4-2

 家から歩いて五百メートル程の所に、公園がある。


 テニスコート、サッカー場、ソフトボール場、野球場が併設されている大きな公園で、その外周は距離にして、ざっと三キロほど。


 その外周全てがコンクリート舗装をされていることから、ここらでは軽いジョギングコース、犬の散歩コースとして利用する人が多い。


 辺りを見渡せば、こんなに朝早くなのにちらほらと犬の散歩をする人の姿が散見できる。

 やっぱり、田舎町の朝は早い。



 かく言う俺も、ジョギングコースもとい、本気でマラソンコースを堪能していた。


 いや、離されないように必死に食らい付いていた。


「こんなウォーミングアップでヒーヒー言ってるようじゃ来年高校うちに来られとしても、練習についてこられないよ?」


 俺の前を涼しい顔で走るのは、泰明だ。

 こいつはこんな手厳しい事を言っているのだけど、手加減してくれている事はわかっている。

 そういうやつなのだ。



「はー、そんなこと、はーはー、言ったって、ひーふー、ブランクが、はーはー、あるんだから、はーはー、仕方ないだろ」


 息も絶え絶えとはまさにこんな状態を言うのではないだろうかと、脳裏に浮かべながらただ今よりも一歩先へ、一歩先へと足を送り続ける。


「じゃあ、ペース落とすか?」



「はーはー、だい、じょうぶだから。はーはー」



 泰明の貴重な個人練習の時間を、質を、これ以上落とす訳にはいかない。


 無理なことを頼んだのに、嫌な顔一つせず受け入れてくれた泰明の期待を、これ以上裏切る訳にはいかない。だから俺は食らい付く。


「そうか。じゃあ少しペースあげるぞ」


 言うや泰明はペースをぐんぐんとあげて、あっという間に小さな点になってしまった。


 これが、今の俺と泰明の差か


 もともと泰明の方が長距離は速かったってのもあるけれど、あの頃は負けはしても、善戦はできた。


 これが、一年間サボっている間に出来てしまった差なのだ。


 背負ってしまった借金の重さを実感しながら、歯をくい縛って右足を、左足を、ひたすらに交互にだし続けた。


 __________________________________________


 芝生の土手の上に横になって、脳が求めるがままに肺を酸素で満たしていると、上手からやってくる人影が見えた。


「急に止まると体に悪いぞ」


 そう言いながら泰明は水を差し出し、涼しい笑みを浮かべた。


 きっとはたから見たら、同じ距離を走った者同士には見えないだろう。


 「おー、サンキュー」


 水を受けとると、「横良いか?」と確認をして俺の返事を待って隣に腰をおろした。



「今日、やすみちゃんと出掛けるんでしょ?羨ましいなー、デート」


「……そうだけど、そんなこと泰明に話したっけ?」


 受け取った水を煽りながら、泰明との会話を思い返してみても、そんな話をした覚えはまったくない。


「いやー、あはははは、そう顔に書いてあるんだよ」


 そう言う泰明の視線は、泳ぐように右上を向いていた。

 人は嘘をつく時に、右上を見てしまう傾向があると聞いた事がある。

 自信無さげな口調も怪しい。


「顔ね。ふーん」

 

「あはははは、で、どこに行くんだい?」


「わからん、着いてからのお楽しみだって言ってたよ」


「やすみちゃんと相談とかしないの?」


「ああ、しない。今までは俺が連れていきたい所を連れ回していただけだしな。やすみから行きたい場所があるって提案されたのは、これが初めてだな」


「へー、そんなもんなんだね、付き合うって」


 泰明はとんだ勘違いをしているようだった。

 俺とやすみが付き合っていると。

 何をどう間違えばそう言う風に見えるのだろうか?


「付き合ってないよ。俺と、やすみは。ただ……約束をしているんだ」


 ここで打ち明ける訳にはいかないやすみの秘密。

 このままでは、余命幾ばくも無いこと。手術を受ければ生き長らえる可能性があること。

 また、その可能性をやすみ本人が拒否していること。

 やすみの残りの寿命を俺が貰った事。


 そして、その残り少ない時間の中で、心変わりをさせようと俺が動いていること。


 「約束?どんな?」


 約束なんて言葉がでれば、誰だって聞いてくるだろうと思われる百点の問いだ。


「それは……」


 泰明になら話しても良いだろうか?

 そんな考えが脳裏を過る。


「いや、やっぱり話さなくていい。

 人と人との約束事を聞き出そうなんて、あんまり気持ち良いもんじゃないからね」



「……」


 俺が何も答えられずにいると、続けて泰明が口を開いた。


「じゃあ、そろそろ俺は帰ろうかな。学校に行く準備もしなくちゃいけないしね」


「ああ、じゃあまた明日」


「うん。デート楽しんで来て」


 泰明はニッコリ爽やかスマイルで走り出した。


 曲がり角を曲がって、その姿が見えなくなるまで見送った。

 時間にして、三十秒足らずの事だった。

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