#10「妹の友達はあの子だったようです」
ジリリリ――。
聞き慣れた目覚まし時計の音が聞こえてくる。
その耳をつんざくような音と共に、俺はだんだんと眠りから覚醒する。
……だが、まだ布団から出る気にはなれない。
俺は昔から朝が苦手だった。
起き抜けのこの瞬間から、なかなか抜け出すことができないのだ。この、眠っているでも起きているでもない、朝の絶妙なまどろみの中から。
身体がふわふわと浮いているような気がして、現実と夢の区別がつかない――もしかして今起きれば、女になってしまったのが全部夢で、また男としての日常が始まるんじゃないか、なんて。
……だが、そんな愉悦のひと時を、ある存在が一瞬でぶち壊す。
「――起っきろー!! ねぇねー!!」
勢いよく部屋のドアが開け放たれたかと思うと、そこから妹の華恋が飛び出してくる。
そして俺の寝ているベッドに、何の躊躇いもなくいきなりダイブ。
――ドスンッ!!
「――ッッ!?」
一瞬にして俺の身体の上にのしかかる、華恋の全体重。あまりの衝撃に、俺の脳は一気にパニック状態になる。
「お、重いっ……」
「
……他人が寝ているベットにダイブする淑女が何処にいるんだ。
「どうでもいいから、早く降りてくれ……」
俺がそう頼むと、華恋は渋々といった感じでベッドから降りる。
「せっかく朝が苦手なねぇねのために、わざわざ起こしに来てあげたのに」
「それは非常にありがたいんだが……頼むからもっと別の方法で起こしてくれ……」
「でも、目は覚めたでしょ?」
いやまぁ……確かに、目覚めはバッチリではあるのだが……。
毎日こんな起こされ方してたら、身体が持たないぞ。
「朝ご飯食べるでしょ? お母さんがもう用意してるから」
確かに、扉の向こうから美味しそうな匂いが漂ってきている。
朝飯は必ずしっかり摂るのが、俺の男だった頃からの習慣だ。
「……分かった。着替えるから、華恋は先に行っててくれ……」
「うん!」
俺の言葉に頷き、華恋は部屋を出て行く。
俺はベッドから降りて、寝巻きをたくし上げた。
胸元の2つの起伏が、たくし上げた寝巻きに引っかかる。
……どうやら、残念ながら男には戻っていないらしかった。
着替えを済ませて食卓の前まで行くと、当然ながら華恋は既に自分の席に掛けていた。だが、自分の朝食には、まだ手をつけていない。
「……なんだ、先に食ってても良かったのに」
「今日、一緒に学校に行く約束してたでしょ? だから、ご飯も一緒に食べようと思って」
「そうか、悪いな」
どうやら華恋は、俺が一緒の学校に通うことになったのが嬉しいらしい。
だが昨日は転入初日だったということもあり、登校する時間が結局バラバラになってしまったのだ。だから今日から満を持して、一緒に登校というわけだ。
「……中等部でもさっそく噂になってたよ」
華恋は味噌汁を啜りながら言う。
「噂? 何が?」
「高等部にすごい綺麗な人が転校して来たって」
綺麗だって? この俺が?
「……まぁ、苦労して作法を覚えた甲斐はあったかな」
正直綺麗なんて言われても、ますます男から遠のく気がして、素直に喜べないが。
「いやぁ、妹としても鼻が高いよ」
「……っていうか、ずっと気になってたんだけどさ」
「ん?」
「華恋、お前って……俺が女になったことナチュラルに受け入れてるよな」
華恋は、最初こそ驚いていたが――今やあらかじめ事情を知っていた母さんよりも、俺が女になったという事実に順応している。
すると華恋は、少しだけ考えるそぶりを見せた後、こう言った。
「だって、ずっとお姉ちゃんが欲しいと思ってたから」
「さいですか……」
どうやら、大した理由はないらしい。
「――そういえば、色々バタバタしてたせいで、言うの忘れてたんだけど……」
「ん?」
「普段から一緒に登校してる友達がいるんだけど、今日、その子も一緒に行ってもいい?」
華恋の友達、となると、中等部の子か……。
「いいぞ」
別に、断る理由は何もない。
問題があるとすれば、俺が中等部の生徒を2人も侍らせているロリコンに見られかねないということだが、まぁ……そこはアレだ。
「
「おい待て――」
「ん?」
「――お前、俺のことなんて話してんだ?」
嫌な予感がしてそう聞くと、華恋は当然だと言いたげに胸を張った。
「そりゃ、もちろん――強くてカッコよくて優しい、自慢の姉です、って」
……おい。
それは本当に俺の話か?
たぶんこいつは、その杠葉ちゃんとやらに、俺のことをかなり盛って話している。俺の直感がそう言っていた。
昔からそういうところがあったが、今回もその悪癖が遺憾なく発揮されていると見て間違いないだろう。
「はぁ……」
もうどうにでもなれ。
そこまで期待値が上がってしまっていては、実際の俺を見たら幻滅してしまうかも知れない。
だが、仮に妹の友達に幻滅されたとしても、別にこれからの学院生活にはそこまで支障は無い訳で。
だったら、仕方ないと割り切るしかない。
「……ったく」
取り敢えず、誰かを待たせるというのは好きじゃない。その子が待っているというのなら、少し急ごう。
俺は自分の味噌汁を少々強引に腹の中に収めたのだった。
◇◇◇
朝食を終えた後、身支度をして、玄関へ。
……それにしても、嫌だねぇ、女ってのは。
髪の毛をセットするのにもエラい時間が掛かる。このロングヘアじゃ尚更だ。
男の頃は楽で良かった、としみじみ思う。
「ねぇね、早く早く!」
既に靴を履き終えた華恋が、玄関で俺を急かす。
ちなみに手早く朝食を済ませたことが功を奏し、例の友達との約束時間には、まだ余裕があった。
……このせっかちめ。
俺は華恋の声を聞き流しながら、自分のペースで靴を履く。
そして、ドアを開けて玄関を出た。
――その時。
心地良いそよ風が吹いて、俺の髪を撫でた。
俺は思わず、目を細めて手で髪を抑える。
それを見て、華恋が言った。
「あ! 今のねぇね、スゴいお嬢様っぽかった!」
……そりゃ、どうも。
「……行くぞ」
「うん!」
そして俺たちは、学校に向かって歩き出した。
――その途中、俺は立ち止まって誰かを待つ女の子の後ろ姿を見つける。
その子は、中等部の制服を身に纏っていた。
「あ、杠葉ちゃんだ!!」
俺と同じくその姿を見つけた華恋は、そう叫びながら、女の子に駆け寄る。
女の子のほうも華恋の声に気付いたようで、こちらに振り向く。
そして、彼女の顔を見た時――、
「あれ……あの子って――」
――俺は気付いた。
彼女と俺は……初対面じゃない。
見覚えのある黒髪ミディアムヘアをなびかせながら、彼女は俺を見て嬉しそうに微笑んだ。
「――またお会い出来て嬉しいです……朱鳥お姉様」
……そう。
華恋の友達、杠葉ちゃんは――先日俺が帰り道で助けた、あの女の子だった。
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