奇妙な話



 「ガキ、ガキ、ガキ、三人のガキ、三匹の子豚みたいでいいじゃねぇか」


 始発で会った男に間違いは無かった。間違いであるはずなのに、間違いは無かった。男の頭には新鮮な穴が空いていた、薙が付けたものだろう。海外の話で聞いたことがある、至近距離からの銃弾が見事に主要な部位を避けて通り抜け、命に別状がなかった患者がいたと。悪人に奇跡が起こるのも、あり得ないことじゃない。


 「あんま喋らない方がいいな、こういうのは雰囲気ってのが大切だしな。いや、お前らが喋れないんだったら俺がその分まで喋らなきゃならんのかね?」


 額から垂れる血が眼球に当たって視界が滲む。山井は右半身が焼き爛れていた。身体を頭から足のつま先まで痙攣させて、左目をぎょろぎょろと動かしている。


 「さっきのは分と文を掛け合わせたちょっとしたギャグなんだが、気づいたか? いや、まて、何も言うな、今のは良くないな。自分でも滑ったのが分かったぞ」


 山井の身体を持ち上げた男は、比較的軽い火傷で済んでいる左側の頭を撫で、適当に放り投げた。鋭利な瓦礫にぶつかっても、山井は何も言わなかった。死んだからだ。


 「薙ちゃんは何処だ〜、皮膚の一片でも見つかりゃ死んだことに出来んだけどな」


 男は自分の傷を治療した訳でもないようで、今でも絶え間なく穴から血と皮膚の切れ端が流れている。目を動かして自分の体を見ると、両腕が折り畳まれた布団のように曲がっていた。死に瀕すると人間の思考は明瞭になるという話は本当だったようだ。なんてこった、今日だけで珍しい話を二つ間近で体験してしまったじゃないか。


 「しかし、酷いもんだなこりゃ。隣の部屋まで吹き飛んじまってる。薙ちゃん、早く出てこないと金の心配をしなくちゃならなくなるぜ。敷金やら何やら大変だ」


 目が斬りつけられて見えなくなっていたはずなのに、今では嫌にはっきりと全てが見える。辛うじて動いている時計の時刻、吹き飛んだ冷蔵庫に貼ってある水害専門店のステッカー、視界を横切った鋼鉄製の長い矢。何回も使い回しているのだろうか、乾いた血がこびりついている。視界は途端にスローモーションになり、矢の軌道を追っていった。


 

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