第40話 バスに乗って……その2

「小枝、ちょっと頼む」


「はい?」


 俺は手招きして小枝を呼んだ。

 すっかり、リクエスト合戦になりつつあるバス内。レクにハプニングは付きものということで、事前にいざという時の収集案を高江洲からアドバイスされていたのだ。それは、そう、小枝を切り札に使えということなのである。


「ゴニョゴニョ」


 俺は小枝に耳打ちをする。


「セッションですか?」


「ああ、俺とお前のな」


「なんか照れちゃいます」


「……なぜ照れる?」


「ともあれ、事情は承知しました。私を頼ってくれた安藤君に報いたいと思います」


「曲は『アレ』だが、大丈夫か?」


「はい、たぶん大丈夫です」


 小枝は笑顔で了承した後、くるりと客席側を向いた。


「今、私の、願い事が~、かなうならば、翼が欲しい~♪」


 ゆっくりと歌い出した小枝の声に合わせ、俺も伴奏を行う。


「この背中に、鳥のような、白い翼、つけてくださ~い~♪」


 すると、どうだろう。先ほどまでやかましかったバス内が一気に静まり返り、小枝の声に聞き入っている様子。


「この大空に翼を広げ、飛んでいきたいよ~♪」


 サビに入る頃には、誰もかれもその声にすっかり魅了されていた。

 クラスでは周知の事実なのだそうだが、小枝はすごく歌が上手いらしい。かくいうこの俺も、伴奏という役目でなければ、聞き惚れそうなほどの美声であった。


(そういえば……)


 転校してきたばかりの頃、一度だけこいつの歌を聞いたことがあった。あの時、しばしだが、純な気持ちになった。それはきっと、こいつの声だから成せた事だったのかもしれない。今更ながら、あの日のことがフラッシュバックする。

 聞き入りそうな気持ちをどうにか抑え、あっという間に俺たちのセッションは終わった。


「ご静聴ありがとうございました」


 小枝がペコッと頭を下げる。しばしの沈黙があったが、すぐさま拍手喝采と歓声が巻き起こる。中には、ブラボーという声まで上がった。

 う~ん……俺の時とはちがう熱量の差に、いささか複雑な気持ちになる。


『アンコール、アンコール』


 そして、瞬く間にこのコールである。


「安藤君、どうしましょう?」


「『もう一つの土曜日』なら弾けるが」


「私、歌えないかもです」


「だよなぁ」


 目的地までは今しばらくかかる。またも、収拾がつかなくなってきたなぁと思っていると……。


「しゃーねーなぁ。ここは俺の出番っしょ」


 その状況を見越していたのか……高江洲がギターの楽譜集を片手に、しゃしゃり出てくる。


「こっからは俺が弾いてやる。まずはぴよ子のリクエストしたSMAPからな」


「はい! 喜んで歌わせていただきます!」


 またも喜びの歓声が響く。俺は高江洲にギターを戻し、奴の座っていた座席へ入れ替わるように座った。

 バス内は小枝の歌ですっかり盛り上がっている様子。


「はぁ……」


 ったく、こうなるんだったら最初からお前がレク係やれよな。俺は高江洲をジト目で睨む。すると、ふと肩を叩かれた。


「アンドレ、俺は良かったと思う」


 隣にいた南田が優しい笑顔でサムズアップをした。


「み、みなみだぁ~!」


 俺は嬉しさのあまり、つい情けない声を上げてしまう。


「高江洲君! 次は『天体観測』をお願いよ! 下手くそな安藤君より、ぐっとくるやつをよろしくね」


 舘林さん、あんたにはばちがあたれ!!

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