15-1

 目を覚ますと、いつの間にかベッドにいた。

 確かカールたちと一緒に「ゲシュタルトの塔」に行ったはずなのだが、いつ帰って来たのだろう。しかし、帰路の途中で眠ってしまうのはよくあることだ。

 そんなことを考えながら寝返りを打ったエメは、月の光が何かに遮られていることに気が付いて顔を上げた。

「やあ、良い夜だね」

 誰かが語りかけてくる。若い男性の声だ。

 そのとき、バンッと大きな音を立てて扉が開け放たれた。

「動かないでください!」

 それはユリアーネだった。手に何か黒い物を持っている。

「きみがね」

 強く腕を引かれて驚いているうちに、エメは声の主に抱え上げられていた。ユリアーネが動きを止める。

「坊ちゃま!」

「少し借りるだけさ。すぐ帰すよ~」

 声の主はそう言って、エメを抱えたまま窓から身を乗り出す。すぐそばの木に飛び乗り、軽い身のこなしで地面に着地する。そのまま、月の光のもと駆け出した。

「エメ坊ちゃま!」

 声を上げたユリアーネが何か甲高い笛を吹く音がする。王宮中の明かりが一斉に灯された。

「ありゃ、準備がいいこと」

 快活に笑うその人物に、エメは夜の闇へと誘われた。


   *  *  *


 騎士隊、魔法隊が出撃して行く。穏やかな眠りに就いていた王宮中が、一気に戦闘態勢へと姿を変貌させた。

「動きが早いですね」

 ユリアーネのそばに降り立った人物が言った。

「クリスタ王妃殿下が、精霊が騒いでいると仰っていたそうよ。いつでも動けるように準備をしていたんでしょう」

「いかがなさいますか」

「行きますよ」

「御意」


   *  *  *

 エメはなぜか赤髪の青年の膝にいた。投げ出された右足と立てられた左足のあいだにいる。なぜこうなっているのかはわからないが、自分が誘拐されたということはわかる。

 穏やかな表情の青年とは対照的に、彼らの周りにいる男たちは殺気立っている。屈強な騎士や戦士たちだ。剣を携え、鎧を身に着けている。その総勢およそ三十余名。エメと青年を横目に見ながら、まるで襲撃に備えるように気を張っていた。その気配が肌をピリピリと刺してくる。

 エメのもとには葉が降り注いでいた。彼らが背にしている大樹から、エメの頬を撫でるようにひらひらと舞う。

「そのガキが本当に『神の申し子』なんだろうな」

 長身の男が言った。エメが首を傾げていると、青年はけらけらと笑いながら応える。

「本当だって。俺が嘘をつくと思うか?」

「…………」

 男は険しい表情のまま、青年を睨み付けている。その視線が自分に注がれると、エメは心拍が高まるのを感じた。

 青年がエメの肩に手を置く。まるで自分を安心させるようなその優しい手に、エメはとにかく呼吸を整えた。

「今日こそユグドラシルを呼び覚まし、我らルーヴレヒト騎士団を国家として認めさせるのだ……!」

 男は拳を握り締め、唸るように言う。その表情には、何か憎しみのように感じる色が湛えられていた。

「何が騎士団だよ。ただのごろつきの集まりじゃねえか」

 青年が声を低くし、男に聞こえないように呟いた。エメがうかがうように見上げると、青年はニカッと笑う。説明する気はないようだ。エメはまた首を傾げる。

「なあなあ、坊ちゃん」青年が楽しげに言う。「不死身とこいつら、どっちが勝つか賭けようぜ」

 エメは青年を睨み付けた。それはラースの二つ名だ。

「冗談、冗談。そもそも賭けになんねえよ」

 青年は明るく首を振る。

 エメの置かれている場所は、冗談を言えるような状況ではない。というのはエメの主観だが、青年はあくまで楽しげだ。こんな屈強で強面の男たちに囲まれて、なぜそこまでニコニコしていられるのか。

 ただ、自分の【癒し手】が目的なのかもしれない、とエメは考えていた。なんとなくだが、自分を捕えていた盗賊団と同じような雰囲気を覚える。「騎士団」と言っていたが、王宮の騎士団のような気高さは感じられない。

 彼らは、エメを捕えていた盗賊団のアジトのような場所ではなく広い森の中にいる。その森の中で、エメたちが背にしている大樹が特段に背が高い。ひらひらと葉が舞い落ちているが、散り尽くすことはないのだろう。

 なんとか外に状況を伝えられないかと考えるが、いま自分が置かれている状況がどういうものなのかをいまいち把握しきれていない。説明を求めるように青年を見上げても、青年はへらへらと笑っているだけだった。

 ひとつわかっていることは、男たちが「ルーヴレヒト騎士団」という一団であることだ。なんの集団なのかはわからない。エメの味方でないことだけは確かだろう。

「おい、何をぼうっとしてんだ。さっさとしろ」

 男が痺れを切らしたように言った。はいはい、と言った青年がエメの耳に口元を寄せた。青年の言葉にエメが彼を見遣ると、彼はまた明るく笑う。いまはとにかく、青年の言葉を信じるしかない。エメは静かに目を閉じた。

 熱い血潮が体内を巡る。葉がさざめく音だけが鼓動を震わせた。大樹の声が聴こえる。ただそこに在る光、掴み取るにはまだ早い。揺り起こすために手を伸ばす。そして――

 青年が甲高く指笛を吹くので、エメは意識を取り戻した。

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