第42話 42合目

エルク草をゲットした俺たちは、ティムちゃんと合流した後、再びテグの街まで戻った。


とりあえず、すぐにゲイルのおっさんの宿へと向かい依頼達成の報告をしたところ、泣かれるほど感謝されてしまった。


うーん、筋骨隆々のおっさんに泣かれてもなあ。俺はげんなりしながら、必死におっさんをなだめたのであった。


ちなみに、エルク草は実際良く効いた。長年伏せっていた奥さんが、嘘のように回復し、今では簡単な家事ならば出来るほどになっている。


とまあ、本来の目的については結構あっさりと済んだのだが、それ以外のことが大変だったのだ。


元はと言えば、冒険者ギルドに依頼達成の報告をした時に、ホワイトトロルやハーピー、そしてホワイトドラゴンを倒した事を正直に話してしまったのが失敗だった。


後で聞いたところ、どのモンスターもそう簡単に倒せるような相手ではなかったらしく、特にドラゴンについては数年に一度あるかないかのことらしい。


おかげで、一体どうやって倒したのかとか、一緒にパーティーを組まないかなどといった、冒険者たちから嵐のような質問攻め、そして勧誘にあってしまったのだ。


何でだよ・・・あんなもん只のトカゲじゃねえか・・・。


俺としては勇者ティムちゃんが全部やってくれた、という事にしたかったのだが、彼女は「自分は何もしていない」と話してしまったために、残念ながらその計画はおじゃんになってしまった。


おかげで、そんな追い駆けまわされる生活が1週間も続いたのが、やっと最近になって落ち着きを取り戻し始めた。


ふう、やれやれ。やっと普通に表を歩けるな・・・。


ただ、何やらギルドの方では俺の事を「ドラゴン落とし」などと言う二つ名で呼んでいるらしい。何でもホワイトドラゴンを墜落死させたエピソードにならってのことらしいが、本当に恥ずかしいので頼むからやめてくれ。どうもこの世界では偉業をなした人物に二つ名を付けるのが風習らしいのだが、とてもではないが元日本人の俺には慣れそうにない・・・。


「そんなこと気にしなくても良かろう。のう、ドラゴン落としよ?」


「うわあああああああああああ、やめてくれえええええええええええ」


ゲイルさんの宿屋の一室にモルテと一緒に引きこもっている俺は、彼女の言葉にベッドの上をのたうち回る。


「まあ、周りも随分落ち着いて来たようじゃし、奥方もほぼ回復しているというのじゃから良かったではないか。モンスターから剥ぎ取った素材を売ったおかげで懐も温かいしのう」


「それは、そうなんだがなあ・・・」


だが、実はもう一つだけ頭の重い問題が残っているのである。それは・・・。


「コウイチローさん! まーだ引きこもってらっしゃるんですか!」


バンッ、と無断で部屋に入って来たのは、金髪を美しく伸ばした可愛らしい女の子、シエルハちゃんである。そう、悩みの種とはまさに彼女なのであった。


「また来たのか・・・。何度言われたって、俺は山岳ネット協会の幹部になんかならないぞ?」


「ど、どうしてですか~! 伝説の竜のアギトを落としたコウイチローさんを、ただの協会員にしておく訳には行きません! 他の役員たちも同じ意見です!」


はぁー、と俺は溜め息を吐く。


最近分かったのだが、シエルハちゃんが所属する山岳ネット協会というのは、部活や趣味のサークルの集まり、などというレベルの代物ではなく、何と国家が運営する山岳機関をまとめる統括組織らしいのだ。


確かに、ただの趣味の集まりの割には資金やコネが桁違いだな、と違和感は持っていたのだが、そんなでかい組織だとは思いもしなかった。


「何度も言ってるだろ? 俺はただ山に登っていたいだけなんだ。幹部になんてなっちまったら、山に登るのに邪魔なだけだろう?」


「むむむ、それは確かにそうですが・・・けど~・・・」


泣きそうになるシエルハちゃん。


ううむ、こんな天使みたいにかわいい子に泣かれるのはつらいな。まあ、しょうがない。これも一緒に竜のアギトに登った縁という奴だ。


「分かった。それじゃあシエルハちゃん」


「は、はい! 幹部になってくれるんですか!? 今なら副協会長のポストをご用意しますよ! それで私を公私ともにサポート・・・」


「違う、違う!」


俺がすごい勢いで首を振ると、とても残念そうな表情をする。何だかいつもより落ち込み度合が深いように見えるのはなぜだろうか?


「じゃあ、何を分かって頂けたんですか?」


「幹部にはなれない。どう考えても俺みたいな新人がやるべきじゃないさ」


そんなことはっ、と言いかけるシエルハちゃんの言葉を手で遮ってから、俺は言葉を続ける。


「だが、その代わり、現地で山へ登る手伝いをしよう。登山する人にアドバイスを与えたり、時には一緒に登る仕事だ。それでどうだ?」


彼女は首を傾げて、俺の言ったことを言葉に出して繰り返す。


「現地で・・・。つまり、山を案内する人・・・。山岳の・・・ガイド、ということでしょうか?」


そうだ、と頷く俺に、シエルハちゃんはキラキラと目を輝かせ始める。


「山岳・・・ガイド、山岳ガイド!! 素晴らしいです、コウイチローさん! そういった職業は今までこの大陸にありませんでしたが、信頼できるガイドがいれば山の事故は大きく減少するでしょう!」


「まあ、今でも似たようなことはやってるんだろうが、ちゃんと免許を持ったプロが責任を持ってやる方が良いだろう。で、どうだ? 俺を山岳ガイドとして雇うか?」


「はい、もちろんです!! ではでは、コホン。この山岳ネット協会長シエルハが権限に基づき任命する。今ここに、コウイチローさんを協会認定第1号の山岳ガイドとします!」


シエルハちゃんが高らかに声を上げた。


ふう、助かった。俺みたいなガサツな人間が幹部なんてやれるはずがないからなあ。俺はただ山をやっていたいだけなんだから。


ともかく、俺はこうして、この異世界で初めての山岳ガイドとなったのであった。山岳ガイドとなった俺にこの後、どんな運命が待ち受けているのか、それは分からない。


だが、隣を見ればモルテが微笑みながらコチラを見上げていた。


いつものニヤリとした笑みではなく、赤子に笑い掛ける様な優しいものだ。


「ま、こんなに可愛らしい女神も付いてるし。大丈夫かな?」


俺のポツリと漏らしたつぶやきは誰にも聞かれることなく、わいわいとした喧騒の中に紛れてしまうのであった。



(おしまい)

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