、ねぇねは。桃花ちゃんは昔からねぇねのこと好きだったと思うよ? あの性格だから、絶対に本人の前では見せなかったけどね」

「……」


 マジで?

 俺の記憶に残っている桃花は、いつも無愛想で、とても俺に気があるような感じでは無かったのだが……。

 俄には信じられないな……。


「まぁ、ねぇねのことが好きなのは、私も負けてないけどね!」

 ……。

「……お前に聞いた俺が馬鹿だったわ」

 コイツの話は話半分に聞いた方がいいってことを、すっかり忘れてた。


「あー! 今冗談だと思ったでしょ!? 全部本当だからね!?」

「あー、はいはい」


 妹の戯言は、一旦置いておくとして。

 桃花については、その真意は分からずじまいだが……取り敢えずこれからも、赤の他人として接すれば問題ないだろう。


 まぁ……どうせ違うクラスだ。頻繁に顔を合わせることもないだろうしな……――。


◇◇◇


 ――……そう思ってた時期が、俺にもありました。


「……ご機嫌よう、雨宮さん」

「ご、ご機嫌よう、天王寺さん……」

 教室に到着し、例によって先に来ていた雨宮さんと挨拶を交わす。

 だが、雨宮さんの挨拶はいつにも増してぎこちない。まるで、彼女と親しくなる前に戻ってしまったかのようだ。


「…………」

「…………」

「…………」


 ……いや、その理由はわかっているのだ。

「――……どうしましたか? 私のことはお気になさらず、どうぞ続けてください」


 俺と雨宮さんを挟むように、桃花がそこに居た。

 ……いや、なんでここに居るんだよ! 桃花!!

 ここはお前のクラスじゃないだろ!?


「……もうそろそろ、自分のクラスに戻った方がよろしいのではないですか?」

 俺は、当たり前のようにそこにいる桃花に、遠回しに注意する。

 だが桃花はそれに全く動じない。

「なぜですか? ホームルーム開始までにはまだ時間はあります。それに、別に貴女がたの会話は邪魔してないじゃないですか」


 いや……お前の存在自体が邪魔なんだよ……。

 とは、流石に言える訳がない。

 そういえば桃花はこういう奴だった、と改めて思い出す。

 融通が効かない性格。

 それでいて、行動力だけは無駄にある――そんな奴なのだ。


「昨日のやりとりで、別人だと分かってもらえたのではなかったかしら?」

 俺が尋ねると、桃花は一応頷いた。

「ええ、まあ取り敢えずは。ですが……まだ引っかかる点もありまして、それを確かめたいのです」

 確かめたいこと……?

「何を確かめたいのですか?」

「天王寺さん、貴女は……私の知っている人物と、共通点が多すぎるんです。例えば、テニスが得意なところとか」

 まぁ、そりゃ……本人ですからね!

 ……とは、口が裂けても言えない。


「ですから、確実に別人だと納得できる証拠が欲しいのです」

「なるほどね……」

 そして性別の違いは、桃花にとっては、納得できる証拠ではないと。

 ならそれって……納得してもらうの無理じゃね?

 性別の違い以上に、説得力のあるものなんてないだろ。

 そもそも本人な訳だし。


 どっちにしろ……ここまで粘られたら、もはや俺にはどうすることも出来ない。

「そういうことでしたら……気の済むまでお好きにどうぞ」


 諦めてくれるまで、こっちも耐えるしかないってことだ。


◇◇◇


 それからというものの、桃花は校内の隅々まで俺に付いてくるようになった。

 授業の合間の10分休み。

 移動教室に向かうまでの廊下。

 果てはトイレにまで。


 昼休みになると、当然屋上まで付いてこられた。

 一緒に昼食を食べていた雨宮さんからは「大変だね……」と同情の視線を送られる始末だ。

 正直鬱陶しいったらありゃしないが、これも平穏な学院生活を送るためだ、仕方がない。

 ボロさえ出さなけりゃ、そのうち諦めてくれるだろう。

 ……諦めてくれるよな?


 ――そんなこんなで、桃花の執拗な監視の目を掻い潜ること、数日が経ったころだ。


 放課後……特に学校に用がない俺は、その日、家に直帰することにした。

 ……よし、桃花はまだ来てないな。

 アイツが居ると色々と肩が凝るからな。まだ来てないうちにさっさとズラからせてもらおう。

 雨宮さんとの別れの挨拶をそこそこに済ませた俺は、桃花に出くわさないように、足早に教室を出た。


 そして、そのまま何事もなく校門まで辿り着く。

 校舎を出るまでに桃花と遭遇する気配がなかったのは、何というか拍子抜けだった。

 まあでも……何事もないなら、それに越したことはないのだが。

 とにかく、さっさと学校の敷地内から出てしまおう。


 そうして校門を潜ろうとした時――、見知った顔と遭遇する。

 中等部側の玄関から出てきたソイツは……華恋だった。

 華恋の方も俺の姿に気付いたようで、こちらに手を振りながら走ってくる。


「おぉーい! ねぇねー!」

 俺も華恋に手を振りかえした。

 そして、合流した彼女に尋ねる。

「なんだ、今日は早いじゃん」

「うん、今日は部活なかったから、早めに帰ろうと思って」

 いくら早めにとは言っても……桃花を避けるために速攻で教室を出てきた俺と同じタイミングで出てくるって、どんだけせっかちなんだ、お前は。


 ……だが、まぁ、せっかく合流できたのだ。

「たまには一緒に帰りますか」

「うん!」

 そう頷いた華恋は、俺から少し視線をずらす。

「ところで――」


 ――そして華恋が次に放った言葉に、俺は……一気に血の気が引くのを感じた。


「――ねぇねの横にいる子は?」


 ――……え?

 俺は、恐る恐る自分の横に視線を向ける。そこにいたのは――。


「あ! もしかして……桃花ちゃん!?」

 俺の隣の人物は、華恋の問いにニッコリと笑顔で答える。

「はい、お久しぶりですね、華恋様」

「うん、久しぶり!」


 そして、その笑顔が張り付いた表情のまま――ギギギ……とオイルの切れたロボットのような動きで、こちらに顔を向ける。


「……さて。華恋様にはお姉様など居ない筈ですが……一体どういうことでしょうね……?」


 ……うん。

 どうやらゲームオーバーのようです。

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