第20話 不倫幼馴染に復讐暴露②。

 

 俺が呼びかけると、マリーはビクッと肩を揺らし、涙目で俺を見た。昔だったら庇護欲でも誘われただろうが、今はただただ嫌悪感しか覚えない。


 だって、全て偽りだったんだ。幼馴染で、俺みたいなのにも優しくて、それどころか、好きと言ってくれる、聖母みたいなマリーは。


 お前にとっちゃあ、大嫌いな俺と結婚せざるおえないからと、無理してやったことなんだろう。そういう意味では、お前も被害者なのかもしれない。


 ......そんな言い訳、通用させてたまるかよ。


 俺がお前に何をした? スラーリオみたいに、お前のことを虐めたことなどない。お前との結婚だって、俺が決めたことじゃない。俺は何もしていないんだ。


 それなのに、お前は、五年も、俺のことを好きなフリをした。俺を騙し続けた。

 そうじゃなきゃ、俺だって、お前のことを好きにならずに済んだ。ただの村を守るための、契約関係のままでいられた......裏切られた時、傷つくことなどなかったんだ。


 被害者、だと......ふざけるな。俺こそ、純然たる被害者だ。俺にのみ、復讐の権利があるんだ。


 俺はマリーへの憎悪を腹の中に溜め込んで、そのまま吐き出した。


「本当は、全部お前の意思だってのによ」


 ただでさえ緊迫した空気に、ヒビが入った音がした。


「そんなことない! すべては僕が決めたことだ!」


 マリーの代わりにウィンが怒鳴るが、間髪を容れなさすぎだ。それじゃあ焦って否定してしまっているのが丸わかりで、村人たちにも動揺が走る。

 俺はウィンを完全に無視して、マリーに怒鳴った。


「マリー、お前の方から、ウィンをそそのかしたんだろうが!! お前と結婚したら、ウィンがマイヤー・ファミリーの総長になれるってよ!!」


「違う!!!」


「その上、ウィンに処女を捧げたんだもんな!!! どうだ、気持ちよかったか!!! 夫のベッドで一晩中セックスしてよぉ!!!」


 村が丸ごと凍りついたかのような沈黙が訪れた。

 不貞は、女神ソニアが強く禁止していること。それを、村のシスター候補がやっていたとなれば、この村自体、どうなってしまうかわからない。


「......ふっ、ふざけるな!! マリーが、そんなことするわけがないだろう!!」


 静寂を破ったのは、村娘に支えられ今の今までこの状況を傍観していた村長だった。


 ほんの一瞬、罪悪感が湧いた。しかし、そんなものはすぐさまあいつらへの復讐心に飲み込まれた。


「だったらよ、村の女にでも処女膜あるか確認させろや!! それでしっかりありゃあ、俺が嘘つきだって今すぐ証明できるぞ!!! なぁウィン!!!」


 ウィンの顔に、これでもかって動揺が走る。ああ、結局変わったのはガワだけで、中身は弱っちいウィンのままなんだな。


「......そっ、そんなこと、させない」


「ああ、そうだろうな!! お前がマリーの頼みで、この村のシスターになれないよう、処女を奪ってくれって頼まれたんだもんな!!」


「......違う!! 言っただろう!! 全ての責任は僕にあると!! 僕が!!......僕が、誘ったんだ」


 嘘を貫き通せばいいのに、弱っちいウィンは、あっさりと不貞行為を認めやがった。

 一拍の沈黙のあと、一人の女が悲鳴をあげたのを皮切りに、ざわめきは喧騒に変わった。ウィンを公然と責めるものこそ現れなかったが、その分、嫌悪の視線がウィンに向けられる。あちら側のはずのミャコも「......最低」とこぼすほどだ。


 もちろん、こんなもんじゃあ満足いかない。やはりウィンの野郎は、すべての責任を負うつもりだ。そんな野郎に効く魔法の言葉を、俺は知っている。


「へぇ、お前んとこの親父、敬虔なソニア教なんだろ!! 自分の息子が、自ら婚約解消してない娘とセ◯クスしたってなったら、一体どう思うんだろうなぁ!!!」


「っ!!!」


 途端に、ウィンの偽悪的な表情が吹き飛んで、気弱な顔を真っ青にしてみせる。

 ほらみろ、こいつにとって大事なのは親父からの評価であって、マリーじゃない。


「認めろ!! お前はマリーにそそのかされて不貞したんだ!!」


 ウィンは、青い顔のままうなだれる。その沈黙こそ、俺の発言の正しさを認めていた。


「みんな、これが答えだ!! マリーは婚約解消する前に、自分のスキルを利用してウィンに抱かれた不倫女だってことだよ!!」


 そして俺は、マリーを指差し、高らかに叫んだ。


「......ふざけるな!! この売女が!!」


 ウィンが否定できないでいると、こんな声が上がった。俺じゃない。村人の中でも信仰心の強い老人だ。


 続くように、マリーに対して暴言が飛ぶ。ウィンが「静かにしろ!」と言っても、止まる気配はなかった。


 これで、こいつがどうしようもない不倫女であることを公然で証明し、恥をかかせることができた。


 これが、今の俺がこいつらにできる、最大の復讐に違いない。


「不貞行為を働いたお前たちに、ソニア様を信仰する権利なんてない!! 必ずや、ソニア様から天罰を与えられるだろう!!」


 ウィンは、苦虫を嚙みつぶしたように上品な顔を歪める。マリーは俯いて、表情こそ伺えなかったが、きっとウィンと同じような顔をしているに違いない。


「......はは、ははは」


 もはや、怒りを通り越して笑えてきた。それこそ、武春で冒険者のスキャンダルを見ている時のように、心が踊る。


「不倫するような奴らには、地獄がお似合いだ! はは、ざまぁ、ざまぁみやがれ!!」


 俺は何度も、ざまぁと叫んだ。喉が擦り切れ、血の味がせり上がってきたが、それでも叫んだ。胸のところに火が灯ったような高揚感がたまらなくって、叫びに叫んだ。


「!?!?!?」


 その時、とんでもない快感が波のように押し寄せてきた。


 まるで、新たな自分が生まれたような感覚。ほんの一瞬だったが、こいつらに対する憎しみなど忘れてしまうほどの、強烈な感覚。


 俺は口を閉ざして、自分の身体を見て回る。


 泥のように重い沈黙が訪れた。

 俺は、マリーを見る。マリーの肩はふるふると震え、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

「......さない」


 マリーが、何か呟いた。聞き取れなかったが、懺悔の言葉に違いない。


 泣き喚き、自分の不義理に対する罪悪感に苦しみ、俺にすがりついて許しを請うはずだ。


 ......そうされたら、どうしよう。ある程度、この胸の内を支配する復讐心は薄まるかもしれない。


 だが、本気で愛してしまった女は本当は俺のことが嫌いで、不貞されたことによって傷ついた心は、もう二度と戻らない。


 そう思うと、ただただ虚しくなってしまった。


「......る、さない」


 しかし、顔を上げたマリーの表情を見て、驚いた。


 気持ちのいいそよ風を浴びたような、微笑を浮かべていたのだ。


 マリーは、そのままの表情で、かちゃかちゃと音を立て、石段を降りた。


「ごめんみんな、ちょっと退いて?」


 マリーは、軽い調子でそういうと、村人たちの群れは、あまりに簡単に割れた。マントの下をよく見れば、その腰に括られているのは、俺の父親の形見の剣だ。


 まるで、自分がなんら罪も犯していないかのような、堂々とした態度。

 今の今まで、全て悪夢だったんじゃないかと思いそうになったが、瞬間、昨日の光景が脳裏に浮かんだ。


「うぷっ」


 口の中に酸っぱいものが込み上がってきて、口を抑えて身体を丸める。


 すると、俺の頭に置かれたものがあった。慣れ親しんだ、マリーのか細い手だった。


 その瞬間、マリーへの憎しみがガラガラと音を立てて瓦解していった。


 ......そうだ、マリーが、自らの意思であんなことするわけない。きっと、何か事情があったに違いないんだ。


 顔を上げると、マリーはやはり、聖母のような笑顔で俺を見ていた。俺は今すぐにでも謝ろうと、口を開いた。


「アルってほんと、どうしようもないクズだよね」


「......は?」


 しかし、俺の謝罪の言葉は、マリーに届くことはなかった。

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