4-3

 約束の時間ぴったりに、グレーのセダンはやってきた。


「涼君ー、お待たせ」


 やすみ母は、運転席の窓を開くとこちらに優雅にヒラヒラと手を振った。


「あー、もう!お母さんはいいから!」


 後部座席から母親に抗議するやすみの表情は、口調に対しては柔らかい。


 そして、後部座席の扉を開き手招きをしながら自分の横の席を、掌で軽く叩き示した。


「涼君はこっちね」


「えー、涼君はお母さんの隣よね?」


 やすみの角度からは見えないだろうけど、小さく舌を出してウインク、冗談だと言うことは俺からは丸見えだった。


「遠慮しておきます。お姫様のご機嫌をそこねると後が怖いんで」


 それにしてもこの親子似ている。やすみもイタズラをした後、よくこんな仕草をしているのだ。ここ数ヵ月間で何度見せられた事か。


 なんて一人感傷に浸っていると、やすみはニコニコとした笑顔を崩さずに不満を漏らす。しかし心にも無い事は火を見るより明らかだ。



「はー、なにそれー?」


「はいはい。じゃあ、お話の続きは車の中でして貰う事にして涼君、乗ってもらえるかな?」


「わかりました。失礼します」


 断りをいれてから後部座席、やすみの隣へと乗り込む。


 そして俺がシートベルトを閉めた事を確認したやすみ母は、車を発進させた。


「で、まだ聞いてなかったけど、今日はどこに行くんだ?」


「あららー、まだ話してなかったの?

 うーん。そうね、じゃあクイズ形式にしましょうか」


 やすみに聞いたつもりだったのだけど、先に答えたのはやすみ母だった。しかも簡単には目的地を教えてくれるつもりはないらしい。


 やすみはどうなのかと視線を向けると、ニヤニヤとした表情を貼り付けて「お母さん、それ名案!」と賛同。


「さあ、なんでしょう?」


 無邪気な笑顔でそんな事言われても


「ノーヒントじゃわかんないよ。せめてなんかヒントをくれ」



「うーん、ヒントかー。そうだね……結構遠くだよ。ね、お母さん?」


 遠くか……少し考えようとしてやめた。あまりにもヒントがザックリとしすぎている。


「そうね。車で、一時間ちょっとって所ね」


「あの、もっと抽象的なヒント貰えないですか?遠くだけじゃ選択肢が多すぎますよ」


 やすみに同調するやすみ母に抗議するように視線を向けると、ルームミラー越しに目があう。


 再度イタズラ成功と舌を出して、少女のように微笑んで視線を外された。


「それもそうだね……じゃあ、次のヒントは私!」


 そう言いながらやすみは、自分の体を得意げに指差した。


「なんだよそれ?それもヒントになってなくない?ヒントってのはさ、もっとこう具体的にしてくれないと」


「うーん。結構具体的だよ?それにさ、まだまだ先は長いんだから、ゆっくり行こうよ」


 まあ、それもそうか。

 ここで特大のヒントを貰ったとして、それで正解しても場がしらけるだけかもしれないしな。


「わかった。じゃあ、少し考えてみるよ」


「うん!そのいきだよ!涼君」


 両手を握りこんで顔の前に構える頑張れのポーズだ。


 仕方ないから少し考えてみよう。やすみと言えばなんだろう?

 やっぱり星、天体だろう。

 しかし、今日の天気予報は晴れのち雨だった。

 降水確率は八十%、十二時を境にじょじょに天気は下り坂と依波いなみちゃんが言っていた。



 天体を趣味にしている人間が、天気予報を見ないとは思えない。


 そうなってくると、星を見に行くというせんは消える。第一に真っ昼間だから見えるはずもないしな。


「あー、ダメだ、わからん」


 そもそもが少なすぎるヒントなのだ。

 遠く、やすみに関する事。これだけで答えを導き出せる奴がいるのなら、変わって貰いたいくらいだ。


「んー?ギブアップする?」


 まだ時間はたっぷりある、ゆっくりいこうと言っていた割にはあっさりとゲームを終わらせるのかやすみは聞いてきた。


 これ以上、ヒントをくれる様子もないし考えるだけ無駄だろう。


「あー、ギブアップだ」


「そっかそっかーギブアップしちゃうかー」


「で、答えはなんなんだ?」


「んー、どうしよっかなー?知りたい?」


「知りたいよ。教えてくれ」


「えっとね、答えは……」


 神妙な面持ちを浮かべてやすみはもったいぶるようになかなか二の句を継げない。


「答えは?」


 急かす俺の様子が可笑しいのか、徐々に笑顔を取り戻すとやすみは口を開く。


「着いてからのお楽しみで!」


 溜めるだけ溜めてそれかよ……まったく。



 でも、LEDライトよりも眩しい笑顔を向けられたら、文句を言う気にもならなかった。

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