第31話:小心者

もしかして気ぃ遣ってくれた?」


 部屋に入り、テーブルに灰皿があることに気づいた彩瀬さんは開口一番そう言った。


「貴方が重度のニコチン中毒なのはよくよく知ってますから」

「有り難い限りだね。早速吸わせてもらうよ」


 細長い指が、ラッキーストライクの箱から一本取りだしもう片方で銀色のジッポーで点火する。ゆっくりと吸い込んで煙を吐く姿は、二十代前半のオレや他の連中にはない大人の色気があって、それはオレを困らせる。


「あ、そうだ。この前は神谷くんに拉致されちゃって聞けなかったけど、オレの従兄弟のバンドどうだった?」


 二週間ほど前、レコーディングのドタキャンを食らった彩瀬さんに連れられて、彼の従兄弟がドラムを務めるバンドの初ライブに行ったのだ。彩瀬さんが楽屋に挨拶に行っている間に神谷が勝手に迎えに来て、文字通り『拉致帰宅』させられたのだが。


「……ドラマーは、年齢を考慮すれば成熟しているし、かつ伸びしろもあります。水沢タクトについては、あの三曲だけでは判断できません」


 オレは慎重に言葉を選んでいた。


「じゃあヴォーカルの子は?」


 即答できなかった。


「……不愉快。な、声でしたね」

「わお」


 彩瀬さんが驚いた声を挙げる。


「それって、いおい的には最上級の褒め言葉じゃないか。俺も同意見」

「あのシンガーがまともに歌えるようになったら対バンを申し込みたいです」

「そこまで? 漆黒の天使・谷津いおい様がそんなに言うとはね」


 言えない。あのバンドが大きく成長する前に叩いておきたい、とは。

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