#9「クラスの一軍に目を付けられたようです」

 4時間目が終わって昼休みが始まると、クラスメイトの大半がが俺の席に押し寄せてきていた。


 よくもまあこぞって集まるもんだなと思ったが……だがまあ、こんな反応になってしまうのは仕方ない部分もある。

 この女子校は中高一貫校で、途中編入してくる生徒は滅多にいないらしい。さらには帰国子女というオマケ付きときたもんだから、彼女たちには俺がまるでツチノコ並みのレア生物に見えているのだろう。


 クラスメイトたちは俺を取り囲んで、どこから来たのかとか、どうしてウチの学校に来たのかとか、そんなありきたりの質問を投げかけてくる。

 だがその辺は俺も抜かりはない。あらかじめ用意しておいた予想問答をもとに、それらの質問に答えていく。

 これでも一応、それなりにこの女子校で上手くやっていこうと思ってはいるのだ。だから開幕早々、即、男だとバレて退場、なんてことは避けたい。


 そんな訳でクラスメイトたちからの質問攻めにあっている、そんな中。

 俺は隣の雨宮さんの席が何となく目に入った。雨宮さんの席は、押し寄せるクラスメイトの波に埋もれてしまっていた。ちなみに当の雨宮さんは――喧しくなるのを嫌ったのだろう、既にそこには居なかった。

 なんか悪いことしたかもな、と思う。……いや、別に俺が悪いって訳でもないんだろうけど。


 雨宮さんとも話してみたかったけど……まぁ、この生活もまだ始まったばかりだし、これから話す機会はいくらでもあるだろう。

 俺は深く気にしないことにして、取り敢えずはこの目の前の質問攻めに集中することにした。


 ――だが、そんな質問の嵐が突然、ぴたりと止む。

 ……?

 どうしたんだ……?


 俺の疑問をよそに――集まっていた女子の一角が、モーゼが海を割ったみたいに、パックリと左右に分かれた。

 そしてその中央から、生徒がひとり、ゆっくりと歩いてくる。


「――ご機嫌よう、天王寺さん」


 そう言って俺の目の前で立ち止まったのは――緩やかなパーマがかかったロングヘアの、見るからにお嬢様です、といった感じの女子だった。

 彼女は、俺を睨みつけるように見下ろした。

 その目は、まるで弱者を押さえつけるような視線だった。

 それを見て俺は……一瞬で察する。

 ああ、コイツが……このクラスの『お山の大将』なのだな、と。


「ご機嫌よう……ええと、お名前を伺っても良いかしら?」

 俺がそう問うと彼女はふん、と鼻を鳴らし、不遜な態度でこう言った。


「私は――周防世莉歌すおうせりかと申しますわ。以後、お見知り置きを」


 そして続けて言う。

「私、天王寺さんにお伝えしたいことがあったので、参りましたの」

「伝えたいこと、ですか?」

「ええ。海外ではどんな暮らしをしていたのかは存じませんが、この学校にはこの学校のルールがあるということをお伝えしたかったのですわ」

「それは……ご丁寧にありがとうございます」

 どう考えてもただの親切でないことは明らかだったが、俺は取り敢えず、彼女に向かって礼を告げる。


 それを聞いて気分を良くしたのか、周防さんは捲し立てた。

「天王寺さんは、日本には年功序列というものがあるのはご存じかしら?」

「ええ、まあ……」

 ご存じも何も、生まれも育ちも日本だからな。海外から来たと嘘をついている以上、本当のことは言えないが。


「貴女が海外でどんな暮らしをしていたのかは知りませんが、このクラスでは最も新参者だということになりますでしょう? ……ならば、新参者の天王寺さんは、元から居る私たちを敬わなければいけないと思いますの」


「……なるほど。では、具体的にはどうすれば?」


「ええ、大したことではありませんわ。貴女はただ、私が決めたことに常にYESイエスと言えばいいだけですから」

 ……つまり、黙って従えと。


「そうすれば、貴女の学院生活は保証しますわ。貴女 はここを卒業するまで、何一つ不自由なく学院生活を送れることでしょう。なんせ……財務大臣の娘と懇意になれるわけですから」


 父親をさりげなくダシに使っているあたり、小慣れてるな、と思った。

 それにしても……政治家の娘か。

 しかも大臣ときたもんだ。道理でこんなに偉ぶることが出来る訳だ。

 ちなみに天王寺家の人間は政界にも一枚噛んでいたりするのだが……いくら政治家の娘と言えど、流石に天王寺の名前にはピンときてないらしい。

 ……まぁ、だからどうしたという話だが。


「今後どのように振る舞えば良いか……貴女が賢い方なら、きっとお分かりになるはずでしょう?」

 賢いねぇ……。

 会ったばかりの癖に、よく言う。

 つまりこの娘はこう言いたいのだ。このクラスで上手くやっていきたいなら、これ以上出しゃばるなと。それが賢い選択だと。


 だが俺は、それにこう答えた。

「……そう言って頂けるのは光栄ですが、私は貴方の思っているほど賢くは御座いませんよ?」

 周防世莉歌のある種脅しとも取れる言葉に、きっぱりとNOノーを突きつける。

「私は自分の好きなように判断して行動させて頂きますから、どうかお気になさらずに」


「くっ……」

 周防さんは、思惑とは違う答えが返ってきたことに思わず歯噛みする。


 しかし彼女の、その後の判断は早かった。

 俺が一筋縄ではいかないと分かった彼女は、すぐに踵を返してその場から立ち去ろうとする。

 そして去り際、ボソッとこんなことを口走った。


「……貴女、後悔しますわよ」


 ……後悔?

 男だった頃の生活を全て捨て、最早怖いものなんてない今の俺に、今更どんな後悔が待っているというのだろうか。

 だけど、まぁ……これからどんな目に遭わせてくれるのか、せいぜい楽しみに待っておくことにしよう。

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