#20「幼馴染は生粋のメイドのようです」
――種田桃花と一番最初に出会ったのは、まだ物心がついてからまもない頃……場所は天王寺家の本邸だった。
桃花は、住み込みで父さんに仕えていた使用人の子供だった。
俺や華恋と歳が近いからということで、遊び相手として充てがわれるという形で……俺たちの前に現れたのだ。
彼女たち家族が天王寺家に拾われるまで一体どんな暮らしをしていたのかは、俺は知らない。だが、それが決して楽なものではなかったということは、その幼い桃花の表情から読み取れた。
桃花が俺たちに心を開くようになるまでには、かなりの時間を要した。
俺の桃花への第一印象は、「無口で何考えてるのか分からない奴」だった。完全に心を閉ざしていて、自分の親以外に心を開こうとしない。
そんな感じだったから、打ち解けるまでかなりの時間を要した。
だけど、俺も華恋も桃花と家族同然に接していくことで……次第に桃花の表情は軟化し、俺たちを受け入れてくれるようになった。
それから桃花は、俺たちにとってなくてはならない存在になった。
離れることなんて、ないと思ってた。
……そう。
父さんとの関係が悪化した、あの日までは――。
◇◇◇
所変わって、自宅の自室。
俺はなぜか、自分の部屋の真ん中で正座させられていた。
そして目の前には、華恋と――桃花。
なんでこんなことに……。
「さぁ、朱鳥様。どういうことか、話してもらえますよね……?」
「はい……」
桃花の鋭い眼光に俺はすっかり萎縮して、奴隷のように頷く。
どうしてこんなことになっているのかと言うと。
俺が華恋から「ねぇね」と呼ばれていたことで疑惑を確信へと変えた桃花は、家までついていくと聞かなかったのだ。
そして俺も、もう隠し通すことは不可能だと観念したことで……今の状況に至る。
ちなみに華恋は今の状況を面白がって見ているだけで、別に俺にの味方という訳ではない。薄情な妹だと言わざるを得ない。
俺は、女になってしまった経緯、そして桃花を避けていた理由を洗いざらい話した。
話を聞いていた桃花は、呆れたようにため息をついた。
「……話は大体分かりました」
「理解が早いな」
当人の俺だって、完全に受け入れるのに数日は掛かったのに。
だが桃花は首を振った。
「別に理解をしたという訳ではありません。ですが……実際にこうして女性になった朱鳥様を見てしまっている以上、もう認めざるを得ないでしょう」
なるほど、確かに。
「ねぇね、すっごく綺麗になったよねぇ〜!」
華恋が横から茶々を入れてくる。
それに桃花は頷いた。
「はい。ガサツな朱鳥様からは想像出来ないくらいの変わりようです」
……悪かったな。ガサツで。
「ですが私は……そんなことよりも、その事実をすぐ私に打ち明けてくれなかったのがショックなんです」
「それは……」
「元々男性だったということが知られるとまずいのであれば、私が言いふらしたりなんかする筈ないじゃないですか」
……確かに、桃花はそんなことをする奴じゃない。
それは、俺と華恋が一番良く分かっている。
多分すぐにでも打ち明けたとしても、桃花が秘密を守ってくれて……それで丸く収まっていた筈だ。
それなのになぜ、俺は桃花にこの事実を隠そうとしたのか。
少しでも正体がバレる可能性を潰したかったから?
もちろん、それもあるかも知れない。
だけど、それよりも――。
「たぶん、俺は……自分がこんな姿になっちまってることを、桃花に知られるのが嫌だったんだ」
女になってしまったことで、桃花に嫌われたり……軽蔑されたりするのが、多分怖かったんだと思う。
俺がそんなことを告白すると、桃花は先ほどよりもさらに大きな溜息をついて言った。
「そんなこと……私が思う訳ないじゃないですか」
「いや、そうは言っても……実際バレてみてからじゃないと分からないだろ――」
「――いいえ、分かります」
桃花は俺の言葉を遮るように、はっきりと言った。
「だって……私は、あの日からずっと――、朱鳥様の使用人ですから」
◇◇◇
いつの間にか華恋は自分の部屋に戻り、ここにいるのは、俺と桃花の2人だけになっていた。
「いつつ……」
ようやく正座から解放された俺は、脚を労わるようにさすった。
くそジジイの鬼稽古のせいで正座すること自体には慣れているのだが、道場ではなく普通の床となると、また少し勝手が違う。
「ったく、加減というものを知らねぇんだから……」
「嘘をついていた朱鳥様が悪いんですよ?」
「……だから悪かったよ」
その表情を見るに、もう怒ってはいないのだろう。
桃花はその謝罪を聞いて、上機嫌にふん、と鼻を鳴らした。
「まぁ……そこまで言うのなら、今回は許してあげます」
「……そりゃどうも」
もう嘘はつけそうにないな、こりゃ。
「……ところでさ」
「はい?」
「桃花って今どこに住んでるんだ?」
俺と華恋と母さんの3人は、とあるきっかけで本邸を追放された。その後の種田親子の消息は分からなかったが……少なくともそのまま本邸に住み込みしている訳ではないというのは、稽古のために本邸に通っている俺には分かっていた。
俺が尋ねると、桃花は過去を反芻するように答えた。
「……あれから私と母も、間もなくあの家を出ました。まぁ、仕える相手が居なくなったので、当然ですが」
「じゃあ、今は……」
「ご心配いただかなくても大丈夫ですよ。2人でちゃんと部屋を借りて暮らしてます。母の仕事は、新たに天王寺の人たちから斡旋してもらえましたし」
「そうか……」
まぁ……天王寺側のいざこざのせいで種田親子を追い出すことになってしまったのだ。それくらいのフォローはして当然だろう。
「……お父様とは、まだ仲直り出来ませんか?」
桃花がそう俺に聞いた。
「仲直り? 俺が? 父さんと?」
あり得ない。
仲直りするとか、最早そういう次元の話ではないのだ。
すると桃花は俺の表情から察したのか、
「そうですか……」
と残念そうに呟く。
「でも……私は貴方のお父様のこと、どうしても悪い人だとは思えないです」
「はぁ? なんで……?」
「だって……私が栖鳳女学院に入学できるよう取り計らってくれたのは、あの人ですから」
「は……?」
父さんが……?
あの男がそんな1円の得にもならないことをしたなんて、俄には信じられない。
でも仮に、桃花の言っていることが本当なのだとしたら、あの男にも多少は人の心があったということなのかも知れない。
そうだとしても、あの男を見直す気には全くなれないが。
「……あぁもう、やめだやめ。アイツの話をしてたら、気分が悪くなるだけだ」
「申し訳ありません」
「別に謝らなくてもいいって。結局全部、アイツが悪いんだからさ」
そう言うと桃花は少し悲しそうな顔をしたが……残念だけど、俺は自分の考えを曲げるつもりはなかった。
「まぁ何にせよ……俺は、今の体をそこそこ気に入ってるんだ。女になるのも、悪くないかもってな」
もちろん、今までのしがらみから色々と解放された――と言う意味も含めてだ。
もっともその代わりに八千代さんとの繋がりができたりもした訳だから、完全に解放された、と言うと少し語弊があるが。
すると桃花も、俺の言葉に頷いた。
「ええ……本当に」
「何だよ? 男より女の俺の方が良いってか?」
「いえ、そういう訳ではなく……ただ単純に、朱鳥様が女性になって、栖鳳女学院に入学してくださらなければ……再会して、こうしてお話しする機会もなかったのかも知れないな、と」
「……そうかもな」
「あの、朱鳥様」
桃花が突然、改まって俺を見つめる。
「なんだよ?」
「もし許されるなら……もう一度、貴方にお仕えしても良いですか?」
真剣な表情で何を言い出すかと思えば。
「……そんなの好きにすれば良いんじゃね? だって、あの日からずっと――俺の使用人だったんだろ?」
「――……はい」
そう答える桃花は、俺たちと初めて打ち解けた、あの日と同じ表情をしていた。
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