5-6

 どれくらいそうしていただろう。時間の感覚、寒さで手の感覚が無くなる程の時間が流れた。


 一通り泣いて、少しは冷静さを取り戻したのだけど、家に帰りたくなくて、なんとなく自宅近くのグラウンドのベンチでぼんやりと空を眺めていた。


 

 

「涼、探したぞ。どこ、ほっつき歩いてたんだよ。携帯の電源も切ってるし」


 声のした方に視線を向ける。

 不意に声をかけてきたのは泰明だった。

 息を切らせて、顔を真っ赤にして。


「……」


 俺は何も答えなかった。

 それなのに知ったような口で泰明は続ける。


「……あんまりできが良くなかったのか……?

 ……まだ、合格発表された訳じゃないんだから、そう落ち込むなって。二次募集もあるだろうしさ」


 一瞬何のことを言っているのか、理解が追い付かなかった。


 ________そうか。そうだったな。

 俺は今日、受験で、その帰りにやすみ母から連絡が来て……


「だから、帰るぞ。母ちゃんも心配してる」


 引き起こそうと、右手を差し出してきた。

 俺はその手を掴まない。


「なあ、泰明。人ってさ、死んだらどうなると思う?

 よく、星になるとか言うけど実際の所はどうなんだろうな?」


 俺の視線に釣られて泰明も夜空を見上げるが、あいにく星は一つも出てない。


「……やっと口を開いたと思ったら、急に何を言い出すんだよ。

 うーん。人が、死んだら……ね」


 出していた手を引っ込め、顎に当てると少し考えるような仕草を見せ


「……何も残らないんじゃないか?死んだらそれでおしまいだろ。

 でも、星になる。そう思うのはロマンティックでいいかもね」


 ロマンティック。それは現にあり得ないと言われたのと道義だった。

 悲しいけれど、そんな事はあり得ない。

 夜空を見上げても、星になったやすみはいない。

 もう、この世のどこにもやすみはいないんだ。

 非情だけど、それが現実なのだと。



「そうだよな。やっぱりそうなんだよな。はははは、はははは」


 悲しいのに、俺は笑っていた。


 笑っているのに、頬を雫がつたう。


 笑いながら俺は泣いていた。自分の感情すらもちぐはぐだった。


 そんな俺の異様な態度に、泰明は一瞬たじろぐような仕草を見せたのだけれど


「こんなもんしかないけど、使うか?」


 首に巻かれていた黒いマフラーを差し出してきた。


 受け取らなかったのだけど、泰明は俺の顔に無理やりマフラーを押し付け


「何があったのか知らないけど、俺で良ければいつでも話聞くからさ」


「________」


 何も言えなかった。だけど、マフラーはありがたく使わせてもらった。


 俺が泣き止んだ時には、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていて、とてもそのまま返せるような状態じゃなかった。


「あーあ。洗って返せよ」

 泰明はいつもの調子で冗談めかしてそう言った。釣られて俺も笑ってしまった。


「とりあえず、顔洗って帰ろう。涼の母ちゃんも心配してたからさ」

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