4-4

「じゃ、じゃーん!到着!」


 普段よりも割合いテンションの高いやすみが、俺の手を引いて目的地に到着したと告げた。


 しかし、俺の目にはまだ何も見えていない。


『せっかくだから目の前に到着するまでわからない方が楽しめるよね』と、アイマスク変わりにヘアバンドで視界を塞がれて、おっかなびっくり車を停めた位置から歩いてきた。


 周囲から人の気配がすることと、地面に石などが転がっていない事から、舗装されている道、そして山奥などではないと推測できる。


「では、ラストチャンスです!さあ、ここはどこでしょう!?」


 ハイテンションなやすみは俺から手を離すとハキハキと問いかける。


「そんなこと言われても、皆目見当つかないな」


「むー、それでも良いからなにか答えてよー。答えてくれないと次の上映時間に間に合わなくなっちゃうー」


 ん?……上映時間に間に合わなくなる?それはかなりのヒントなのではないだろうか。


 むしろひとつしか答えが思い浮かばない。


 いや、むしろかなり自信がある。


「やすみ。最後の最後で墓穴を掘ったな。今のは答えを言ったようなもんだぞ?」


「んー、そうかな?……じゃあ、賞品がないと盛り上がらないだろうし、今日の昼御飯賭ける?」


「あーいいだろう。答えは________」


 百パーセント勝ちを確信した俺はもちろん勝負に乗った。


 ……そして見事、昼御飯をやすみに献上することになったのであった。


 __________________________________________



 入場券を買い場内に侵入すると、度肝を抜かれる巨大な惑星の模型に迎え入れられた。


 それも一つではない。

 俺達が住む星、地球を含む惑星八つが天井から吊るされて浮いている。


「うわぁー凄いね、凄いね。一度で良いから来てみたかったんだ!プラネタリウム!」


 大きく口を開けて天井を見上げるその姿は少し間抜けだ。

 等の本人は他人にどうみられているのかまったく気にならないようだけど。


「プラネタリウムなんて来る必要あったか?

 まあ、やすみが来たかったってんなら別に良いんだけどさ」


 いつも病院の屋上で、夜通し話したキャンプ場で、嫌と言うほど星空はいつも見ているのだ。


 都会の空は星が見えないと聞いたことがある。


 しかし俺達の住むこの田舎町では、肉眼でも数えきれない程の星を見ることができる。


 そんなに星に詳しくない俺には、地上から見える全体の何%程見えているのかはわからないけど。



「甘い。甘すぎるよ」


 人差し指を立てて、チッチッチッと指を振るやすみ。


「甘いってなにが甘いのさ?」



「涼君はさ、どこに住んでいるの?」


「どこに住んでいるか?東北の田舎町だけど?って、やすみもそうだろ?」


「じゃあ、その東北の田舎町はどこにあるのかな?」


「えっ?それは日本だろ?」


「じゃあ、その日本はどこにある?」


 最早、やすみがなにを言いたいのかまったくわからない。

 日本がどこにあるか?


「そんなのアジアで、地球に決まってる。もっと言えば宇宙とか?」


「あー、そこまではいかないよ。

 地球の日本はあるかな?」


 地球のどこに?


「それはどういう意味だ?なぞなぞか?」


 やすみはほっぺたをプクゥと膨らませて、すぐにその貯まった息を吐き出し不服そうに言ったのだ。


「むー、なぞなぞじゃないよ。……聞いたことない?北半球、南半球って」


 あー、言われてみれば中学の理科の授業かなんかで聞いた覚えがある。

 しかしだ、それがプラネタリウムに来る事と、どんな関係があるのか俺にはさっぱりわからない。


 何も答えずにいると呆れたのか、粘り着くような視線をこちらに向けて諭すように


「あのさ。地球って丸いでしょ?」


「そうだな。そのくらいは俺でも知ってる」


「丸は丸でも、地球って球体じゃない?その上に私達は立って星を見てる」


「ああ、そうだな」


「と言う事はね、私達が空を見上げた時に、球体なのが仇になって、死角ができちゃうの。

 それは地上からじゃ実感できないものなんだけどね。

 結果、北半球からしか見えない正座もあれば。南半球からしか見えない正座もあるの」


「ん……という事はだ________」


 やすみの言いたい事が難しすぎて、とっさに全て理解することはできない。

 だけど、要約すれば


「見たことない星が見たいって事か?」


「うーん。まあ、それだけじゃないんだけど。だいたいそんなところだよ」


 星を眺める趣味がない俺にはわからない事だけれど、やすみがやりたい事なら反対する必要もない。


「よくわからないけど、納得はしたよ。で、何時からなんだ次の上映は?」


 俺の問を受けて、ポシェットから携帯を取り出し画面を見るや……


「あー!!こんなことしてる場合じゃなかった!!あと三分で始まっちゃう!!涼君、急ぐよ!!」


 言うややすみは早足で歩き出した。


 小さな体の割には大きな歩幅で。

 置いて行かれないようにと、やすみの後を追って行くと、急にやすみはピタリと足を止める。


「おっとと。危ないぞ」


 やすみにぶつかりそうになりながらも、急ブレーキをかけてなんとかすんでの所で止まる。


 やすみは何かに目を奪われていた。


 壁に貼られた一枚のポスター。


 立ち止まったやすみの横へ並び、やすみの興味を引いた掲示物へと目を向ける。


「『星と宇宙、まだ見ぬ星々を求めて』ってなんだこれ?」


 やすみは掲示物に視線を向けたまま、


「ここのプラネタリウムはね、天文台も併設されているの。

 むしろ、こっちのプラネタリウムがおまけみたいなものね」



「天文台……ってなんだ?」


 やすみの答えは俺の質問に対する答えとしてはまだ足りない。


「大きな望遠鏡があるの。地上からでも星とか、惑星とか宇宙を観測することができる設備が」


「ふーん。そうなんだ。凄いな。やっぱりそういうの興味あるんだな」


「うん。もちろん望遠鏡には興味あるよ。

 でもね、このイベントがいいなと思ったの」


 言いながらやすみが指を指すのは掲示物のタイトルの下の文章。

 つられてやすみの指先の文章を目で追った。


「『みんなで星を探そう。名前を付けよう!』ってなんだこれ?」


「宇宙にはね、今も星が誕生してるの、遠すぎて見つけられない星もある。

 それを探そうってイベントみたい」



「ふーん。そうなんだ。じゃあ名前を付けようってのは?」



「一番最初に星を見つけた人には、星に名前を付ける権利があるの。

 ……色々、条件はあるんだけどね」


「なるほど。それをこの天文台でやろうってイベントなんだな。でもさ……」


 少し含みを持たせた言い方が気になるけれど、そのイベントに興味を示すと言う事は


「……見つけて付けたい名前があるのか?」


 ほんの一瞬逡巡するように口をパクパクと動かしたのたけれど、口を一文字に引き結び直し、こちら振り返ると不器用に左目をウインクさせながら言ったのだ。


「んー。秘密」


「なんだよそれ。気になるじゃん」


「ダーメ。これだけは秘密」


 ここまで頑ななやすみも珍しい。聞き出すのは難しそうだ。


「そうか。なら仕方ないな。

 ……だったらさ、参加するか?そのイベントに」


「それは無理だよ。ほら」


 やすみが指指すのは日付。

 八月十五日。ポスターに書かれた日付は一ヶ月ほど前だったのだ。


「あー、もう過ぎてんのか」


「そういう事。……って、あー!!上映時間!!走るよ!涼君!」


 言うや、やすみは走り出した。


「おい。走るなよ!」


 俺の心配する声なんてやすみには届いていない。


「ったく、しょうがないな……待てよ」


 彗星の如く駆け抜けるやすみの背中を追って俺も走り出した。

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