#18「なんとか誤魔化したいようです」
「――お久しぶりです、朱鳥様」
廊下で声を掛けられ振り向くと、そこには俺の見知った顔がいた。
――
俺の幼馴染だ。
もうかれこれ10年近くは会っていなかったが、それでも面影で分かる、間違いない。
「……覚えていませんか? 小さい頃に一緒に遊んだ、桃花です」
……ほら、やっぱりそうだ。
どうやら桃花の方も、俺が天王寺朱鳥であるということに気づいているようだった。
それなら話が早い。
俺は、桃花の問いに答えようとして――、
「――……なぜ朱鳥様が、この学校にいるのですか? この学校、確か女子校だったと思うのですが……それに、その姿……」
――その言葉を聞いた瞬間、我に返った。
……あれ?
これって、桃花にバレるのまずくね?
正体がバレたら即退学――そんな八千代さんの言葉が、脳内で何度もリフレインする。
やっぱりまずいぞ、これは……。
数秒にも満たない沈黙の中で脳みそをフル回転させた俺は、やがて1つの結論に至る。
俺は困ったような表情を作りつつ、こう言った。
「桃花……? ごめんなさい、私……あなたの名前を存じ上げないのですが……どこかでお会いしましたか?」
「え……?」
この場を乗り切る方法、それは――シラを切り通すということだ。
桃花には申し訳ないと思うが仕方がない。
「恐らくですが……私を別の誰かと勘違いしてるのではないですか?」
「で、でも……そんな筈は……」
桃花は俺からの指摘に、戸惑いの表情を見せる。
「ですが……天王寺朱鳥という名前なのですよね……? そうだとすると、名前も一緒ですし……」
「ええ。確かに、私の名前は天王寺朱鳥です。ですが、私に貴女の記憶がない以上……貴女の知っているその方と、同姓同名なだけでしょう」
女性化した時に、名前を変えなかったのは俺のミスだ。
実を言うと、この学校に編入する際に、改名すると言う話もあったのだ。
だが朱鳥という名前が女性名でもある程度通用するのと、何より改名することに俺自身が強い抵抗を感じたために、結局朱鳥という名前のままでいくことに決まったのだ。
だって、いきなり名前が変わったら落ち着かないだろ?
とはいえ、確かにちょっと考えればこんな事態になることも予想できた。
こんなことになるなら、せめて知り合いと会った時の誤魔化し方くらいは考えておくべきだったかもな……。
だが、桃花に対しては、なまじ幼馴染をやっていた訳ではない。あいつの性格は俺なりに心得ているつもりだ。その場で咄嗟に誤魔化すのは難しいことではない。
「それに――」
俺は、桃花の発言を逆手に取ることにした。
「――貴女は私が女子校にいることを驚いているようでしたが……貴女の知るその方というのは、もしかして男性なのではないですか?」
「……っ!?」
俺の放った言葉に桃花は、そうですと言わんばかりのリアクションを見せる。
「やっぱり。でも見ての通り、私は女です。性別が違っている以上、別人だと考えるのが自然ではないでしょうか?」
「で、でも……女装してるだけという可能性も……」
「だったら……胸でも触って確かめていただいたらどうですか? 私が本当に……女なのかどうかを」
「え……?」
……決まったぜ。
相手にここまで強く出られたら、桃花はもう認めざるを得ない。ただの自分の勘違いだったのだと。
まさか、本当に乳を揉む訳にもいかないだろうし――。
「――……なるほど、確かに一理ありますね。では……お言葉に甘えて……」
――……ん??
今、なんて……?
桃花は両手をわきわきと動かしながら、俺の方ににじり寄ってくる。
え?
マジで?
マジで揉むの?
本気で言ってる?
だが、桃花の両手は無慈悲にも俺の両乳に接近してゆき――。
――そして指先が、俺の胸の先端に触れた。
「――んっ……」
いや、なんか凄く色っぽい声が出てしまったんですが?
しかし桃花はその声に気付かなかったのか、そのまま手を止めることなく、俺の両乳を熱心に揉みしだく。
「ね、ねぇ……ちょっとま――あっ……」
もみもみ。
「この感触……確かに、偽物ではないようですね……」
もみもみ。
「それにしても……なんという質量……羨まけしからん……」
「も、もういいでしょう……? 分かったら……早く離れて……」
「む。そうですね、ちょっとだけ名残惜しいですが……」
もみっ。
そして、ようやく離れる桃花。
ってかコイツ、最後に一揉みしなかったか……?
「確かに……女性であることは間違いないようです」
「……でしょう? 疑いが晴らせてよかった」
その代わり、何か大切なものを失った気がしないでもないが……。
「貴女が言うその方と、私が別人だと分かっていただけましたか?」
「はい。まぁ……今はそういうことにしておきましょう」
桃花は、妙に含みを持った言い方をする。
コイツ……まだ少し疑ってやがるな……。
キーンコーンカーン――。
そうこうしている間に予鈴が鳴る。
「……そろそろ次の授業ね。貴女もそろそろ行かなくてはいけないんじゃないかしら?」
「そうですね……」
桃花は俺の言葉に、少し残念そうに目を伏せる。
「では……またお会いしましょう、天王寺朱鳥様」
そしてそれだけを言って、桃花はその場を後にした。
「――……ふう」
桃花がいなくなったことを確認して、俺は大きな溜息をつく。
一応、何とか誤魔化せたな……。
それにしても、この学校に桃花が通ってるなんて、聞いてないぞ……。
あの様子だと多分これからも絡んでくるだろうし、対策を立てておかないとな……。
「……っと、取り敢えず私も教室に戻りますか――」
そして、俺はそそくさと教室に戻ったのだった。
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