ビハインドのその先に

「よっ。久しぶりだな。今日はさ、ちょっとした報告があって来たんだ」


 太陽光を浴びて無機質に黒い光沢を放つ墓石は俺に話の続きを促すように瞬いた。


「報告ってのは二つ、まず一つ、俺高校に合格できたんだ。

 今、着てるのが制服なんだけど似合ってるだろ?」


 中学の制服にはなかった、胸元のネクタイを強調して見せつける。


 当然答えなんて返ってくるはずなんてないのだけれど、やすみは満面の笑みで頷いてくれているような気がした。『うん!カッコいいよ!』と


「そうだろ。ありがとうな。そしてもう一つの報告。

 前に、夢はあるかって聞かれた事があったよな?

 あの時はうまく答えられなかったんだけど、俺も夢をみつけられたんだ。これもやすみのおかげだな」


 きっとやすみは、『なになに?教えてよ!』と興味津々に瞳を輝かせている事だろう。


「ダメだ。今はまだ教えられないよ。

 でも、きっと、絶対に叶えるから。そして、叶えたらまた報告に来るからさ。楽しみに待っててくれよ」


『むー、意地悪ー』と頬を膨れさせて不機嫌をアピールしている姿が目に浮かぶ。



「そんな顔すんなよ。俺の夢が叶えば、やすみの願いも叶う事になるんだからさ。

 ……約束したろ?やすみの願いは俺が絶対に叶えてあげるって」


 今となっては、したかどうかすら定かではないやすみとの約束。

『やすみの願いを叶える』

 だけど、俺にとっては他に変えられない絶対的なルール。


「じゃあさ、そろそろ行くな。次来るのはいつになるかわからないけど、絶対にやすみの事を。じゃあまたな」


 最後に墓石の頭を撫でた。


 背伸びをして、むず痒い顔をしているやすみの顔が安易に想像できる。


 そして彼女は笑顔でこう言うんだ。


『うん。いつまでも待ってるから。またね』


 やすみに背を向けて斜面のように急な階段を下りだす。



 まだ、やすみには伝えなければならないことは沢山ある。


 ずっと言えなかった『ありがとう』の言葉。

 『ごめんね』じゃなくて感謝の言葉。

 一言ではとても言い現す事のできない感謝の言葉。


 でも、伝えるのは今じゃない。今もこの広大な宇宙せかいのどこかに居るやすみを見つけだして、直接語りかけるんだ。


「もういいのかい?」


 その途中、木陰になっている手水舎から、ひょっこり顔を出して声を掛けてきたのは泰明だ。


「うん。もう挨拶はすんだよ。

 悪いな待たせて」


 せっかくの休日なのに、嫌な顔一つせずこんな山奥まで付いてきてくれた親友には感謝しかない。


「そうかい。じゃあ行こうか」


「ああ。そうだな」


 泰明と肩を並べて歩き出す。

 最寄りのバス停まで三十分はかかる道のりだ。

 俺は決して振り返らない。


「なあ涼。一つ聞いてもいいかい?」


「なんだ?」



「さっき言っていた、夢ってのはなんなんだい?

 涼の夢はプロ野球選手になることじゃなかったのか?」



「なんだよ……聞いてたのかよ。悪趣味だな」


 普段なら絶対に答えない質問なのだけど、こんな山奥まで付き合ってくれた親友だ。


 今日ばっかりは特別サービスで答えてやらなければならないだろう。


「まあな。中学の時はそうだった。でも、今は違うんだ」


「うん。それで?」


「誰にも言うなよ……」


「うん。約束するよ」


「______将来はな、天文学者になって星を見つけるんだ。

 まだ誰にも見つけられていない星を。そして名前を付けるんだ。ずっとこの世の中に名前が残るように」


 泰明は感心したように頷くと、目を細めながら言ったんだ。まるで俺の答えなんてお見通しだといった感じで


「その星にはなんて名前を付けるんだい?」


 そんなの決まっている。


「それはな_____________________」

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ビハインド さいだー @tomoya1987

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