第28話 週刊記者は鼻が利く。


 それから、何軒か酒屋を回り、ウィンとマリーの話をしている一団を見つけたが、そこで耳にするのは、二人への賛辞の言葉ばかり。


 その度、あいつらにざまぁしようとしている俺を否定されているようで、耐えきれず飛び出すを繰り返す。


 いつの間にか、なけなしの銅貨が尽きたところで、俺はやっとその自傷行為をやめた。酒場もない静かな通りを、トボトボと歩く。


 ......あいつらに対する復讐心が、俺の目を曇らせてたのか。


 冷静に考えれば、元から好感度の高いウィンと、平民のマリーが結婚したとなったら、祝福の声の方が多いに決まっている。


 マリーにしたって、見た目も良く、そして、俺を十四年間騙し続けたあの演技力がある。あいつの本性を知らない民衆は、簡単に騙されてしまうだろう。


 しかし、一つの悪口もないなんて......決闘があったこと、そしてウィンが出場しなかったことは、知れ渡っていたというのに。


 それほどまでに、この街でのウィンへの支持は確固たるものなのかもしれない。


 そして、あの計算高いクズの二人は、これからボロを出すこともないだろう。この支持率を保ったまま、世間に愛され続けるに違いない。


 ......ざまぁ心を取り戻すことは、できなかった。村を追放されたから、帰る場所もない。


 そして何より、ざまぁすべきなのかと言う疑問が、俺の双肩に重くのしかかってきていた。


 奴らは、どうしようもないクズだ。しかし、それはあくまで俺にとってのクズであって、世間にとってはそうではないということを、まざまざと見せつけられてしまった。


 俺が計画通り、奴らを地獄に突き落とせば、人々は悲しみにくれ、中には理不尽にもほどがあると怒り叫ぶものもいるだろう。


 ......ざまぁは、すべきじゃない。それは、そうなんだろう。


 でも、それでも、あいつらにざまぁしたい。あいつらにざまぁできないのなら......死んだほうが、マシだ。


 ズブズブと、足元が沈んでいく感覚。このまま頭の先まで浸かって、地中深く、地獄に落ちて行きたくなった。あいつらがヘラヘラ笑って生きていけるこの現世の方が、俺にとってはよほど地獄だ。


「んむぅっ」

  

 その時、ふよんと頭のあたりに柔らかい感触がした。

 

 ヨタヨタ後ろに後ずさり、そのまま尻餅をつく。


「おっと、失礼した。考え事をしていてね」


 顔を上げると、長身の女が身体を折り曲げ、俺に手を差し伸べて来た。


 どうやら、彼女の胸に顔をつっこんだみたいだ。

 年上相手のラッキースケベなんて憧れたもんだが、気分は全く晴れない。


「いえ、大丈夫です」


 手を借りず立ち上がると、女は特に気にした様子もなく、特徴的な丸メガネをクイっと上げた。


 格好は、ピタッとしたシャツの上に綺麗に仕立てられたベスト。

 被っているキャスケット帽には穴が空いていて、そこからピョコピョコと動くのは、麦畑を思い起こさせる、黄金色の獣耳だった。


 獣人で......記者?


「......記者?」


 疑問がつい、そのまま口から突いて出る。


 その女は、俺の不躾な態度にも気を悪くした様子も見せず、くるりと一周回って見せた。


「見ての通り、だよ。そういう君は?」


「......ああ、えっと」


 失望とアルコールで、頭が回らない。どう答えるべきか、口籠もる。

 すると女の目が、まるで獲物を狙う狼のようにぎらりと光った。


「君、何かの事件に巻き込まれた? 例えば、騙されて奴隷にさせられて、命からがら逃げ出して来た、とか」

 

 随分と具体的な質問だった。意味もわからず、俺は力なく首を横にふる。


「い、いや、ふ、普通に、田舎から出て来たところで」


「......ふむ、そうか」


 女は一気に興味を失ったようで、ただでさえ薄い瞳のハイライトを消した。

 そして、ふいっと身体を横に向ける。


「それじゃあ、気をつけ給え。ここは人の出が多いからね」


 俺も、つられて視線を横に向ける。


「......ここって」


 その三階建の建物の最上階に館名版に書かれている文字に、釘付けになった。


 武芸出版。


 あの『週刊武春』を発売している有名出版社だ。


 そして、その前に記者の女がいたのならば、そこから導き出されるのは。


「つまり、あなた、は、武春の?」


「その通り。記者は記者でも、俗にまみれた週刊記者だよ。といっても、編集長になった今、記者と呼べるほど現場に出ていないけどねぇ」


「編集、長」


 まず思ったのは、若い。うちの母親と同じくらい、いや、獣人の成長が人間より早いことを考えたら、もっと若いのかもしれない。


 あれだけのスキャンダルを掴み、今や週刊誌の中でも圧倒的な発行部数を誇る週刊武春の編集長が、こんなに若い女だったのか。


 しかし、冒険者の街に本社を構えるなんて、いつ冒険者たちに報復されるかもしれないのに......いや、むしろ冒険者が集まる場所だからこそ、か。

 その分冒険者のスキャンダルも、わんさか出てくるだろう。竜穴に入らずんば竜卵を得ず、か。


 ......待てよ!?


「ん? どうしたんだい?」


「あ、いや、なんでもないです」


 とりあえず、記者は口をつぐんだ。しかし、この場を去らないところを見ると、誤魔化せたわけではないみたいだ。


 そうだ。俺は読む側の人間だと思っていたから、トンと思いつかなかった。


 週刊武春を、利用してみてはどうか?


 要は、マリーとウィンが俺にどんな仕打ちをしたのかをタレ込んで、記事にさせる。

 そうすれば世間に、マリーとウィンを許すべきか否か、本当にこいつらが正しい人間なのかを、問うことができるのではないか? それこそ、俺がスオラ村でやったように。


 それで、世間があいつらの不貞を間違っていると感じるのなら、俺は正々堂々、笑ってあいつらにざまぁすることができる。当然、ステータスも爆上がりするはずだ。これ、名案じゃないか......。


「あっ!?」


 その時、自分のあまりの愚かさに、思わず悲鳴をあげてしまった。


 本当に、愚かだ。週刊武春こそ、ウィンを褒め称え、七貴族のスキャンダルを一切ださない忖度週刊誌じゃないか。


 そんなところにあいつとあいつの妻のスキャンダルを持ち込んだところで、握りつぶされておしまいに決まってる。


 いや、握りつぶされるだけならまだマシだ。最悪、殺される。


「なんだい、何か私に相談したいことでもあるのかな?」


 その時、記者の女はずいっと俺に詰め寄って来た。濃淡のない瞳が、その可能性が脳裏に浮かんだ今、不気味に光っているように見えた。


「......いや、それはないんですが」


 やはり、ここでウィンとマリーの話をするわけにはいかない。そう判断し、首を振る。

 しかし、女編集長は引かなかった。


「まあまあ、そう言わず、是非とも話してくれ。前途ある若者を導くのも、私たち大人の役目だからね」


「いや、だから大丈夫です!」


 腕を振り払おうとしたが、解けない。女とは思えないような力で、細い指が腕に食い込む。獣人の力だ。


 俺を見る瞳には、俺への情など一切感じなかった。身の危険を感じた俺は、あたりを見渡した。


「おや、助けを求めてもいいのかい?」


 すると、俺の思考を読んだかのように、女はそう言った。そして、空いた手を自分の胸の上に置く。


「君、私の胸に触れたじゃないか。本来衛兵に突き出されるべきは君の方じゃないかね?」


「え、い、いや、それは、前方不注意で」


「それならこうだ」


「っ!?!?!?」


 そう言うと、彼女は俺の手を自分の胸に押し付けた。ベスト越しの柔らかい感触に、全身が粟立つ。


 驚きのあまり、声も出ない。パクパクと水中から顔を出した魚のように口を開けていると、女はにこりと笑った。


「ほら、これで君はめでたく犯罪者だ。来週の特集は、性犯罪に手を染める若者への実名インタビューでもいいね」


「はぁ!?」

 

 い、言ってることが無茶苦茶だ! もしや、週刊記者が美人局をやっているなんて噂も本当なのか!?


「それが嫌なら、さぁ、行こうか!」


「ちょ、ちょっと嘘だろ!?」


 そして女は、抵抗する俺を軽々引き摺って、上機嫌に武芸出版に入っていったのだった。

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