#11「妹の友達に好かれてしまったようです」

「――またお会い出来て嬉しいです……朱鳥お姉様」


 俺を見て微笑む黒髪ミディアムヘアの少女。


 目の前で嬉しそうに笑みをこぼす女の子を前にして俺は、どう反応して良いものかと戸惑ってしまう。

 まさか……あの時助けた子が、華恋の友達だったなんて……。世間は狭いなんてもんじゃない。


「まさか、こんなところで再会するなんて……凄い偶然ね」

 俺がそう返答すると、杠葉ゆずりはちゃんはこくりと頷く。

 

「はい……あの場で名前をお聞きした時から、もしかしてって思ってましたけど……華恋ちゃんからお姉様がいると伺った時に、絶対にそうだって……だから……」

 彼女の瞳が、うるうると揺れながら俺を捕らえる。それはさながら、恋する乙女のそれだった。


「ずっと、お会いしたかったです……朱鳥お姉様――」


 ……いや、待て。

 これもしかして、この子に好かれちゃってませんか……?


 俺はマンガやラノベの鈍感主人公とは違う。こんな態度を取られたら、流石に分かる。

 いやでもさ、この子と会うのまだ2回目だぞ? それにあんな場面に遭遇したら、誰だって助けに行くだろう。

 それだけで好きになられたとあっちゃ、コチラとしてはどうしていいのか分からんぞ。

 っていうかそれ以前に、今の俺って女な訳で……。

 

「あはは……それは、どうも……」

 俺は、なんとも歯切れの悪い相槌を返す。

 

「――あれ? もしかして2人って知り合いだったの!?」

 するとそこに、流れつつあった気まずい空気を断ち切るように、華恋が会話に割って入った。

 相変わらず空気の読めんヤツだが……今だけはグッジョブだ。


「ええと……この前、たまたま変な男にナンパされそうになってるところを助けたのよ。でも、その時はすぐ別れたから、ほぼ初めましてかな」

「へぇ〜、そんなことがあったんだ……流石ねぇねだね!」

「うん、凄くカッコよかったです!」

 感心したように言う華恋に、杠葉ちゃんは同調して大きく頷く。


 いかん……いかんぞ。

 なんか知らんが、杠葉ちゃんの中の俺が凄いことになってる気がする。


「ねぇ……杠葉ちゃん、ひとつ聞きたいんだけど」

「……はい?」

「私のことは、華恋から聞いてたんだよね?」

「はい」

「どういうふうに聞いてたの?」

「それは、もう……強くてカッコよくて優しい、自慢のお姉様です、と」


 華恋……やっぱお前のせいじゃねえか!


「ねー、私の言った通りだったでしょー!」

「うん、それどころか……華恋ちゃんが言ってたよりも、ずっと……――」


「――あー、はいはい! お話するのも良いけど、学校に遅れちゃうといけないからそろそろ行きましょうか」

 俺はとうとう気恥ずかしさに耐えられなくなって、2人を急かして歩き出す。


「はい!」

「あー、待ってよぉー!」


 2人は、先に歩き出す俺を見て、足速に付いてくる。

 そして、杠葉ちゃんが俺の横に並び立ち、俺にこう言った。


「これからよろしくお願いしますね、朱鳥お姉様――」


 そう言って微笑む杠葉ちゃんを見て、俺は不覚にも、可愛いと思ってしまったのだった。


◇◇◇


 学校までの道のりを、妹と杠葉ちゃんの3人で談笑しながら歩いていく。

 ちなみに杠葉ちゃんは――フルネームを森下杠葉もりしたゆずりはというらしい。歩きながらの会話の中で彼女から聞き出すことができた。

 他にも短い時間の中で、色々な話を聞けた。

 例えば――華恋が普段、学校でどんなキャラなのか、とか。

 ……もっとも、ほとんど俺の想像通りだったが。


 そんな感じで楽しくお話しているうちに、やがて俺たちは校門へと辿り着く。

 校門前では、数人が整列して登校してくる生徒たちに挨拶をしていた。

 どうやらあれは、生徒会の連中らしい。朝からご苦労なこって。


「……ここでお別れですね」

 杠葉ちゃんが寂しそうに言う。


 俺は高等部。華恋と杠葉ちゃんは中等部だ。入る校門は同じだが、建物は別々になっている。

 つまりここで俺と2人は別の校舎に入って行くことになる。杠葉ちゃんの言う通り、ここでお別れだ。


「……そんなにガッカリしないで? 明日も明後日も、これからいくらだってお話する時間はあるんだから」

 俺がそう言うと、杠葉ちゃんは表情を明るくする。

「そうですよね……これから、たくさんお話しできますもんね!」

「……うん、そうね」


「おーい、杠葉ちゃーん! なにやってんの、置いていくよぉー!」

 先に校門をくぐり抜けていた華恋が、遠くで杠葉ちゃんを手招きする。

「……ほら、華恋が呼んでるわよ?」

 俺がそう言うと、杠葉ちゃんは名残惜しそうに俺を見た。

「明日も……一緒に登校してくれますか?」

「うん。私なんかで良ければ」

 別に断る理由もないし、俺自身、妹がもう1人できたみたいで楽しかったのは事実だ。


 俺のその答えでようやく納得したのか、杠葉ちゃんは校門の向こうで待っている華恋の元へと駆け寄る。

 そして華恋と合流したところで、こちらに振り向く。

「それでは朱鳥お姉様……また!」

 俺はそれに応えるように、彼女に向かって手を振った。

 何というか……華恋には勿体無いくらいの良い子だな。

 

 そして、2人が見えなくなったところで、俺は

高等部の校舎に視線を移す。

「さてと……」

 俺もぼちぼち行きますか。


 だが、校門をくぐろうとしたところで――遠くから何かが聞こえてくる。

「ん……?」

 無機質な乾いた連続音。それが車のエンジン音であることは、直ぐに分かった。

 そしてそれに気づいたと同時に、1台の車が、校門前にピタッと横付けされる。

 現れたのは――、いかにも高級そうなリムジンだった。

 

 へぇー……流石はお嬢様学校だ。こういうのに乗って登校してくる奴もいるんだな……。

 物珍しさに目を奪われていると、そのリムジンから、ある女子生徒が降りてくる。

「……げっ」

 俺はその人物を見て、ギョッとした。


 降りてきた人物も、俺の存在に気付いたようで、バッチリと目が合う。


「あら……ご機嫌よう、天王寺朱鳥さん」


 リムジンから降りてきた人物は――こともあろうに、クラスメイトの周防世莉歌だった。

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