6-3

 着替えを済ませたラースが詰所に戻ると、エミルが彼に歩み寄って来た。彼も冒険者のような格好をしている。

「支度できましたか?」

「お前も行くのか?」

「当然でしょう。護衛なんですから」

「お待たせっス!」

 ニコライの声に振り向いたふたりは、揃って顔を引きつらせた。言葉を失うふたりに、ニコライは首を傾げる。

「なんか変スか?」

「変も何も……」と、エミル。「なぜ女装しているのですか」

 ニコライは女性物の長いスカートを穿いている。その上、胸には詰め物を入れているようだ。おまけに長髪のかつらまで被っている。化粧もしているのか、かなり女性っぽく見える。しかし声がニコライのままなので違和感がある。

「いやー、どうせなら親子にしちゃえばもっと馴染めるかなーと思って。エミルくんがお兄ちゃんで」

「……全員が兄弟でいいと思うのですが」

「だって、先輩と坊ちゃんじゃ年が離れすぎじゃないスか」

 呆れて言葉を失うエミルにも、ニコライはへらへらと笑っている。ラースに至っては、かける言葉が見つからないと言わんばかりに顔をしかめて口を噤んでいる。

「ほら、坊ちゃんも待ってるっスよ。早く行きましょう」

 スキップし鼻歌交じりに先を行くニコライに、ラースとエミルは顔を見合わせ、深い溜め息を落とした。


   *  *  *


「お待たせっス!」

 ラースとエミルが止める間もなく、エメの部屋にニコライが入って行く。案の定、エメはきょとんとしている。誰?と言うような顔をしているので、ニコライは思わず笑った。

「ニコライっスよ~」

 エメは驚いて目を丸くし、ユリアーネは眉根を寄せる。

「なぜ女装されているのですか?」

「いや、親子にしたら違和感ないかなって」

「……兄弟ではダメだったのですか?」

「エミルくんにも同じこと言われたっス」

 ニコライがけらけらと笑うので、ユリアーネはひたいに手を当てて言葉を失った。

「坊ちゃんも可愛いカッコしてるっスね」

 エメは冒険者が身に着けるような茶色のベストを着ている。腰には短剣を携え、髪には編み込みが施されている。

「いいか」ラースがエメの肩に手を添える。「祭りはたくさんの人が来る。絶対に俺たちから離れるなよ」

 エメはこくこくと頷いた。護衛は三人いる。必ず誰かしらが彼と手をつなぐことができるだろう。

 ラースは、よし、と立ち上がりエメを抱き上げる。

「では行くか」

 四人が部屋を出て行くのを、いってらっしゃいませ、とユリアーネが頭を下げて見送った。


   *  *  *


 街には、街灯や店の旗を利用した飾りが施され、様々な屋台が端から端まで並んでいる。人混みの中を縫うように進みながら、エメは目を輝かせた。

「祭りは初めてか?」

 ラースが問いかけると、エメは興奮気味に頷く。

「毎度のことながら」と、ニコライ。「すごい人出っスね」

「外からも人が集まって来ますからね」

 さすが王都と言うべきか、他の町の祭りとは規模が違う。収穫祭はこの国の祭りの中でも一番の大規模だ。その分、人出もかなり多い。エメが自分で歩いていたら、すぐにはぐれてしまうだろう。

 準備は一週間前から始まっていたはずだ。収穫祭は民の力の入れ具合も違う。会場は熱気に包まれていた。

「あ! おーい!」

 不意に聞こえた声に、四人は声のほうを振り向く。人混みを器用に避けながら駆け寄って来るのはアランだった。

「お前らも来てたのか!」

「やあ、こんにちは」

 リカルドも彼らに歩み寄って来る。三人は辞儀をする。

 エメが地面を指差した。降りてアランのところに行きたいのだろう。ラースは躊躇した。いくらアランがとなりにいたとしても、エメでは人混みに呑まれてしまう。

「俺が手をつないでるから大丈夫だよ。いいか、エメ」

 迷っているラースに、アランが言った。ラースは少々不安を抱えながらも、そういうことなら、とエメを降ろす。嬉しそうに駆け寄るエメに、アランが手を差し出した。その手を取り、エメは明るく微笑んだ。

「仲良しですなあ」

 ニコライが茶化すように言った。言い返すために振り向いたアランが、ぎょっと目を丸くする。

「誰だ⁉」

「やだなあ。ニコライっスよ」

 へらへらと笑って見せるニコライに、アランは怪訝に眉をひそめる。なぜ女装を……とその顔が言っていた。その訝しげな視線に、ニコライは楽しげに微笑んだ。

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