非文明期 3

クォ=ヨ=ムイが転生させた人間の一人に、<幕泉まくぜん直紀なおき>という者がいた。幕泉まくぜんは<地球の歴史をコピーされたエヴリネートス人の植民惑星>に生まれ、過酷なブラック労働の果てに過労死した元サラリーマンだったが、元の肉体を再現された状態で転生させられて最初に出逢ったのが、犬とも熊ともつかない謎の生き物だった。


その謎の生き物は実は<マナ代謝生物>の一種で、<トロファヌ>と呼ばれていた。トロファヌ自体は凶暴な猛獣さえ易々と退ける程度には危険な生物ではあったが、幕泉まくぜんが遭遇したのはまだ幼体こどもで、彼を親だと思ったのか、ひどく懐いてしまった。


わけもわからず見知らぬ世界に転生させられたことに途方に暮れていた幕泉まくぜんだったものの、その、一見すると愛らしくもある獣にほだされて、<牡丹>と名付けて取り敢えず一緒に過ごすこととなった。


だがこの牡丹、マナ代謝生物とはいえどほとんど獣と変わらない生物だったことで、果実などを見付けるのにはとても秀でており、幕泉まくぜんは牡丹が見付けた果実などを食べることで生き延びられ、しかも牡丹を恐れる他の獣達は寄ってこず、とても平穏な暮らしができるようになった。


前世でのブラック労働がなんだったのか?と思う程度には。


そう。彼の前世では『働かざる者食うべからず』と言われ、一人で生活するのもやっとな薄給で過酷な労働を強いられる社会だったが、こちらでは、確かに牡丹と一緒に果実を採るという作業は必要だったものの、別に飢えることもなく、危険なことも特になく、夜は牡丹と一緒に寝れば暖が取れ、あとはにわか知識であったものの枝葉で簡易なテントを作る程度のことはできたのもあって、『あの前世での暮らしは何だったのか?』と思うようになっていった。


その後、人間の集落に立ち寄った時にはトロファヌの幼体こどもを連れていたことで警戒もされたりもしたが、村を襲う猛獣を、幕泉まくぜんの指示を受けた牡丹が撃退したことで和解。村の外れに住むようになった。


この後も、牡丹の活躍により集落は獣の脅威に怯えることもなくなり、幕泉まくぜんは平穏な暮らしを得ることができ、集落の娘<リティス>と結婚、二女一男をもうけて、畑仕事に精を出し、淡々としていて変化に乏しくも穏やかな日々を過ごし、幸せな一生を過ごすことができたのだった。


こうして『よかったよかった』で終わったように思える幕泉まくぜんの一生ではあったが、それはあくまで牡丹という<強大な戦力>を味方につけていたことで集落の者達も『彼を敵に回すのは得策ではない』という打算があればこそではあった。


実は幕泉まくぜんもそのことは気付いていたものの、リティスはただ彼と彼の子を愛してくれていたので、敢えて藪をつついて蛇を出すようなこともしなかっただけでもあるのだが。


しかし、『平穏な暮らしを続けられるのも訳がある』ということを彼の一生は示していたとも言えるだろう。


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