15-2

「総員、かかれ!」

 ベルンハルト団長の声が響き渡った。低い雄叫びを上げながら、アーデルトラウト王国国王直属騎士団が一気に雪崩れ込んで来る。その背後に魔法隊が控えていた。

「な、なんだこれは……! 貴様、騙したな!」

 男が青年を睨み付ける。青年はニッと笑い、エメを抱え上げた。跳躍して大樹の枝に飛び乗ると、青年はあくまで楽しげな明るい声で言う。

「高みの見物としゃれ込みますか」

 気高い騎士たちが屈強な男たちに向かって行く。鋭い攻撃を受け止め体術を叩き込む姿を見ると、騎士隊が「ルーヴレヒト騎士団」を名乗っていた男たちより実力がはるかに上だということが目に見えていた。騎士の攻撃を受けて地面に倒れてた男に、魔法隊の体を拘束する魔法が次々とかけられていく。それを見た青年がつくづくと言った。

「殺さずに捕らえるってことね。器用なもんだなあ」

 騎士隊、総勢およそ二十余名。魔法隊、およそ十数名。勢力はルーヴレヒト騎士団と同等だが、戦力はアーデルトラウト王国国王直属騎士団、及び魔法隊のほうがはるかに上回っている。ルーヴレヒト騎士団に勝ち目はない。

「……でも」と、青年。「坊ちゃんなら、本当にユグドラシルを呼び覚ますことができるかもしれないな」

 エメは青年を見上げた。首を傾げて見せるが、青年は相変わらず笑みを浮かべているだけで何も言わない。

 ルーヴレヒト騎士団は押されていた。しかし、自ら騎士団を名乗るだけのことはある。十数人の精鋭たちが騎士の攻撃に食らいついていく。アーデルトラウト王国国王直属騎士団の騎士の攻撃は一遍通り。見切るのはそう難しいことではない。反撃を受ける騎士も少なくなかった。

 そのとき、破裂音がして青年が目を見開き首を横に逸らせた。その横を掠めるように何かが風を切る。木の表面にめり込んだそれは、銃弾のようだった。

「次は外しません!」

 凛とした声に視線を遣ると、ユリアーネがライフル銃の銃口を青年に向けて構えている。青年は顔を青くし、エメをかばうように自分の後ろに押し込む。

「いや待って! 坊ちゃんが!」

「坊ちゃまを放しなさい!」

 ユリアーネなら自分に当てずに青年だけを貫く腕があるかもしれない、とエメは思ったが、彼を撃たれるのは困る。

「……! 後ろだ!」

 鋭い青年の声に背後を見遣ったユリアーネが、反応が遅れ、迫っていた男に蹴り飛ばされた。地面に強か体を打ちつけたユリアーネに、再び男が向かって行く。すると、ユリアーネのそばに見慣れない女性が降り立った。女性が手のひらを突き出すと、鋭い風が男を吹き飛ばした。

 誰だろう、とエメは思った。いままでに会ったことのない女性だ。尖った耳を見ると、どうやらエルフらしい。

「堅いのがいるね」

 青年が呟いた。戦場に目を遣ると、多くが魔法によって捕らえられている中、まだ戦い続けている男が数名いる。複数人で掛かってもその攻撃を軽々といなしていた。

「さすが、騎士団と名乗るだけあって、それなりのやつがいるね。ま、不死身には到底敵わないけど」

 そう言う青年の視線を追うと、そこにはラースの姿があった。ラースは男たちの猛攻を受け流し、三日月蹴りを叩き込む。受け身を取り立ち上がった男が再び向かって行くが、その攻撃はラースに軽々と躱される。ラースは身を翻し内回し蹴りを男に繰り出した。

「さっすが不死身」と、青年。「惚れ惚れしちゃうね」

 ラースがエメを見遣った。それは一瞬のことで、すぐさま敵に向かって行く。戦いの最中でも周囲のことに気を配るその余裕は、ルーヴレヒト騎士団の男たちとは違う。

「でもまあ、魔法を躱すやつもいるね」

 青年の言う通り、男たちの中には魔法隊が放つ拘束の魔法から逃れる者もいる。騎士、魔法使いたちは数人の精鋭に苦戦を強いられていた。

「坊ちゃんを捕まえていた盗賊団とは、段違いだよね」

 そう言って青年は悪戯っぽく笑う。かつて自分を捕らえていた者たちのことを考えると、ぞっと背筋が凍った。

 そのときだった。

 ルーヴレヒト騎士団のひとりが強く手を振りかざした。その途端、男たちを捕らえていた拘束の魔法が解ける。動きを封じられていた男たちが、再び立ち上がる。

 騎士、魔法隊にどよめきが広がった。傷付けずに捕らえていたのが裏目に出てしまった。

「なるほど。一筋縄ではいかないってことね」

「隊長! 伝令です!」

 そんな声が聞こえて視線を下げると、ニコライがラースに駆け寄る。いつの間にかラースは木の根元まで来ていた。

「殺さず捕えれば、多少傷付けても構わないとのことです」

「わかった」

 剣を構え直すラースに、対峙していた男が顔をしかめた。

「嘗めやがって……ルーヴレヒト騎士団の実力を甘く見るなよ! お前ら全員、ぶっ殺してやる!」

 エメは思わず、青年の服を握り締めた。ここは戦場。斬り斬られが当たり前の状況なのだ。

 青年がエメを安心させるように、彼の肩に手をやった。

「エメの目の前で、そんなことできるわけないでしょう」

 冷静な声とともに、辺りが光に包まれた。声を上げる男たちが、次々と地面に伏していく。エミルの姿があった。

「無力化させればいいだけのことです」

「簡単に言わないでくださいよ」と、ニコライ。「魔法の使えない者にとって難しいことだってわかってるでしょ」

「魔法隊! 拘束の魔法をいったん放棄し、物理攻撃強化魔法を我々全員にかけるのです!」

 エミルの声に、魔法隊の一角が味方の騎士たちに手のひらを向ける。騎士たちの体を光が包み込んだ。敵の攻撃を躱した騎士が、外回し蹴りを繰り出す。敵は大きく吹き飛ばされ体を強かに地面に打ち付けそのまま倒れた。

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