#16「テニス勝負をするようです」
「周防さん、宜しければ私と――お手合わせ頂けませんか?」
俺のその申し出に、周防さんを取り囲む取り巻きの連中は俄かにざわめく。
無理もない。
周防世莉歌はこのクラスの独裁者で、今まで誰も楯突こうなんて奴はいなかった。
それも……今はテニスの授業中だ。周防世莉歌が最も得意とするテニスで喧嘩を吹っかけてくる奴がいるなんて、思いもしなかったのだろう。
……だが、これくらいじゃないといけないのだ。
調子に乗った人間の鼻っ柱を完全にへし折るには、相手の土俵に敢えて乗って、その上で完膚なきまでに叩きのめしてやるくらいじゃないと。
周防世莉歌は俺を冷たい視線で一瞥した後、こう言った。
「あら天王寺さん。貴女はあの貧乏人と一緒に、球拾いでもしていればいいのではなくて?」
貧乏人……それが誰を指しているのかは、何となく分かった。
周防さんはそれだけを言うと、俺を無視して取り巻きと打ち合いを始めようとする。
だが、俺はその背中に、こう言い放つ。
「――あら? 周防さん……まさかテニス部次期部長ともあろうお方が、負けるのが怖いのですか?」
古典的な挑発だ。
だが……周防世莉歌のような無駄にプライドの高い人間には、意外とこういった挑発が刺さるのだ。
「……今、なんと言いました?」
ほら見ろ、刺さった。
「まさかとは思いますが……貴女は今、私が負けると、そう仰いました?」
「ええ、もちろん……だって――」
そして、トドメの一撃。
俺は笑みを浮かべながら、彼女に言い放つ。
「――私の方が、確実にテニスが上手いですから」
俺の放った一言が、完全に周防世莉歌を激昂させた。
「……良いでしょう」
周防さんはそう、静かに言う。
だが――。
「そこまで言うのなら、相手をしてあげます」
――その目は確実に、俺をロックオンしていた。
◇◇◇
こうして始まった俺と周防世莉歌の試合。
クラスメイトの大半は、自分たちの練習そっちのけで、俺と周防さんのいるコートの周りに集まっていた。
先生も一緒に観戦モード。
良いのかそれで、とも思うが……俺としては、ギャラリーが増えるのはむしろ好都合だ。
最初のサービスは、俺から始まった。
この打順は、周防さんのほうから提案されたものだった。最初のサービスを簡単に明け渡すってのはつまり、まだ俺のことを舐めきっているってことだ。
……上等だ。
そっちがその気なら……俺は最初から本気で行かせてもらう。
俺はボールを頭上高くにトスアップし――、ラケットを勢い良く振り抜いた。
ラケットによって弾かれたテニスボールは、ネットを超えて鋭く周防さん側のコートへと突き刺さる――。
「――ッ!?」
――彼女が、一歩も身動きを取れぬまま。
『いきなりサービスエース……! しかもサイドラインギリギリ……』
『嘘……周防さん、全く動けてなかったように見えたけど……?』
外野が俺のサーブを見て、一気に色めき立つ。
そして俺も、周防さんに向かって挑発的な言葉を投げ掛ける。
「あら……周防さん、別にもっと本気を出してくれても構いませんよ? でないと……きっと勝負にもならないでしょうから」
「チッ……」
周防さんは忌々しく舌打ちをした。
彼女はようやく気づいたようだった。俺がテニスでも一筋縄ではいかない相手だということに。
だが俺も、残念ながらこれで終わりじゃない。
サーブ権が周防さんに渡り、今度は彼女が球を打つ。
周防さんの打った球は、直線的な軌道を描き、こちらのサービスコートの中に入ってくる。
……なるほど。
確かに良いコースだ。仮にこれを狙って打っているのであれば、大したもんだろう。
まぁ、相手が俺でなければ、の話だが。
俺は、コートに入ってきた球を、いとも簡単に打ち返してみせる。
「……ッ!!」
周防さんの顔が、分かりやすく苦悶に歪んだ。
おそらく、打ち返されるとは思っていなかったのだろう。あれだけ良いサーブを打てるのであれば、そう思うのも仕方がない。
「このッ……負けるもんですかッ……!!」
しかし、周防さんも負けじと食らいついてくる。
俺の打ったショットを周防さんがまた更に打ち返し、そこからはラリーの応酬になる。
その光景は、学校の授業のレベルを優に超えていた。
『す、凄い……』
『私……なにが起こってるのか全然分からないんですけど……』
『私も……』
ギャラリーはそのレベルの高いラリーの応酬を、固唾を飲んで見守っていた。
周防さん……大したことないだろうと思っていたが……意外とやるな。
だが……。
「……まだまだだね」
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
……実は俺はまだ、奥の手を隠し持っている。
「戯言をッ……!!」
周防さんの持つラケットに力が入る。
俺はそんな周防さんに向かって、ショットを放った。
――彼女のど真ん中目掛けて。
「――もらった!!」
周防さんの目には絶好球に見えたのだろう。彼女は自らの怒りをぶつけるように、それを撃ち返した。
周防さんの放った球は、球速を保ったままコート端を目掛けて飛んでくる。
だが俺は――その場から一歩も動かなかった。
その様子を見て価値を確信したのだろう。周防さんは高らかに叫んだ。
「終わりです、天王寺朱鳥!! ……――っ!?」
――しかし、残念ながら彼女の思い通りにはならなかった。
周防世莉歌の放った球は、緩やかに弧を描き、吸い込まれるように俺の元へと飛び込んでくる。
俺はそれを動くことなく、その場で打ち返した。
「バ、バカなっ……!」
周防さんは動揺しつつも、もう一度俺のコートに目掛けてショットを打ち込んだ。
だがそれも……、同じように俺の手元へ吸い込まれてくる。
……何度やっても同じだ。
周防さんの打った球は、その望まざるとに関わらず――すべて俺の手元に返ってくる。
その光景を見て、観戦していた女子生徒が慄くように叫んだ。
『これは、まさか……てづ――いや、天王寺ゾーン……!!』
『天王寺ゾーン?』
『ええ……打つ時に特殊な回転をかけることで、相手の打ち返した球が自分のところへ戻ってくる技よ。まさか……実在するなんて……』
――そう。
これが俺の奥の手だ。
俺のテニスの師匠が、『日本の漫画を読んでたら思い付きマシタ』とか言いながら教えてくれた技だった。
……何の漫画かって?
……師匠に聞いてくれ。
まぁ、まさか披露する機会が来るとは夢にも思わなかったけどな……。
「そ、そんな技……反則ですわ……!!」
俺の奥の手を目の当たりにして、周防さんはすっかり戦意を喪失してしまったようだった。
その後の幕切れはなんとも呆気ないもので……コースを大きく外し点を失った周防さんは、その直後立て続けにダブルフォルトをやらかし、そのままゲームセット。
敗北が確定した周防さんは、がっくりと膝をついた。
「……まさか、この私が負けるなんて……有り得ませんわ……」
『嘘……周防さんが負けた……?』
『しかも、
『天王寺さん、一体何者なの……?』
ギャラリーから驚きの声が聞こえてくる。
うん、まぁ……気分としては悪くないな。
俺は試合が終わるのと同時に、項垂れる周防世莉歌の元に歩み寄る。
そして――、膝をついて下を向く彼女の前で、手を差し伸べた。
彼女に向かって、ニコリと微笑みながら――。
「楽しい試合でしたね。またお手合わせお願いしますわ、周防さん――」
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