やすみの願い3
眠れずに朝を迎えた。昼を過ぎても、夕方が近づいてきても頭のなかを色々な感情がグルグルと渦巻いていた。
やすみの願いを知って俺に何ができるのか?
やすみのいないこの世界で、俺に生きる意味はあるのか?
だけどいくら考えたって、答えなんてそんな簡単に出てくるはずがなかった。
延々と自問していると、唐突に部屋の扉がノックされた。
「泰明君がきてくれたんだけど、あんた起きてるの?」
俺は返事をしなかった。
誰とも会いたく無かったんだ。だから寝ているふりをすることにして布団に潜り込んだ。
しばらくすると、母さんも諦めたのか扉の前から人の気配が消える。
もういっそこのまま眠ってしまおうかと頭から布団を被ったタイミングで部屋の扉がバタン!と強い力で開け放たれた。
こんなこと母さんはしない、ということは……
「涼。いつまで寝てるんだ?もう昼過ぎだぞ。起きたらどうなんだ?」
言うや泰明は俺から布団を引き剥がしにかかった。
無抵抗だったもんだから、ゴン!と言う音と共に俺はフローリングの上に放り出される。
当然眠ってなんていなかったから、泰明と目があった。
「なんだ、起きてたのか。それだったら返事くらいしてくれたらいいのに」
それにも俺は答えない。泰明であっても、俺は話したくなかったから。
それをどう捉えたのか、少し申し訳なさそうな顔を見せ
「……そんなにテストのでき、良くなかったのか?」
昨日の出来事のインパクトがあまりに大きすぎて、忘れていた。
そうだ。テストだ。昨日はテストだったんだ。
今となっては、俺からしてみればどうでもよいことだった。
泰明の懸案事項とは違い、むしろテストの出来は良かったくらいなのにな。
「昨日も言った事だけど、落ち込むなよ。まだ結果が出てないんだから、まだわからないじゃないか」
優しい口調で囁くと、泰明は俺に手を差しのべた。
差しのべられた手は取らない。そのまま床に転がって泰明を見ていた。
俺のそんな様子を見た泰明は、微笑んでから俺の右手を掴むと無理やりに引き起こした。
「ほら、早く顔を洗って、動きやすい服装に着替えるんだ」
抵抗する気力もなく、泰明に急かされるままに洗面台に向かい、俺の意思とは関係なく顔を洗い歯を磨き、いつもトレーニングするときに着ているジャージに着替えた。
「よし!じゃあ行くか!」
俺の着替えた姿を見て、満足そうに泰明は頷いた。
「……どこへ?」
「やっと口聞いてくれたね。ちょっとキャッチボールしないか?
最近は試験が近かったからやってなかったけど、今日から再開だろ?」
「別にいいよもう。どうでも良いんだ」
とても体を動かすような気にはなれない。やるなら泰明一人でやってほしい。
「そんなこと言うなって。練習サボってまで来てやったんだからさ」
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「ほら、早く左手にはめろ」
部屋に置いてあった俺のグローブを、無断で持ち出しただけでなく、それを俺に向かって放り投げるだけでは飽きたらず、はめるようにと催促をしてきた。
当然そんな物には従わない。
はめないでグローブを眺めていた。すると泰明は投球姿勢に入る。
フェイクではない、泰明の目が本気だった。
硬式のボールだ。あんなのが当たったらたまったもんじゃない。しかも、泰明の投げる豪速球だ。
慌てて左手にグローブをはめると、すぐに捕球体勢に入る。
次の瞬間、唸りをあげる豪速球がスパン!と心地よい音をあげて、俺のグローブの中にスッポリと収まった。
「おい!危ないだろ!」
俺の抗議に耳を貸すつもりもないらしく、泰明はグローブを胸の前に付き出して返球するように促してくる。
「流石だな涼。普通の奴なら怪我しててもおかしくない」
返球する気はなかった。でも泰明も諦める気はなかったようで、胸の前でグローブを掲げ続けた。
泰明にしては珍しく、全く聞き耳を持たない。
仕方なく俺が折れた。
本当はキャッチボールなんてしたくないんだと意思表示をするために、女の子が放ったような山なりのボールで答えた。
「おいおい!お前はそんなもんじゃないだろ!もっとシャキッとしろよ!」
言いながら次に泰明が放った玉も一球目と違わぬ制度の豪速球だった。
それにも山なりのボールで返して________と何度か繰り返しているうちに、一方的に俺だけが痛め付けられているような気がしてなんだか腹が立ってきた。
だから、足場を整えて大きく振りかぶると泰明目掛けて全力の玉を投げ込んだ。
パン!と乾いた音が辺りに響き渡る。
「いててて……急に本気で投げるのはずるいぞ!
せめて予告してからにしろよっ!」
言い終えると同時に、泰明は今日一番の速球を投げ返してくる。
なんかそれにまた腹が立って投げ返してと幾度も繰り返しているうちに、だんだんとボールが見えづらくなってきた。
気がつけば奥羽山脈の向こう側に、太陽が沈もうとしている。
「ここまでだね。ラスト!」
言って泰明はしゃがみ、キャッチャーの捕球姿勢をとる。
やすみの為に草野球の試合をした以来の、全力投球だった。
スパン!
快音を響かせて、泰明のグラブに白球が収まる。
「どうだい、少しはスッキリしたかい?」
「さあな」
まるで泰明の思惑通りに事が運んだ事を認めたくなくて、適当に誤魔化したのだけど、不思議と体も心もスッキリしていた。
「おいおい。素直じゃないね」
泰明は歩み寄ってくるとグローブで俺の胸を小突いた。
「じゃあ、帰ろうぜ」
「ああ」
振り返り、見上げた空には一番星が輝いていた。
「そういえばさ、この前人は死んだら星になるかった聞かれたよな?」
「あっ、ああ。聞いたな」
あの時の泰明の答え……それは、そういう考え方もある。と少し否定的な物だった。
なぜこのタイミングでそれをまた持ち出すのか、泰明は知らないといえど俺にとどめをさしたいのか?
泰明はまだ星が浮かび上がってない群青色の空を見上げ言った
「なると思う、いや、絶対になる。
それで永遠に生き続けるんだよ。きっと……」
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