第7話 朝活 その2

 とまぁ、一足先に山の下で待機してたはいいものの、そこから一向に男子組が下りてこない。そろそろ始業開始だぞ? 携帯の時刻を見ながら苛立っていると、ようやく奴らの姿が見えてきた。


「やべ、時間くっちまった!」


「みんな、ごめん。それより急いで!」


 男子組は俺たちにそう声をかけると、止まらずにそのまま走りすぎていく。


「わ、私たちも行かなきゃ!」


「かけっこなら任せるピョン」


 眼鏡モブBとうさぎも地面に置いていたカゴを背負い、走り出す。


「お、おい! ちょっと待て! 俺を置いていくな」


 それにつられるように俺も走る。しかし、背中のカゴが重くてとてもじゃないが追いつけない。こいつら、なんでこんなに早いんだ? すぐ表の学校がえらく遠くに感じる。

 っていうか、俺、勉強にステータスを全振りしているせいで体力はからっきしなんだが。


「ぜぇ、ぜぇ……」

 

 ようやく学校が見えてくるが、息切れがひどくてもう走れない。歩くのがやっとだ。


「安藤くん、早く~!」


「安藤、急げ! もう予鈴なるぞ~!」


 数m先で、クラスの連中が次々にかしてくる。こっちはそれどころじゃない。既に胃からなにかが逆流してきそうなんだぞ。


「ったく、アンドレはしょうがねぇな~」


 すると、茶髪の男が戻ってきて背中のカゴを補助するように押し上げ、一緒に並走してくれる。


「た、助かる」


「なぁなぁ、それよりもアンドレってカッコいいあだ名だろ?」


「は?」


「安藤だから、アンドレ」


 そう言うと、なんか嬉しそうに笑っていやがる。フランスにおける男装の麗人が心を許した男と同じ名を賜るが……いやいやいや、なんとも不釣り合いなあだ名。迷惑千万なのだが。


そうちゃん♪ おはー!」


「おー、ぴよこ~。おめぇ、今日もギリギリだな」


「えへへ、朝は苦手でして~♪」

 

 そんなやり取りの中、ひょっこり小枝が現れた。どうやら、今から登校のようだ。

 しかし、ぴよことはなんぞや……ああ「小枝日和」。ひよりだからぴよこか。とことん、あだ名のつけたがりだな。


「安藤君、やほほ♪」


「お、おぅ」


「挨拶なんかいいから、アンドレもぴよこも急げ! このままじゃみんなまとめて遅刻だぞ!」


 二日連続で遅刻はまずい。今度はあの担任に何を命令されるかわかったもんじゃない。俺は最後の力を振り絞るようにまた走り、どうにか校舎内へと駆けこむと、それとほぼ同時にチャイムが鳴った。


「はぁ~、どうにかセーフだな。アンドレ」


 クラスメイトどもは、予鈴と同時に校舎へ駆けこんだ俺を称賛するかのように拍手をしている。運動会のビリになったかけっこ競争を思い出す。苦い思い出だ。


「ぜぇ、ぜぇ……うっ!」


 安心した途端、吐き気が襲ってくる。こんな全力で走ったのはいつ以来だ? あまりの苦しさに、その場に座り込み、せき込む。


「あ、安藤君、大丈夫ですか?」


 小枝が俺の背中をさすってくれているようだ。おかげで少し楽になった。


「おーい、お前ら何してんだ? 予鈴ったぞ~」


 どうやら担任も今から教室に向かうようで、そこへ鉢合わせたらしい。皆が教室へ向かう中、俺はまだ動けずにいた。


「安藤、お前大丈夫か?」


「もう少し休ませてください」


「ダメに決まってんだろ。もう本鈴ほんれい鳴るぞ」


「え~……」


「日本の教育は厳しいんだ。ほら、立て」


 俺は担任に腕を掴まれ、無理やりに立たされる。そして、フラフラのままゾンビのような足取り。


「安藤君、肩貸しますよ」


「す、すまんな」


 女に支えられる醜態しゅうたい。よりにもよって気に食わないこいつに……なんだか泣きたい気持ちであった。

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