第27話 冒険都市マルゼン。


 結論から言うと、グリフォンの羽は効果抜群だった。


 魔物どころか、盗賊さえも俺に寄り付くことはなく、おかげで、イスラ町までの旅は、ただただ足が棒になっただけの平穏なものだった。

 武春に乗っていた恐ろしいエピソードを覚悟していた分、少し拍子抜けするほどだ。


 一番辛かったことといえば、野宿だ。寝具はボロ切れの毛布しかなかったので、カチカチのベッドが恋しくなるくらいの寝心地だ。


 何より、人の気配のしない夜は、原初的な恐怖を感じさせる。焚き火で照らしきれない闇の先に、何かが息を潜めている気がして仕方なかった。


 そんな中、とにかく助かったのは教会だ。

 イスラまでの道中には街道村があり、そこには当然のように教会がある。


 教会があると言うことは魔物避けの結界があり、旅人に格安で寝床をも提供する。水浴びで体を清めることができ、飯も、質素だが出る。


 シスターの息子でありながら、村を出て初めて教会のありがたみを知った。


 もちろん寄付金あってのことだというのも、シスターの息子だから知っているけど。


 そして、普段ヒ○キンに買わせに行かせていた町、イスラまで、約二週間かけてたどり着いてからは、世話になっている本屋の親父に挨拶する間も無く、マルゼンに荷を運ぶ貨物船に、手伝いをするから乗せてくれないかと頼み込む。運良く三人目で人のいい船乗りに当たり、乗せてもらえることになった。


 初めての船はそりゃあもう怖くて、とんでもない船酔いに毎日苦しめられた。が、結局、俺は五体満足で冒険都市マルゼンに辿りつくことができたのだった。


 問題があったとすれば、結局ステータスは、ピクリとも変化を見せなかったこと。それと、お金の問題もある。なるだけ節約したつもりだったが、ババアから貰った巾着袋は、随分と萎んでしまった。


「......デッッッッ」


 イスラの時も驚いたが、規模が違う。

 巨人でもくぐれそうな門に見合うだけの城壁に囲まれたマルゼンは、スオラ村とは何もかもが違った。


 門から続く道は、馬車が悠々と歩を進めるだけ広く、見事に煉瓦で舗装されていて、隙間という隙間もない。


 道の両脇には簡易のテントが立ち並び、うちの村ではお目にかかれないような大きな林檎や、肉の焼けるいい匂いを垂れ流しにしている。


 思わず唾を飲んだが、ちらりと見た値段も、びっくりするくらい高い。


 そんな道を歩く人間たちも、スオラ村とは全くもって違う。鎧やら剣やら、いかにも冒険者って格好をした連中が闊歩している。やはり治安は、それなりに悪そうだ。


「にゃにゃ!? 美味しそうな林檎にゃぁ! ご主人様、買って買って!」


「おいこら、まだ食うのかよ」

 

 そして、亜人の姿も、ちらほら見える。特に獣人の姿が多い。


 鬼族ほどではないが身体能力に優れた獣人は、奴隷として人気だった。特に冒険者稼業では、強くて安い獣人は重宝されてきたんだろう。


 獣人が人間として認められてからは、獣人でも市民権を得られるようになった。あの猫の獣人は、首輪も付いていないし奴隷じゃないんだろう。


「......デッッッッッッ」


 そんな大都会の中央には、スオラ村が丸ごと収まってしまいそうな......というと言い過ぎだが、それくらい大きな広場があった。


 その広場の中央には、マイヤー家初代総長、”勇者”ステファンが使ったとされる、伝説の剣エクスカリバーを模した噴水がある。


 その噴水を挟むように建つのが冒険者ギルドと教会だ。田舎者からしたら、暴力の象徴である冒険者ギルドと教会の組み合わせは、異様に見える......いや、冒険者と聖職者の家庭に生まれた俺が言えたことではないか。


「......さて」


 俺は噴水の縁に座って脚を休めながら、これからどうしようと考える。


 予定では、マリーとウィンの悪い噂を聞いてざまぁしてやるつもりだったが、ここに来るまで、そのような噂は耳にしなかった。


 と言っても、焦ることじゃない。白昼堂々公然の場で、貴族どもの悪口を言うなんて危険をわざわざ犯す馬鹿はそうそういない。


 とすると、次に目指すべきは、酒場だ。


 スオラ村の酒場では、噂話や悪口がいつでも聞けた。酒が入って騒ぎになれば、当然口が軽くなるのだ。そんな酒場の店主は、領主のスパイなんじゃないかなんて話も出ていたが。


 ここに来るまで、一つ良さげな酒場を見つけた。いかにも冒険者って格好した男たちが真昼間から酒を飲み交わしていたのだ。


 酒の入った冒険者なんて、きっとボロボロ噂話を零すだろう。その中にマリーとウィンの話もあるに違いない。


「......よし」


 やっとざまぁできそうな感覚。高鳴る期待に突き動かされ、俺は早歩きでその”リエール酒場”へと向かった。


 リエール酒場は、変わらず活気付いている。恐る恐る木の扉を開くと、からんからんとベルが鳴った。

 酒場の娘が目ざとく俺に気づき、空いた席に導いてくれた。


「お客さん、ご注文は?」


「......とりあえず、エールを」


 正直酒なんて飲みたくなかったが、頼まないわけにもいかない。

 

 酒屋の娘はすぐになみなみ注いだエールを運んできてくれた。

 旅に疲れ切った身体に、冷たいエールは思ったより染みた。酒に頼って気分をあげる、というのも、ありかもしれないな。


「しかし、驚きだよなぁ」


 すると、隣の席の、俺の身体ほどの太さの腕を持つ男が、エールを一気に飲み干し、盛大なゲップをしたところでこう言った。


「ウィン様が、平民と結婚するとはなぁ」


「ああ、マリー様だろ?」


 ......来た。


 俺は口の中に湧き出た生唾を、エールとともに流し込む。


 きっとこれから、ウィンとマリーに対する悪口を聞けるだろう。期待感もあったが、同時に不安もよぎる。


 もし、それでもざまぁできなかったら、これから俺は、どうしたらいいんだろうか。


 背中に嫌な汗が流れる。一刻も早く酔いたくなって、俺はエールを一気飲みした。


 しかし、そんな心配は完全に無駄なものだった。


「いやぁ、ウィン様も最高の嫁さんをもらったよなぁ!」


「おうともさ!」


「......ぇ」


 声が漏れる。冒険者たちの方を見ると、二人のいかつい顔に、めいいっぱいの笑顔が広がっていた。


「やはり、元平民と言うのがいい! 我々の気持ちをわかってくれているに違いない!」


「ああ、一度生で見たが、平民相手にも聖母のような笑顔を振りまいていた! きっと人格者に違いない!」


「しかも、剣の実力も折り紙つきだ。他のマイヤー家のお抱えの剣士どもを蹴散らし、副団長の地位を掴んだんだからな。どこぞの血だけは優秀な貴族よりよどどいい!」


「間違いないな! しかもあのシンにも勝ったってんだからな! 同じ人族として胸がすくぜ! 今も遠征にいかれてるらしいが、副総長でありながら最前線で活躍されてるらしい!」


 ......そんな、馬鹿な。


 俺は、周りの席の連中を見渡す。馬鹿でかい声は店中に届いているはずだが、誰一人反論の声を上げようとしない。むしろ、声に気づいたものなど、冒険者につられて笑っている。


「いやしかし、本当に良かった! 一時期、他のマイヤーの連中が団長になるなんて話が湧き上がった時はゾッとしたもんだったが」


「今のマイヤー家はウィン様以外いかにも貴族って連中ばかりだもんなぁ。あいつらが団長になってたら、俺たち、もっと搾取されてただろうぜ」


「ウィン様ならそこんところ安心だ。なにせ、幼少期はクソ田舎で農民として育ったらしいからな。なんでもマリー様とは、そこで出会ったらしい!」


「へぇ、今時珍しい純愛じゃねぇか! やっぱり男たるもん、女は愛情で選ばなくっちゃよ!」


 ......純愛、だと?

 ......ふざけるな。


「ふざけんなよ!!!」


 気づけば、俺は叫び、木のジョッキを机に叩きつけていた。


 黄金色のエールが噴水のように飛び出し、机に降り注ぐ。アルコールの匂いが鼻について、自分が何をしたかを理解する。


「......あんだよ兄ちゃん。なんか文句あんのか」


 あまりに突然の出来事に戸惑いながらも、二人の冒険者は、俺の敵意を真っ正面から受け止めていた。

 

 俺よりも、確実に強い。喧嘩したところで即座にボコボコにされるのがオチだろう。


 いや、それ以前に、悪いのは完全に俺の方だ。人の話を盗み聞きした挙句、勝手にブチ切れてんだから。


「......いえ、すみません」


 俺は謝罪の言葉を絞り出すと、様子を見に来た娘に銅貨三枚を差し出し、すぐさま店を飛び出した。


「そんなはず、ない」


 あの冒険者が、異常なんだ。そうに、違いない。

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