#17「正体がバレてしまったようです」
周防世莉歌とテニスで勝負をしてから……はや数日。
その試合の様子は、その数日のあいだですっかり全校生徒に知れ渡ってしまったようだった。
「……聞いたよ、ねぇね。テニスで同級生をコテンパンにやっつけたんだって?」
……なんせ中等部の華恋と杠葉ちゃんまで知っているくらいだ。随分と口の軽い奴がいたものだな、と思う。
いつものように3人で登校中、華恋と杠葉ちゃんにその試合のことを根掘り葉掘り聞かれていた。
「リチャード先生から教えてもらった技まで使ったんでしょ? まったく、ねぇねは大人げないんだから……」
「いや、まぁ……あはは……」
リチャード先生っていうのは、俺にテニスを教えてくれたプロ選手のことだ。妹の華恋も一緒に習ってたので、当然彼のことは知っていた。
しょうがないだろ……あれは元々、周防世莉歌の方から喧嘩を売ってきたみたいなもんなんだから……。
ちなみに、周防さんはあれ以降、嫌がらせをしてくることが無くなった。
というかクラス内でデカい顔をしていること自体が減った。まぁ……あれだけ大口叩いておいてあんな醜態を晒したとあれば、そうなるのも仕方がないとも言えるが。
「朱鳥お姉様って、テニス上手いんですね!」
杠葉ちゃんが目を輝かせながら、俺に言った。
「うん、まぁ……そこそこね。流石にプロ選手とかには敵わないけど」
それこそ、リチャード先生に挑めば、瞬殺されるだろう。
「それでも凄いです! あぁ、見たかったなぁ……朱鳥お姉様が試合するところ……」
杠葉ちゃんはしみじみと呟く。
ちょっとだけ気恥ずかしかったが、そう言われて悪い気はしない。
気分を良くした俺は、杠葉ちゃんにこう提案した。
「良かったら……今度テニス教えてあげようか?」
「ホントですか!?」
「うん。近くに良いレンタルコートがあるのも知ってるしね」
「はい、ぜひお願いします……!」
杠葉ちゃんがぺこりと頭を下げると、それを見た華恋が、ぶーぶー文句を言い出す。
「えぇ!? なに2人で勝手に遊びに行く約束してんのさ! だったら私も混ぜてよおー!」
「……はいはい分かった分かった、3人で行こうね」
「やったぁ! 絶対だよ?」
まったく、華恋のやつときたら……もう少しだけで良いから落ち着きってもんを覚えないもんかね……。
俺が華恋に苦笑していると……その横で、杠葉ちゃんがほとんど聞こえないくらいの声で、小さく呟いた。
「――…………私は、朱鳥お姉様と2人で行きたかったのになぁ……」
……どう反応していいか分からなかったので、取り敢えず俺は、それを聞かなかったことにしたのだった。
◇◇◇
校内では、今まで以上に注目を集めるようになってしまった。
以前からも、この学校では珍しい帰国子女という肩書き――まぁ、真っ赤な嘘なのだが――と170cm超えという女子の中では高い身長のお陰で、ある程度の注目は集めていた。
だが今回の騒動によって、本格的な知名度を獲得してしまったようだった。
特に、一年生とすれ違うと――杠葉ちゃんが送ってくるものと似たような熱視線を、時折感じることがある。
俺の勘違いなら別にそれでいいのだが……どうやらそうでもないらしい。
何故かって?
だって……。
「――天王寺先輩、良かったらこれ、読んでください!」
「あ、ありがとう……」
……だって、たまにファンレターみたいなものを貰うようになってしまったからだ。
いや、嬉しいんだけどね?
俺……今、女の子だよ?
つまり、女の子同士でしょ?
それってどうなの?
いいの?
廊下でいくら考えても埒が明かない気がしたので、取り敢えずそのファンレターを持って、自分の教室へと向かう。
教室に入ると、雨宮さんが一足早く教室に到着しており、自分の席に座っていた。
……そういえば雨宮さんよりも先に着いたことって一度もないな。一体、どれくらいの時間に登校しているのだろうか。
なんて、どうでもいいことを考えつつ、俺は自分の席まで辿り着く。
「ご機嫌よう、雨宮さん」
「あ……ご機嫌よう、天王寺さん」
掛けられた声で俺のことに気付いたようで、雨宮さんは振り向いて挨拶を返した。
「すっかり有名人になっちゃって、大変だね」
「うん、まぁね……」
雨宮さんと会話しながら、俺は椅子に腰掛けた。
「今日もくる途中に、手紙貰っちゃって……」
「そうなんだ。もう中身は見たの?」
「いや、まだだけど……」
確かに、貰っておいて一度も開けないのは、流石に失礼だな。
俺はその手紙の封を切って中身を取り出し――そして、またすぐにそれを仕舞った。
「……どうしたの?」
「はは……いや、別に……やっぱり後で読もうと思って……」
「……?」
その手紙には、ウンザリする文量の文字がひしめき合っており、とても読もうという気にはなれなかった。
いや、熱量は嫌っていうほど伝わってきましたけどね?
でも俺、この子にそこまで好かれるようなことしましたかね?
俺はその手紙を丁寧に鞄に仕舞ってから、ため息混じりに呟いた。
「まぁ……いきなり人気者みたいになっちゃって、私も結構、戸惑ってるってとこかな……」
「うん、でも私も天王寺さんに夢中になる子がいること、わかる気がする」
「そう?」
「だって、脚が長くてスタイルもいいし……それに、この前のテニスの試合、凄くカッコよかったから……」
雨宮さんは、妙にモジモジしながらそう言った。
「……? ありがとう」
なんだかよく分からなかったが、取り敢えず褒められたようだったので、礼を言った。
「それに比べて、私なんて……全然天王寺さんと釣り合わないよ……」
雨宮さんは、そう俯きがちに言った。
数日間隣の席にいて分かったことだが、彼女は時々、こうやって卑屈になる時がある。
「そうかな? 私はそうは思わないけど」
俺は敢えて明るくそう答える。だが雨宮さんはすぐにそれを否定した。
「ううん……私なんて鈍臭いし、家も全然お金持ちじゃないし……」
そういえば……周防さんもそんなこと言ってたな。確か雨宮さんのこと、『貧乏人』って……。
もしかしたら、その辺りに何か事情があるのかもしれないな……。
「……まぁ、何にせよ」
俺は、独り言のように嘯いた。
「私が誰と連むかは私が決めることだから……雨宮さんが気にすることじゃないよ」
「でも……」
「私が雨宮さんといたいから一緒にいるだけ。それを止める権利なんて誰にもないってこと。……たとえそれが、雨宮さん自身でもね」
「天王寺さん……」
「だから、これからもよろしくね?」
「うん、ありがとう……」
俺の言葉に、雨宮さんはそう言って頷いたのだった。
◇◇◇
まぁ、そういう訳で……校内からの知名度が爆上がりしてしまった俺だったが……。
学院生活そのものには、そこまで支障は無いはずだった。
この学院に転入する際、八千代さんに言われたのは……たった1つだけ。
それは――学院の風紀を乱さないこと。
それについては、一応問題ないはずだ。
有名にはなってしまったが、別に何か悪いことをしたという訳ではない。
まあ……男だとバレてしまえば一発アウトだが、今のところは上手く女子の中に溶け込めていると思う。
この調子で生活していけば、何の心配もいらない――。
――そう思っていたのだ。
ある事態が、起こってしまう前までは。
俺は一つ思い違いをしていたのだ。
こんなお嬢様学校で、女になる前の知り合いに、出会うはずがないと――。
だが俺は、やがてそれが――大きな間違いだったことに気付く。
――それは、自分の教室に戻るために廊下を歩いていた、その時だった。
「――……朱鳥様」
突然、背後から声を掛けられる。
俺は最初、また下級生の子が声を掛けてきたのかと思った。
だが……よく考えてみれば、ここは2年生の教室がある廊下だ。下級生がいるはずがない。
「……天王寺朱鳥様ですよね?」
それに、彼女の声には、初対面のものとは違う親しみのようなものが感じられた。
ま、まさか――。
俺は振り向く。
そして、その振り向いた先にいたのは――、
どこか見覚えのある、ショートボブ。そして、少し垂れ目がちの、おっとりとした顔立ち。
「――お久しぶりです、朱鳥様」
その顔を見た瞬間、すぐに分かった。
……間違いない。
この子は、俺がまだ男だった頃の幼馴染――
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