第26話 追放されて、ざまぁを誓う。


 スラーリオの決定は、合理的と言えば合理的だ。

 

 マリーは、俺を逆恨みしている。そして、本気かどうか知らんが、スオラ村に重税をかけるなんて理不尽極まりないことをやろうとした女だ。


 俺が、謝ったは謝ったが、あのイカれ女なら、まだ俺を逆恨みしていたっておかしくない。


 そんな状況下で、週刊武春の発売から遅れて一週間、マリー副総長就任の知らせが、村長の元に届いたんだろう。


 つまりマリーは、こんなチンケな村、重税なんて遠回りせずとも、簡単に潰すことができるほどの権力者になったわけだ。


 そんな知らせが村に回れば、当然不安は再燃する。

 ならば、自分たちの平穏のために、マリーとの軋轢の原因を追放しておこう、という発想は、村の長ならなんら突飛なものじゃない。


 ......もちろん、合理的だからと言って、恨まないってわけじゃない。


 この際だから、村を守るためとはいえ、俺を土下座させたことは、一生忘れないでおこうと思う。

 俺がざまぁをしまくって最強になった暁には、クソババア以外の村人全員にざまぁしてみせる......。


「それでは、行ってきます」


 俺は、女神ソニア像を見上げ言った。立ち上がって、魔法陣の中央の凹みを見やる。


 もうここで、祈ることもないだろう。昔だったら清々したことだろうが、女神ソニアから寵愛を受けた今、少し困る......いや、教会なんてゴキブリみたいに湧いてくると言う。旅に出ても、祈りの場所には困らないだろう。


 ギシギシと床が軋む音に振り返ると、ババアが、ハアハア無駄にでかい乳を揺らしながら、小走りでこちらにやってきていた。


「アルくん、これ」


 そして、ババアが息を切らしながら差し出したのは、ババアの乳袋ほどの大きさの巾着袋だった。

 ジャラジャラと金属どうしがぶつかる音がしたので、硬貨が詰まっているんだろう。


 俺が巾着袋を受け取ると、ババアは「うぅ.....」と涙目で俺を見る。大方、これが今生の別れになると思っているんだろう。


 ただの若者が一人で生きていけるほど、この世界は甘くできていない。追放という処罰は、死刑を宣告する勇気のない指導者のために作られた、実質の死刑なのだ。


「うぅ、頑張って貯めたのにぃ」


「そっちかよ......」


 やっぱりこいつにもざまぁしてやろうと思いながら、俺は巾着袋を開けた。


 中身のほとんどが銅貨。しかし、大銅貨も多く見られた。


「ありがとう、助かるよ」


「......はぁぁぁ」


 ババアは落胆のため息をつく。そして「おっぱい、おっぱい揉ませてあげるからやっぱり返して! 一揉み銅貨一枚! 相場よりすごく安いから!」と俺にすがりついてきた。

 

 なんでそんなもんの相場を知っているのかは聞かずに、ナップサックに巾着を詰め込む。ずしりとした金属の重みは、かなり身体の負担になりそうだ。両替とかできるんだろうか。


 ナップサックの中には他に、グリフォンの羽に、ここら辺の地図と、食料、水の入った皮袋、『週刊武春』の神刊も入っている。もちろん、プレセアのグラビア回も含まれる。


 たとえ盗賊に襲われても、これだけは死守しなくてはいけない。

 プレセアの身体が、俺の中で一番エロい。プレセアでちゃんと興奮できるようになったとなれば、あいつらが俺に負わせた傷がマシになったと測ることができる。


 そして腰には、父親の形見の剣。しかし、今やこの剣には、それ以上の意味がある。

 この剣で、マリーは俺に穴を開けた。ならば、もし俺がマリーと戦うことになったら、やはりこの剣でマリーに穴を開けてやるべきだ。


「......じゃあな」


「......うん」


 ババアは頷くと、両手を組み、「女神ソニアのご加護があらんことを」と祈りを捧げる。

 そして、力一杯俺を抱きしめた。この時ばかりは、引き離す気はしなかった。


「それじゃあね、アルくん。元気、元気で、ね」


「......ああ」


 そして、俺は教会を出て、村の出入り口へと続く道を踏みしめる。


 結界の都合上、教会を囲うように建てたこの村では、どうやったって民家を通らざるおえない。


 もうとっくの前に、俺が追放されたことは村の皆に知れ渡っていることだろう。実質見殺しにされる俺を、あいつらはどんな目で見るだろうか。


「......ああ、そうかよ」


 心配は無用だった。いつもだったら家畜の世話に汗水垂らしている大人たちや、所狭しと村を駆け回る子供達は、見当たらない。

 民家の扉は、固く閉ざされていたが、その先で息を呑む村人たちの気配が、まざまざと感じられた。


 家屋が並ぶ地帯を抜けると、麦畑が広がる。やはり、人っ子一人いない。


 あと一ヶ月ほどで収穫時期を迎える麦は、黄金色に色づいていた。


 地道で辛い農民の仕事が報われる、唯一といってもいい瞬間。そんな時に俺がいたら楽しめないというのも、追放の理由の一つかもしれないな。


 風に揺れる黄金色を横切り、村の出入り口までたどり着いた。


 出入り口と言っても、ただ『スオラ村』と書かれた木の標識と、ちょっとした木の柵が立っているくらいのものだが。


「......ブンブン」


 その木の標識に、ヒ○キンが止まった。見送りに来てくれたみたいだ。


 俺は、一度村の方を振り返った。人っ子一人いない。


 見送りはヒ○キンのみ。すでに、スオラ村の村人と俺の関係は、完全に断ち切れたようだ。


 ......土下座させられたことは忘れないし、今やこの村には一切の愛着はない。


 しかし、それでも、生まれ育った村から追放されたという事実に、悲しみを感じないほど鈍感ではない。


 下がる口角を無理やり上げる。暗い気持ちになっちゃ駄目だ。

 むしろ、近い将来、あいつらにざまぁする時、より強烈な快感を得るための燃料になると考えればいい。


「じゃあな、ヒ○キン」


「......バーイ」


 俺はヒ○キンに別れを告げた。しかし、ヒ○キンの鳴き声を聞くと、なぜか明日の夜くらいにまた会えそうな気がした......いや、今生の別れなのだから、それはあり得ないか。毎日投稿もやってないし......毎日投稿ってなんだ?


 そして俺は、あいつらに裏切られてから一ヶ月で、やっとざまぁへの第一歩を踏み出したのだった。

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