ストライク

ポスト一番打

 

 夏祭りの例の提灯が紅く光っていくように、一世代前のレンジがじんわりと唐揚げを温める。駅弁以来のまともな食事だな。


 「薙って結構貧相なアパートに住んでるんですね。意外でした」

 「倹約家なんだよ。人に見せる訳でもない」


 1人用の正方形の小さなテーブルに、その周りを囲う不釣り合いな革製のソファ、その他に目につくものは何もなかった。ソファは三人で座っているので、皮の部分が擦れて鬱陶しい。薙がこの状況に苛立ったのか、ソファから立ち、キッチンの下部収納から包帯を取り出した。


 「本来なら添え木が必要になるんだが、お前には本で我慢して貰うぞ」

 「ああ」


 折れた腕を分厚い本が挟んだ。その上から包帯が巻き付けられる。少し痛みが和らいだ。


 「どうだ?」

 「最高だ」

 「た、タフなやつだな」

 「俺はお前のことが好きだ」

 「….そうか」

 「本当に」

 

 薙は困ったような顔をして頷いた後、レンジから温まって解凍された唐揚げを持ってきた。


 「……食べよう、まずは」

 「いや、マジで好きなんだって」

 「食べよう」

 「ハートにズキュンしちまったんだって」

 「90年代のナンパ師か!」

 「薙ちゃん、今のだいぶつまんないツッコミですよ」

 「うるさい!」

 「唐揚げ冷めるぞ、早く食べた方がいいんじゃないか?」

 「お前のせいだろうが!」


 これは….いけるな。ここまで調子がいい会話は今までにない。唐揚げに箸を伸ばし、口に運ぶ。ほぐれた鳥の筋繊維が口に絡んだ。勝利の味だ。唐揚げをもう一つ取ろうとする前に、玄関のドアが叩かれた。


 「薙、敵か?」

 「だろうな」

 「ドアをわざわざ叩くなんて律儀なやつですね」


 面倒そうにそれぞれが準備に取り掛かる、薙がクロスボウを再装填し、山井が薙から刀を借りる。俺は残った片腕をゆっくりと上段に構えた。扉は何かで殴打され続け、鋼鉄の頼り甲斐のある身体は骨格から崩れていった。空いた隙間は瞬間に黒く塗りつぶされ、部屋の中へと黒いものがすり抜ける。いや、影で黒く見えていただけで、そいつの本来の色は、目に優しい緑色だった。


 所謂、グレネードだ。前に出ていた山井の刀がポリゴンで分解されるように消えていき、山井も既に原型を保ってはいなかった。薙も前に出ていた筈だ、しかし、柔らかな意識は爆風が掻き消した。コンクリートの壁は痛んだ身体を壊すには最適の物体で、俺はそんな最適な物体に、最高のスピードでぶつかってしまった。打ち付けられてから数秒が経っても、頭は同じ思考を繰り返しテンキーで打っている。気の利いた回答が出て来る状態じゃない。壊れたデジタル計算機のように、0+0への回答を永遠にし続けていた。


 そんな状況でも眼球は未だに機能し続けていて、最大限の解像度で景色を映す。紛争地帯の一幕にも思えてしまうこの部屋に、迷彩姿の男が足裏をつけた。


 

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