5-5
やすみ母が運転する車が走り去っていくのを見送ってから空を見上げた。
今日は生憎の曇り空で、やすみと二人でよく見上げた星々達の輝きを拝む事はできそうもない。
やすみ母は家まで送るといってくれたのだけど、断った。
憔悴しきっているやすみ母を見ているのが辛かったってのもあったのだけれど、自らの心の整理をしたいってのもあった。
やすみ母は逡巡を見せ、唇を、肩を、震わせながら絞り出すように言った『美優紀は亡くなった』と
やすみ母の言う事がとても現実だとは思えなくて、どう反応していいものなのかわからなかった。
だから俺はやすみ母が話すのを黙って聞いた。
やすみ母は次第に涙を流し、たどたどしくもやすみが亡くなった状況、俺の試験が終わるまでは報告を控えてくれていた事、そして葬儀は既に終わっている事を伝えてくれた。
ここまで聞いて俺はようやく口を開いた。
「ありがとうございました」
そう、一言だけ告げた。
俺のお礼の言葉を聞いて、やすみ母は崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏すと周りの目も憚らずに泣いた。
俺はただ黙ってそれを見ているしかできなくて……
もしかしたら俺は最低の人間なのかもしれない。
やすみが亡くなったという現実を突き付けられても泣くことは無かったし、悲しくもなかった。
やすみは自殺しようとしていた俺に手を差しのべ、生きられる人間には生きる義務があるということを教えてくれた。
他にも人と人との繋がりは尊いということ。
人は一人では生きられないということ。
人は支え合う事ができるという事。
__________そして、人が恋をするのは素晴らしいという事。
こんなにたくさんの事を教えてくれた。
そんな恩人の訃報を聞かされたのに、全く心が動かなかったんだから。
やすみ母が泣き止むのを待って、ファミレスを出る提案をした。
やすみ母は顔を上げてこう言ったんだ
『うん。……涼くんは強いだね。おばさん安心したよ』って
俺は強くなんてないのに。強いのはやすみだ。
結局やすみ母も俺も、コーヒーにはほとんど手をつけずに店を出た。
『心の整理がついたらでいいから、美優紀に、やすみにお別れの挨拶をしに来てね』
走り去る直前、そんな事を言われた。
『わかりました』
そう返事はしたのだけれど、果たして俺に、そんな事をする権利はあるのだろうか?
やすみからの連絡をあんなに心待ちにしていたはずなのに今は、興味が全く失せてしまったのかと思うほど、なんの感情も浮かんで来ないのだ。
「……ごめんな。やすみ」
もう当人には届く事のない言葉を呟いてから、家に向けて歩きだした。
ファミレスから家までは、歩けば結構な時間はかかるものの、国道沿いをまっすぐに歩いて行けば特別な事がない限り、四十分ほどで辿り着けるはずだ。
国道は港から都会へ向けて、ひっきりなしにトラックが通りすぎていく。
以前、自転車でやすみを後ろに乗せて走った時、トラックに轢かれそうになってクラクショを鳴らされた事があったけ。
今となっては半年以上前の事だけど、今でも鮮明に思い出せる。驚いたやすみの叫び声、しがみついてきた感触を。
楽しかったよな……やすみはどうだったんだろう……
しかし、今となっては答えを導きだす事はすべはないんだ……
そう理解した瞬間に、胸がきゅっとキツく締め上げられた。
「会いたいよ。やすみ……」
また一緒に花火を見ようと約束をしたじゃないか。
キャンプにも行こうって言ったじゃないか。
何度だって、同じプラネタリウムの映像を繰り返し観るから。
また興味のない星の名前を教えてよ。
まだ全部教わってない。やすみ以外、誰に聞けばいいんだよ……
それなのにやすみは……
急激に押し寄せてきた現実が俺を押し潰す。
もう立っている事は出来ない。
そのまま沿道にへたり込んで、大声をあげて泣いた。周囲の目なんて気にしないで泣いた。
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