6-2

 授業が終わると、エメは丁寧に辞儀をした。

「覚えが早いですね」と、エミル。「今日のところはエメにはまだ早いかと思ったんですが」

 エメが満足げに微笑むので、エミルは優しく頭を撫でた。

「何か教わりたいことはありますか?」

 エミルがそう言うと、エメは本棚から一冊を取り出して来る。本の表紙を見たエミルは、思わず首を傾げた。

「魔法書ですか。……そうですね。そろそろひとつくらい覚えてもいいかもしれないですね」

 本をぱらぱらとめくり、エミルは顎に手を当てる。

「無詠唱で……エメと相性の良い魔法……。探してみます」

 言うが早いか、エミルは部屋を出て行った。

 エメが不思議そうにラースとニコライを振り向く。

「エミルは即断即決っスからね」と、ニコライ。「考えながら行っちゃうんで、こっちの話は聞いてないんスよね」

「まあ、あいつに任せておけば間違いない。お前に合う魔法を見つけて来てくれるだろう」

「先輩って隊が違うのにエミルのこと信用してますよね」

「認めることに隊の違いなんて関係ないだろ」

「ま、そっスね。さあ、坊ちゃん。次は何しましょう」

 手を叩いて問うニコライに、エメは首を捻った。それから窓の外を指差す。中庭に行きたいということだろう。

 行きましょー、とニコライがエメの背中を押す。ラースもそれに続き、三人は中庭を目指した。

 その途中、エメが何かに気を取られて足を止める。それは依頼などが張り付けられている掲示板だった。またクエストの紙を見ているのかと思いニコライが視線をたどると、クエストの紙とは別の物を見ている。

 エメがふたりを見上げ、一枚のチラシを指差した。

「ああ、収穫祭か」と、ラース。「明後日、街で祭りが行われるんだ。もう街では準備が進んでいるんじゃないか?」

「坊ちゃん、行きたいんスか?」

 ニコライが問いかけると、エメは目を輝かせてこくこくと頷いた。期待に満ちた瞳に、ニコライはうかがうようにラースを見遣る。ラースは溜め息を落とした。

「わかった」

 祭りくらい良いだろうと思い頷いたのだが、エメは相当に嬉しいようで、両手を挙げて万歳をする。

「ただし」

 ラースが語気を強めると、エメは目を丸くした。

「街では俺たちの言い付けを聞くこと。いいな」

 約束する、と言わんばかりにこくこくと頷くエメに、よし、とラースは彼の頭を撫でる。エメは明るく微笑んだ。


   *  *  *


「さあ、坊ちゃま。せっかくのお祭りですから、うんとお洒落しませんとね。どれにいたしましょうか」

 祭り当日、エメ以上にユリアーネが気合いを入れていた。衣装ラックにずらっと並べられた服を、手に取ってエメに合わせては、これでもないこっちでもないと次々と放って行く。エメはただ半端に腕を上げていた。

「ユリアーネ」と、ラース。「気合い充分なのはわかるが」

「はい」

「あまりめかし込んでいると、貴族の子どもだと間違えられて攫われる可能性がある。普通にしてくれ」

「……そうですか」

 ユリアーネが目に見えてしょんぼりするので、励まそうとしたエメに、放っとけ、とラースは冷たく言った。

「でも」ニコライが言う。「俺たちみたいな騎士が一緒にいたら、どちらにせよ良家のお坊ちゃんなんじゃないスか?」

「では、おふたりも変装されてはいかがでしょう」

 早々に気を取り直したユリアーネが、別の服をエメに合わせながら言う。変装、とニコライが首を傾げた。

「冒険者の格好をしていたら、武器を持っていたとしても違和感がなく、騎士とはバレませんわ」

「なるほど。その案でいきましょうか、先輩」

「ああ」

 着替えて来る、とふたりは部屋を出て行く。見張りのいなくなったユリアーネが羽目を外しすぎる前に戻って来なければ、とラースはそう思った。

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