今夜は井戸端女子会

釣舟草

女子会につき男子禁制で♡

 江戸時代、無数にあった井戸。「井戸端会議」という言葉があるように、水を汲みながら互いの近況を打ち明けたり、情報交換することが女性たちの日課だった。


 令和4年。ここは、使われなくなって久しい都内の古井戸。真夜中に、女性たちの声が聞こえることがある。現代社会に溶け込んで生活する古典ヒロインたちが、飲み会を開いているのだ。



登場人物

・『四谷怪談』お岩

・『曽根崎心中』お初

・『好色五人女』樽屋おせん

・『好色五人女』八百屋お七

・『番町皿屋敷』お菊

・『???』???(通称:センパイ)





一同「かんぱ〜い!」


お初「ぷはー! 久しぶりに缶酎ハイ飲んだわ。うまっ」


お岩「あ、今センパイからLINE来た。夫の浮気で喧嘩してるから遅れるってさ」


お七「またかよー」


お菊「内縁でしょ? 別れたらいいのに」


おせん「ロリの頃から調教されてるからぁ、離れられないんじゃなぁい?」


お初「あんた、いきなり下ネタぶっこんでくるね」


お七「おせんのその喋り方、相変わらず腹立つわ」


お岩「まぁまぁ……ほら、今日集まったのは他でも無い。じゃあ、練習通りにね。お初、色々あったけど、せーの」


一同「結婚おめでとう!」


お初「ありがとう!」


お七「ねぇ、旦那さん、どんな人なの?」


お初「うーん……良くも悪くも普通の人かな」


お菊「徳兵衛さんはサイテーだったもんね」






一同「……」






お菊「心中して、晴れて同棲を始めた途端に、働かないわ、家事しないわ、家散らかすわ、殴るわ……お初が不憫でしょうがなかったよ」


お初「あんなヤツと知ってたら心中なんかしなかったよ(苦笑)。まぁいい、終わったことだし。はい! 宣誓! お初、幸せになりまーす!」


一同「うぇーい(拍手)」


おせん「でもぉ、1人のオトコに尽くすのってダルくない?」


お岩「そんな事言ってるからおせんは不倫自殺したんでしょーが。てか、自殺までする必要あったの?」


お初「それな。おせんが自殺しなかったら不倫相手の長左衛門は死なずに済んだんじゃね?」


おせん(ぶりっ子風に小首を傾げて)「うーん」


おせん「そぉかもしれないけどぉ、あたし、死んで良かった。この世に未練残して死んだお陰で幽霊になれてぇ、今、自由恋愛を楽しめてるワケだし♪」


お七「あっそ。おせん、クソモテだもんなぁ。嫉妬で家に火をかけちまいてぇよ」


おせん「イイことばっかじゃないよぉ。こないだ合コンでゲットしたダンディね、ホテル行ってぇ、朝起きたらヅラが取れてんの! 『えええええ?!』って感じ。しかも『乗ったときに腹の肉が揺れてて萎えたから、ホテル代割り勘ね』だって。経産婦ナメんなよぉ!」




一同「ひどっ(爆笑)」




お菊「私はワンナイラブとか、そういうの割り切れないって言うか……」


お初「ビックリしたぁ。唐突に自分語りを始めちゃったよ、このコ」


お菊「ごめん……。でも私はひとりに執着しちゃうんだよね。彼氏から返信が1時間来ないと不安になるし」


お七「依存し過ぎじゃね?」


お菊「仕事終わりに『疲れて会えない』って言われたら、つい浮気を疑うし」


お初「……マジ?」


お菊「この間も喧嘩して『私と仕事とどっちが大事なの?』って言っちゃった……」


一同「あー……」


お菊「私、ヤンデレかな? こんなの駄目だよね……凹む」


お初「いや、でも分かるよ。お菊って尽くしちゃうタイプでしょ。気付いたら自分が与えてばっかりになってる?」


お菊「なんで分かるの?」


お初「だってお菊クソ真面目だもん。殺されてんのにお皿数えに行っちゃうコだよ」


お菊「うわあああ、ヤメテぇ〜。その黒歴史には触れないでぇええ!!」




一同「(爆笑)」




お岩「お菊さ、思い詰めて視野が狭くなりがちじゃん? あんたすぐ抱え込むからさ。もっとウチらを頼りなよ。電話かけてきたっていいし、何なら仕事帰りにファミレスで話聞くよ」


おせん「そおだよぉ。あたしもお菊のためならぁ、深夜でも早朝でも駆けつける!」


お初「あたしも! 」


お岩「既婚者はそれ駄目じゃね?」


お初「結婚したって女の友情は大事だし!」


お菊「ありがとう……(涙目)」






お七(深い溜息)






お七「あたしもさぁ、ホントはお菊のキモチわかるってゆーか?」


お初「そーなん?」


お岩「さっきお菊のこと『依存し過ぎ』ってdisってなかった?」


お七「同族嫌悪ってヤツだよ」


お岩「会いたくて会いたくて火をつけちゃうタイプだもんね。震えてりゃいいのに」


お初「うわ、毒舌。てか古っ」





お七「吉三様は、生涯あたしの菩提を弔ってくれた……だから、こっちに来たら絶対結婚する気でいたのに……」


おせん「成仏しちゃったねぇ……。お坊さんになってもイケメンはイケメン。性格もイケメンだったから、みんなに好かれてぇ、思い残すこと無かったんだねぇ。イイオトコほどこっち側に来ない法則ぅ」


お七「吉三様には裏切られた……あたしはあいつのために処刑されたのに、あいつは幸せな人生だったんだ……腹立つ。時間を巻き戻して焼き殺してやりたい……ひとつ言っとくとさ、実はあたし、異世界から来た魔女なんだよね。本当は、机に書いた呪文ひとつで大火事を起こせるし、愚かな人間どもなんか簡単に殺せる」


お初「怖っ。妄想怖っ」


お菊「大目に見てあげなよ。14歳で死んだから、そこで脳の発達が止まってるんだよ。前頭前野が未発達のままだから……」


お岩「ああ、厨二病な。永遠にそこを彷徨い続けるって、なにげに処刑より辛い罰じゃね?」


お七「聞こえてますけど? てか、怖いのはあたしよりお岩だから」


お菊「確かに。『女の幽霊』の代名詞になってるもんね。……そういえば、お岩は彼氏とどうなの?」


お初「そうそう。こないだの女子会のときに言ってた、高学歴、高収入、高身長のイケメンカレピ! イイなぁ♡」


お七「あんたは新婚でしょーが」


お岩「別れた」





一同「……」





お岩「ごめん。おせんが紹介してくれた人だったのに……」


おせん「え? いいよぉ。でも何かあったのぉ? あたしのお岩を泣かせたんならぁ、あのオトコ呪い潰しに行かなきゃ〜」


お初「おせん、その口調でときどき過激なこと言うよな」


 


お岩「あの人は悪くないよ。あたしが悪い。ずっと男性不信からぬけられない。ちっとも自分を出せないし、『どうせ捨てられるなら』と思ってサヨナラしちゃった……」



一同「あー……」



お岩「久しぶりに『この人なら』と思えたのに、自分でぶち壊すなんて……」


お七「お岩のいつものパターンな……40年ぶりの恋人だったのにな」


お初「辛いな……」


お菊「元夫にあんな酷い裏切られ方したんだもん。トラウマはなかなか消えないよ……」






一同「……」


 





お菊「私たちってなにげにさ、時代の犠牲者だよね……」


一同「あー……」







一同「……」








お七「変な音聞こえない?」


おせん「ほんとだぁ。衣擦れみたいな不気味な音。怖ぁい。幽霊かなぁ……」


お初「オメーもだよ」


お岩「お、来た来た! トリの登場だよ」










紫の上「ヤッホー♪ 遅れてゴメン」


一同「センパ〜イ!」


紫の上「いやー、もー参った参った。何度浮気すりゃ気が済むんだっての! 私にも酎ハイちょうだい」


お岩「光さん、これで何回目ッスか? よく許せますね」


お七「死んでからずーっとヒモのくせに、ほんっとサイテー」


お菊「こんなに美人で献身的な奥さんがいるのに」


おせん「別れちゃえばイイんですよぉ……あれぇ? 地鳴りが……」






底冷えするような地鳴り。

井戸周辺だけ、地震のように揺れ始める。

酎ハイの空き缶は倒れ、5人は身を寄せ合う。





お初(センパイ、旦那に我慢させられ過ぎて、我慢するとポルターガイストを発動する体質になっちゃったんだよな)


お岩(クズ旦那でも悪く言われたらキレるのな)


お菊(これ以上怒らせたら、手がつけられなくなる)


お七(避難準備したほうがいい?)













お初(お、地鳴りが遠のいていく)


お岩(怒りが鎮まったな)


一同(良かったぁ)







紫の上「(溜息)」






紫の上「わかってる。私が甘いの。だけど、彼は私の全てよ。父であり、兄であり、夫でも……」


おせん「それ、キモいですぅ」






一同「……」





お岩「誰か、おせんの口塞いで」


お七「ウチ、やるわ」


お初「あたしも」


紫の上「……いいよ。おせんの言う通り。キモいよ。ロリコンクズ野郎と共依存するなんて」


お岩「そんなこと……」


紫の上「いいの。身寄りのない女が男に縋って生きなくちゃならない時代はとうに終わってる。今じゃ私も自立して働いてるのに……」


お七「十二単衣体験屋でね」


お七(怒ってない。良かった)


お初(とりあえずポテチ食べよ)


お岩(浮気されて鬱からのハネムーン期を繰り返すセンパイのパターン、みんなもう慣れっこだな)




紫の上「何度も別れようとした……別れたいのに……私、もうどうしたらいいの……?」


お岩「センパイ、いつも急に宣言するじゃないッスか。『もう光君と別れます!』って。でも時間が経つとウジウジし始めて元に戻っちゃう」


お七「わかる。1000年続いてきたお決まりパターン」


お岩「今度からは、ちょっとずつですよ。少〜しずつ、離れるんス。それが共依存から抜け出す鍵ッスよ」


お初「お岩、やけに詳しいじゃん」


お岩「最近心理の本にハマってるから」


お菊「あー」


お岩「センパイ今、趣味とかないッスよね」


紫の上「……無いね」


お岩「お花、好きでしたよね。始めてみたらどうッスか?」


紫の上「あー」


一同「……」


紫の上「よし、決めた! 今から光君に電話して『別れる』って言う!」


一同(無限ループだな……)








お菊「あれ? 東の空が明るくなってる」


お初「マジじゃん! そろそろ帰んなきゃ」


紫の上「やだ〜、来た途端に解散かぁ」


おせん「女子会楽しかったぁ〜♡」


お岩「またLINEで招集かけるね〜」


お七「おつ。あざっす」


お初「じゃ、バイビー」


お岩「バイビーっていつだよ、おまえ」


お初「気分だよ、気分。じゃあな」


一同「バイビー」


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今夜は井戸端女子会 釣舟草 @TSURIFUNESO

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