第19話 不倫幼馴染に復讐暴露①。


 ......復讐、しなくちゃ。


 瞼を開くと、ギラギラと輝く太陽に目を焼かれる。どうやら、森の中の空き地で気絶したようだ。


 俺は体を起こすと、土と血の味のする唾を吐き出した。


 全身は泥にまみれ、ところどころ服が破け硬くなった血がこべりついている。靴底は破れ、足の爪が剥がれていた。


 あたりを見渡す。見覚えがあった。ここは、子供の頃剣術練習をしていた時良く使っていた場所だ......ウィンとも、よく来た。


 森の中を走り回っているうちに、結局、村の近くまで来ていたのか。


 俺は、記憶を手繰り、激痛に悲鳴をあげる身体を無視して、村へと歩き出す。

 そして、すぐにいても立ってもいられなくなり、足を引きずり走り出した。


 森を抜けると、麦畑に出た。麦をかき分け踏み荒らしながら、麦畑から這い出ると、再び走る。


 家屋の集まる中心地にやって来たが、人の気配がしない。代わりに広場の方から、ざわめきが聞こえた気がした。


 教会前の広場には、村中の村人たちが、地面から一段ほど高い石台を囲うように立っている。

 皆の視線は石台に集まり、そこに立っているのは。


「ウィン......マリー......」


 泣き叫んだせいで掠れた声で、二人の名前を呼ぶ。


 途端に、二人へのどす黒い復讐心に支配される自分を自覚した。


「みなさん、聞いてください」


 ウィンが、粛々とした態度でこう言った。

 そして、隣で自分と同じマントに身を包んだマリーの肩を抱き寄せる。


「私は、マリーさんと結婚したいと考えています」


 ウィンの宣言に、波を打つようなざわめきが起こる。村人たちは顔を見合わせ


「ちょっ、ちょっと待って! ウィンくん!」


 そんな中叫んだのは、ババアだった。


「マリーちゃんは、うちの息子と結婚してるのよ!」


「婚約破棄させます」


 皆がハッと息を飲む音が聞こえた。ババアが、「そ、そんな!」と悲鳴をあげると、ウィンは大きく手を広げて、「静かに!」と怒鳴る。

 

 そして、貴族然とした態度でこういった。


「すべては、このボールドウィン・マイヤーが決めたことです。逆らうことは許しません」


 ......こいつ、何言ってやがる。


 すべては、お前の隣の女が計画したことだろ。何、自分の責任にしようとしてんだよ。

 自分の私利私欲のために貴族権威を振り払うことに罪悪感でも抱いて、ならばせめて、全ての罪をかぶり贖罪を果たそうってか。


 ふざけんなよ。そんなもん、お前の自己満足以外の何物でもない。俺からしたら、本当の罪を誤魔化すための虚偽でしかなく、むしろ業を深めるだけだ。

 

「ウィン!!!」


 俺が怒り任せに叫ぶと、村人たちが一斉に俺の方を向いた。


 あるものは俺のボロボロの姿に目を丸くし、あるものは哀れみに満ちた目で、あるものは、自分の妻がさらわれそうな時に何をしていたんだと、目を釣り上げるものもいる。


「アルっ」


 まだ、自分が不倫女だってことがバレてないと思っているマリーは、まるで自分が囚われの姫かのように、涙目で俺を見た。

 あまりの三文芝居に、吐き気がする。俺に謝罪する気は一つもないってわけだ。


 対してウィンは、いかにも悪い貴族かのように俺を嘲笑った。


「アル、突然のことで悪いけど、君も気づいていたろう? 僕が、マリーのことを愛しているってことを。悪いけど、マリーは貰っていくよ」


「ああ、勝手にしろよ」


「......へ?」


 沈黙。多様な表情で俺を見ていた村人たちが、皆一様にポカンと口を開けた。

 

 ウィンも同様に、口をポカンと開けて間抜けヅラを晒している。


 俺からしたら当然だ。そんな不倫女なんて、こっちから願い下げだ。

 むしろそんなゴミ処理を貴族様がやってくれるなんて、ありがたい話でしかない。


 俺の狙いはただ一つ。お前たちが村を去り、俺の手の届かない存在になる前に、お前たちに復讐したいだけだ。


「そんなことより、ウィンお前、マリーを愛してる云々なんて嘘っぱちだろ」


「......え?」


 まだ理解が追いついていない様子のウィンに、二の矢を継ぐ。


「本当はお前、マリーのスキルが目当てなんだろっつってんだよ」


「っ!」


 ウィンの悪人面が崩れ、明らかな動揺が走る。

 なんの事情も知らない村人たちでも、そんなウィンの様子を見て、事実であることが気づけるだろう。


「成人の儀でマリーが手に入れた『アルス・ノア』は、剣をにぎりゃ剣聖になれるスキルだった。対して剣の才能のかけらもないお前は、血縁的に継ぐべきはずの『マイヤー・ファミリー』の総長になれなかった。だから、マリーを娶って、マリーの剣を利用し総長になろうとしているんだ」


「ぐっ......」


 これまたいかにも図星を突かれたって反応だが、それも仕方ないところだろう。


 なにせ、俺がこのことを知っているってことは、昨日の会話を盗み聞きしていた可能性が高いってことだからな。そのあとにやったことを考えたら、気が気じゃないに違いない。


「お前はマリーなんか愛してない。ただマリーを利用したいだけのクズ」


 その時、一陣の風が吹いた。気づけば俺の首元には、二本の薙刀が交差していた。


「これ以上、ウィン様に対する侮辱は許しません」


 いつの間にか俺の目の前に現れたのは、シンとミャコだ。ミャコが、冷徹な口調でそう言う。対してシンは、大欠伸だ。


 こいつらが少しでも薙刀を傾ければ、俺の首はギロチンにかけられたように吹き飛ぶだろう。


「......はっ」


 ギロチン? それじゃあまるで、俺が罪人だ。理不尽すぎて笑えてくる。


「どけよ」


 恐怖はなかった。

 俺がどうなろうが、知ったこっちゃない。俺には


「......なんですって? あなたね、劣等種のくせになんて口の聞き方」


「どけっつってんだろ!!!!!!」


 激昂から出た言葉は、村人たちを驚かせるには十分だった。鬼族二人も、目を丸くする。


「くはは、まるで獣だな」


「な、なによぉ、劣等種のくせにぃ......」


「シン! ミャコ! 辞めろ! 殺すな!」


 ウィンの命令に従って、二人は薙刀を避ける。

 そうだ、邪魔しないでくれ。俺だって本当は、ウィンのことなんてどうだっていいんだ。


 ウィンは、あくまで前座。俺のメインディッシュは、まるで自分が無関係みたいにうつむいてる、あの不倫女なんだ。


「しかしまあ、まるで被害者みたいな面構えだな、マリー」

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